地球の周りの軌道では4000基以上の人工衛星が運用されており、中でも通信や放送衛星に向く高度3万6000キロの静止軌道は、各国の間で激しい争奪戦となっている。場所取りをめぐり、ときにはカネも動く。
韓国では2013年、「宇宙領土が失われた」と大騒ぎになった。中央日報によると、11年に韓国の通信会社が香港の企業に約5300万円で通信衛星を売却したが、政府は「事前の承認がない」と同社に買い戻しを命じた。香港企業は応じず、国際商事仲裁に申し立てた。
軌道の場所取りと周波数の登録は早い者勝ちだ。企業などから要望をとりまとめ、国が国連組織の国際電気通信連合(ITU)に登録申請する。現在の静止軌道上の衛星は約300基。電波の混信を避けるにはほぼ上限で、周波数の登録待ちは5000~8000件に上るという。
トンガは1990年、衛星を打ち上げる計画がないのに、静止軌道16カ所の使用を申請し、9カ所で登録された。慶応大学総合政策学部教授の青木節子によると、企業に権利を貸すことで、1カ所あたり年数億円の利益を得たという。
トンガのような「ペーパー衛星」問題を防ぐため、ITUは申請から衛星打ち上げまでの期限を、最長7年と定めた。
だが今度は、実際には衛星を打ち上げていない国が「ある」と主張し、権利を手放さない「幽霊衛星」問題が起きた。
「宇宙条約」の限界
イランは95年に東経26度の利用権を得て、衛星を運用していると主張していたが、その存在を疑問視する国が現れた。そこで、2011年にはアラブ通信衛星機構の周波数を又借りしていると説明したが、これにも疑問符がついた。結局、この場所には同機構とカタールの企業が衛星を打ち上げる。ITUの無線通信規則委員会(RRB)議長を務める伊藤泰彦は「イランは粘った成果として、アラブ通信衛星機構から周波数の一部の利用権を得た模様だ」と説明する。
場所取り競争は熾烈で、「妨害電波を受けた」など、RRBには様々な案件が持ち込まれるという。正当性を訴えるため、委員に接触を試みる企業もあるという。
こうしたゴタゴタが起こる背景には、宇宙の憲法とも呼ばれる「宇宙条約」の限界がある。国連が作成し、1967年に発効した宇宙条約は、領有権の否定や平和利用などを原則とし、日本を含む103カ国が批准する。
だが細かい規定や罰則がないため、宇宙利用のルールを決めるには別途、国際法や指針をつくる必要がある。
例えば、条約は衛星の破壊実験を禁じていない。だがデブリ発生のリスクがあるため、各国は80年代半ば以降、控えてきた。そんな中、批准国である中国が2007年に自国の衛星破壊実験を実施。宇宙の軍事利用につながりかねないと国際的に非難された。
青木は「利害関係国が増え、新たな条約は作れない。勧告や指針で対応するしかない」と話す。
(小山謙太郎)
巨額のリスク、宇宙保険でカバー
今年6月のスペースXのファルコン9爆発事故は、改めて宇宙ビジネスのリスクを浮き彫りにした。巨額な開発費用をかけたロケットの打ち上げが失敗すれば、民間企業にとっては大きな痛手となる。それをカバーするのが、「宇宙保険」だ。
国内の宇宙保険最大手の東京海上日動火災保険によると、世界の宇宙保険の市場は約7億ドル(約840億円)で、かなり限られた分野だという。手がけるのはわずか40社程度で、担当者も世界で約100人という村社会だ。ロケットの打ち上げ計画が持ち上がると40社の担当者が集まり、リスクを査定する。支払う保険金が巨額で1社では賄えないため、複数の会社が共同で引き受ける。
宇宙保険の中で代表的なのが、打ち上げ保険だ。ロケットの打ち上げ失敗や、ロケットから分離した衛星の故障などを対象とする。
保険会社にとって、1990年代後半から2000年代前半は暗黒時代だったという。打ち上げ失敗や衛星の故障が相次ぎ、黒字になったのは02年のみだった。一方、05年以降は保険料が6億~8億ドルで推移したのに対し、支払った保険金は1億弱~8億ドル程度で、「比較的利益が出た」という。
