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技術の進歩を待っていた 封印解かれるアポロの「月の石」

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
1972年のアポロ17号の月面探査で岩石を採取する飛行士=Project Apollo Archive/NASA via The New York Times/©2019 The New York Times。計3回の探査活動で250ポンド(113キロ)を超える標本を集めた

アポロ計画の月面探査で採取された岩石などの標本のうち、最後まで封印されていた「秘蔵っ子」が年内に科学者の手に委ねられる。米航空宇宙局(NASA)が、2019年3月に発表した。

この計画の月面探査は、1969年から72年まで続いた。宇宙飛行士が持ち帰った標本は計842ポンド(382キロ)。岩石とボーリングで得たコア試料のほかに小石や砂、粉じんもある。

多くはすでに開封されているが、三つだけはほぼ半世紀も閉じられたまま、ひっそりと保管されていた。月の謎を解く技術の進歩を待つためだった。

「70年代までの技術ではできなかったことが、今はできる」。天文学者で、間もなくアリゾナ大学の月・惑星研究所に加わるジェシカ・バーンズはこう語る。「人間の毛髪の太さしかない鉱物でも、極めて詳細に調べられるようになった」

19年は、アポロ11号が人類史上初めて月に降り立ってから50周年の節目になる。米国の宇宙計画は、月への飛行を再び重視するようになった。NASAとしても、最後まで残していた月の標本を取り出す時期が来たと判断し、九つの研究チームにその分析を託すことにした。

アポロ11号が持ち帰った月の石=ロイター。1969年7月20日、人類史上初めて月に着陸し、最初の標本はその年の8月5日に封を解かれた

ニューメキシコ大学の科学者チャールズ・シアラーはこの10年ほど、最後の標本の封を早く解くようNASAに訴えてきた。それだけに、今回の発表を知って興奮気味だ。「最新の技術と最新の知識で残された謎を解明すれば、アポロの偉大なミッションを半世紀ぶりにやっと完結させることになるのだから」

マウント・ホリョーク大学の科学者ダービー・ダイアーも、これに同意する。最初に月の石を調べたのは79年。まだ学部生だった。今度は、委託先のチームの一つを率いる立場で、一つの円を描き切るように、アポロが持ち帰った石の研究をやり遂げることになる。

ダイアーたちは、アポロ15号と16号、17号が採取した標本を精査する。お目当ては、塩粒ほどの大きさの、黄色やオレンジ色、緑色をしたガラスのビーズのような物質だ。かつて、月の内部から噴き出した「火の泉」(オールド・フェースフル〈訳注=イエローストン公園にある有名な間欠泉〉のように溶岩が噴出した状態)の中にあったしぶきが、夜間の極低温に触れ、冷えて固まったときにできたものだ。

「灼熱(しゃくねつ)の溶岩を水鉄砲で噴霧したと思ってほしい」とダイアーは例える。「噴き出たしぶきはすごく小さく、すぐに冷える」

そして、固まったしぶき(もしくはガラスのビーズ)が、宝の山となる。月の中がどうなっているかを見せてくれる窓に等しく、月がどうできたのかという根本的な問題の答えを導き出してくれるかもしれないからだ。

アポロ11号が持ち帰った月の石の一部は、国際宇宙ステーションにも届けられて地球を回った=2009年7月21日、ロイター/NASA/Handout。人類史上初めての偉業をたたえてのことだ

委託先の研究テーマは、月の歴史の解明にまつわるものが多い。カリフォルニア大学バークリー校の科学者キース・ウェルテンのチームは、アポロ17号(訳注=この計画最後の宇宙船。巨大隕石〈いんせき〉の衝突より前にあった地質の調査などを目的に、最も長く探査し、最も大量の標本を集めた)のジーン・サーナン(訳注=船長)とハリソン・シュミット(訳注=地質学者。月着陸船の操縦士)が採取したコア試料を詳しく調べることにしている。巨大隕石が月に衝突した歴史をさらに解明するためだ。その結果は、衝突によってできた隕石孔(クレーター)が、はるか昔に消滅している太陽系の惑星(地球を含む)の参考になるだろう。

過去ではなく、未来を見据える研究もある。先のバーンズのチームは、アポロ17号が着陸した地点で集めた四つの岩石を分析する。化学的な組成は、どれもそう変わらないが、一つだけは地上に届いてから1カ月足らずでセ氏マイナス20度で保存されるようになった。

保存温度の影響は、定かではない。だから、常温保存の標本と初めて比べることで、こうした冷凍保存の効果についても調べることにしている。

「そもそもこんな研究をする機会がなかった」とバーンズ。「標本を持ち帰る将来のミッションを考える上で、こうした未解明の問題を突き詰めておくことの意味は大きい」

日本の探査機はやぶさ2は、小惑星リュウグウで標本を集めている。米国の探査機オシリス・レックスも、小惑星ベンヌから標本を持ち帰ることにしている。標本保存のあり方は、これからの月と火星への飛行にも関わってくる問題だ。

やはり研究委託を受けるノートルダム大学の科学者クライブ・ニールは、今後の月への飛行再開を念頭に、最後の標本をこの時期に開封することの意義を強調する。

「10年ほど前にもそれなりの技術はあった。でも、さらに前に進む意欲に欠けていた。月に再び行こうという今こそ、研究を持続的に続けるという意味で、今回の標本が必要とされている」

ニールが指摘するのは、08年の発見のことだ。月は、カラカラに乾いているのではなかった。水分があることが、突き止められた。水があれば、これからの宇宙飛行士は、のどの渇きを和らげることができるかもしれない。分解して生成した酸素は呼吸し、液体水素は燃料に使う――そんなことが可能になれば、月面の前線基地を維持するのに大いに役立つだろう。

しかし、どれだけの水が月にあるのかを、正確に予測するには至っていない。

「その解明が、この未開封標本の分析で始まろうとしている」。ニールは、期待を込めてこう話す。(抄訳)

(Shannon Hall)©2019 The New York Times

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