スペースXの登場で、ロケットの打ち上げ費用は大きく下がった。これに対抗し、世界各国の企業がロケットの新規開発を進めている。東京海上の担当者は「新しい技術が次々に登場すると、必然的に事故リスクも増える。保険会社にとっては、リスクの見極めが難しい時代がやってくる」と話す。
(榊原謙)
人工衛星で途上国外交
2003年に有人宇宙飛行を成功させた中国は、宇宙大国としての存在感を増しつつある。22年には独自の宇宙ステーションを完成させるという。
ただ、技術流出を懸念する米政府の規制により、中国は米国の衛星だけでなく、米国製の部品を使っている国の衛星も打ち上げることはできない。そこで目をつけたのが、通信衛星を打ち上げたいものの、技術も金もない「途上国」だ。
国有企業・中国航天科技集団公司の子会社のサイトによると、07年のナイジェリアに始まり、ベネズエラ、パキスタン、ボリビアの4カ国の通信衛星を打ち上げた。科学技術振興機構の特任フェロー辻野照久によると、契約分も含めると9カ国にのぼるという。
特徴は、衛星の製造や打ち上げ、運用教育、保険などを、ひとまとめにして提供する面倒見の良さだ。総額で数百億円にのぼるが、辻野は、中国の銀行が融資していると分析する。
11月17日には、ラオスの建国40周年を記念する同国初の衛星を、中国企業が打ち上げる。首都ビエンチャン郊外に1万平方メートルの地上ステーションを建設したほか、ラオスの職員を北京に集め、衛星管制の教育を重ねている。
辻野は「アジアや南米などに影響力を広げたい中国は、宇宙技術を求める途上国に目をつけ、うまく衛星外交を展開している。ベネズエラとは、石油や鉱山などの開発協力も合意した」と話す。
ISSにもコスト意識の波
無人補給船「こうのとり」が無事、ISSにたどりつけるかどうか──。ブラジリア大学教授のシャンタル・カペレッティは8月24日、ISS滞在中の油井亀美也がロボットアームで無事とらえたことを知り、胸をなで下ろした。こうのとりには、カペレッティらが開発した超小型衛星サーペンスが積まれていた。
サーペンスは9月17日に日本の実験棟「きぼう」からロボットアームで宇宙に放出された。JAXAは打ち上げも含め800万円でこの事業を請け負った。
民間企業がISSを利用する機会を広げようと、JAXAは昨年から公募での有償利用を始めた。ブラジル宇宙庁は、その第1号となった今年2月の放出に続き、依頼した。カペレッティは「これほど丁寧な技術支援は初めて」と喜ぶ。
JAXAが民間利用を意識し始めたのには、わけがある。宇宙ビジネスの拡大でコスト意識が高まる中、ISS参加への費用対効果を疑問視する声が強くなっているためだ。
2011年に完成したISSには、米国、ロシアなど15カ国が参加する。日本は、きぼうの運用や物資輸送を請け負いながら、宇宙飛行士を送り込んでおり、計9000億円近くを投じた。15年度のISS関連の予算は331億円と、JAXAの年間予算の2割以上を占める。
官需に頼る日本の宇宙産業
だが、投資に見合った成果は見えにくい。無重力での動物を使った実験や、高品質タンパク質の結晶化の実験は科学的には評価されているが、創薬などの実用化につながった例がないためだ。
「ロケットでISSに物を運ぶコストが高すぎて、実験の成果に見合っていない」。宇宙政策に詳しい北海道大学教授の鈴木一人は、ISSに批判的だ。「国民とメディアは宇宙開発には甘い。ほかの公共事業なら、もっと費用対効果を重視するはずだ」
これに対しJAXAのISSプログラムマネジャー三宅正純は、国際貢献の部分も評価して欲しいと話す。「『きぼう』や『こうのとり』により日本の技術力が認められた。ISSへの参加で、アジアの窓口は日本だという存在感を示せている」
ただ、日本の宇宙産業は9割を官需に頼り、技術力はあっても国際的な競争力に欠けるとされる。今年1月に国がまとめた宇宙基本計画では、民間や国外の新しい需要を取り込むことで、今後10年間で宇宙産業を計5兆円の事業規模にするとした。
JAXAも海外との競争を意識し、三菱重工業を中心に低価格ロケット「H3」の開発を進める。20年を目標に、現在の半額程度の約50億円での打ち上げを目指すという。
(小山謙太郎)
技術がなければ戦えない 川口淳一郎(「はやぶさ」開発者)
ロケットや人工衛星は技術的には完成段階を迎え、民間でも宇宙ビジネスができるようになりました。ただ誤解してほしくないのは、宇宙開発を経験したことのない人や会社がやおら始めても、うまくいく時代になったわけではないということです。
米スペースXが商業的に成功しているのは、NASAが投資した成果や人材を引き継いでいるからです。日本では大学の研究者やベンチャー企業が取り組んでいますが、安く作ってもすぐ故障してしまう。教育の場なら構わないでしょうが、ビジネスの場ではそうはいかない。挑戦は大切だが、無謀はいけません。
日本の宇宙開発は高いレベルにありますが、その技術を受け継ぐ仕組みがないのが課題です。ロケットを作る三菱重工業などのメーカーやJAXAの技術者OBらが、新しい企業に移って活躍するよう促すことが、国の役目の一つです。もう一つの国の役目は、民間では負えないリスクを取った投資です。
ただ、今年1月にまとめられた宇宙基本計画では、「安全保障や産業振興等の利用ニーズを十分に吸い上げ」て「出口戦略を重視する」とうたいましたが、私はその言葉に反発を覚えます。出口が見えるような短期的な視点で生産性を追うだけでは、革新的な技術は生まれません。
例えば宇宙開発で必要な自律性の技術を応用して、自ら判断して動けるロボットが作れたら画期的です。超高速の飛行機ができれば、あらゆる物流産業が変わるでしょう。国際共同開発するにしても、日本が鍵となる技術を持っていなければ主導権は握れません。変革を生み出せる国でなければ、世界の中で存在価値を認められないのです。
途方もないことを言うようですが、宇宙ビジネスの一つのゴールは太陽系の大航海時代だと思っています。探査機「はやぶさ」は、小惑星からサンプルをとって地球に戻れることを実証しました。数世紀後には、地球の深いところから希少資源を掘り出すより、近くの天体から取ってくる方が安上がりになる時代が来るでしょう。そのころには人間も、宇宙空間やほかの天体に住んでいるかもしれませんね。
(聞き手・小山謙太郎)
かわぐち・じゅんいちろう 1955年生まれ。JAXAシニアフェロー。「はやぶさ」のプロジェクトマネジャーを務めた。
【取材にあたった記者】
小山謙太郎(こやま・けんたろう)
1974年生まれ。広州・香港支局長などを経てGLOBE記者。種子島にロケット打ち上げの取材に行ったが、2度の延期で泣く泣く東京に戻った。
榊原謙(さかきばら・けん)
1981年生まれ。国際報道部などを経て経済部記者。高校時代は天文部員。流星群を観測したあの神秘の宇宙が、ビジネスの現場になる時代が来るなんて。
中川仁樹(なかがわ・ひとき)
1967年生まれ。経済部などを経てウラジオストク支局長。子供のころ、ガンダムとスター・ウォーズに夢中になった。いまも、密かにフォースのトレーニングに励む。
小林哲(こばやし・てつ)
1971年生まれ。科学医療部、広州・香港支局長などを経てアメリカ総局員。初めてのロケット打ち上げの現場取材で、いきなり爆発事故に遭遇した。
中村裕(なかむら・ゆたか)
1967年生まれ。スポーツ部、週刊朝日編集部、整理部などを経てGLOBE記者。いくら安くなっても宇宙旅行より温泉旅行を選ぶだろう。