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宇宙へ行きたい

World Now 更新日: 公開日:
illustration©OBAYASHI

国が宇宙旅行をあっせんするロシア

7月23日午前3時前。深夜にもかかわらず、カザフスタンにあるロシア・バイコヌール宇宙基地の見学場は、カメラや双眼鏡を手にした100人以上であふれかえった。ISSに向かう油井亀美也ら3人の宇宙飛行士が搭乗する、ロシアのソユーズ宇宙船の打ち上げに集まった人々だ。

モスクワから娘と初めて訪れたアレクサンドル・シェフチェンコ(38)は「以前訪れた米国や中国の発射場と比べ、ここは距離が近く、ロケットの最終組み立て場や発射台などにも近づける。とても魅力的だ」と喜んだ。

バイコヌール宇宙基地ではロケットをすぐ近くから見ることができる。=中川仁樹撮影


モスクワの旅行会社社長バレリー・コンスタンチーノフ(53)は「ロシア連邦宇宙庁(ロスコスモス)は最近、観光客の受け入れに前向きだ。費用は、モスクワからで約8万ルーブル(約16万円)。観光客向けのサービスは年々、良くなっている」と話す。

ロシアはソ連時代の1961年、世界で初めて有人宇宙飛行に成功した。以来、「宇宙開発の優等生」として、米国とともに先頭を走ってきた。宇宙産業で働く人は約30万人と米国より多く、ハイテク産業の中核をなす。

ロシアは国が宇宙開発をビジネスに活用する手腕でも、他国の一歩先を行く。

その一つが、ソユーズの空いた座席を売って外貨を稼ぐ「宇宙旅行ビジネス」だ。ソユーズは定員3人だが、宇宙飛行士が2人しかISSに行かないときがある。「空気を運ぶぐらいなら、人を乗せて稼ごう」という作戦だ。

その実質的な第1号が、日本人初の宇宙飛行士となった元TBS記者の秋山豊寛(73)。90年にロシアの宇宙ステーション「ミール」に9日間滞在した。ロシア側は「旅行の契約はなく、報道目的」としているが、TBSは旅費や中継料などに50億円をかけたと言われ、商業利用の第1号と言える。

その後、ロシアは米国の宇宙旅行会社と組み、本格的にビジネスに乗り出す。2001年に米実業家を2000万ドルで運んだのを皮切りに、これまで計7人の民間人が宇宙旅行を楽しんだ。延期を発表したが、英国の歌手サラ・ブライトマンも5200万ドルで契約した。日本の会社経営者、高松聡(52)は現在、滞在に向け訓練中だ。

旅行客だけではない。11年の米スペースシャトル引退後、人を運べる宇宙船はソユーズだけになった。そのため米NASAでさえ、ロスコスモスに金を払っている。ISSへ向かう宇宙飛行士の搭乗費用は、11年の契約では往復で1席あたり6275万ドルだったのが、14年の契約では7630万ドルと、わずか3年で2割以上も値上がりした。

ロシアは現在、独自の宇宙ステーション建設を計画し、極東に新しい宇宙基地も建設中だ。メドベージェフ首相は8月下旬、「新しい基地は、宇宙の民間利用が課題となる。そこで金を稼がなければならない」と話した。ISSの旅行者滞在には米国が不快感を示しており、自国の施設が増えれば、さらに宇宙旅行ビジネスに力を入れる可能性もある。
(中川仁樹)

6分間の無重力、1200万円

米ロサンゼルスから車で2時間。強い日差しが照りつける広大なモハベ砂漠に、かつて米海兵隊の基地だった空港がある。その一角に立つ木造の建物の中をのぞき、息をのんだ。スペースシャトルに似た、全長8.5メートルのつくりかけの機体があったのだ。

この機体は、宇宙旅行の実現を目指し、1999年に設立された「エックスコア・エアロスペース」が開発する宇宙船「リンクス」だ。リンクスは操縦士と乗客の計2人乗り。4基の一体型ロケットエンジンを使い、最高で音速の2.9倍のスピードで高度約103キロの宇宙空間に到達する。ここで約6分間、無重力状態を楽しみ、40分間かけて地上に戻る「弾道宇宙飛行」の提供を目指している。

気になるチケットの値段は1人10万ドル(約1200万円)に上る。すでに300人以上が申込金を支払い、顧客には日本の俳優も含まれるという。

エンジンも完成し、後は組み立てを待つばかりという。©XCOR AEROSPACE


同社の強みは、機体の再使用が可能な点にある。当面は1日2?4回の運航を目指すが、飛ぶ回数が増えれば増えるほど、コストを下げられるという。

「宇宙への輸送はもうかると示すことが、我々の使命だ」と創業者で最高技術責任者のジェフ・グリーソン。近い将来、有人宇宙開発は必ず大きなビジネスになり、採算に乗せるには安い輸送手段が欠かせないと説明する。初飛行の時期は「すぐそこに迫っている」と話す。

最大1920億円の市場に

民間企業による宇宙旅行は、2004年に米国の財団が賞金コンテストを始めたことで関心が高まった。現在は5社以上が参入する。米連邦航空局などが12年にまとめた報告書では、今後10年間で約3600人が宇宙旅行を経験し、最大1920億円規模の市場に成長すると予測した。

だがJAXA名誉教授の的川泰宣は「弾道宇宙飛行で運べるのはせいぜい7人。ビジネスとして成功するには、ジャンボのような機体が必要だろう。それに1回事故が起きれば誰も宇宙に行かなくなる。国家的規模での取り組みが必要だ」と指摘する。

その懸念は昨年10月、米企業「ヴァージン・ギャラクティック」の宇宙船が試験飛行中にモハベ砂漠に墜落し、乗員2人が死傷する惨事で現実味をおびてきた。同社は「14年にも宇宙旅行を実現」と公言していた。この事故により、「宇宙飛行の実現は数年遠のいた」とみる専門家も少なくない。
(榊原謙)

ゼネコンも参入、宇宙エレベーター

宇宙と地上を長さ10万キロのケーブルで結び、人やモノを安く、安全に運ぶ「宇宙エレベーター」。大手ゼネコンの大林組が3年前、「2050年の完成を目指す」という構想を発表し、世界から注目を集めた。

「自社で建てた東京スカイツリーの完成をきっかけに、これ以上の究極のタワーとは何かと考えた。それで、この構想にたどりついたんです」。研究開発チーム幹事の石川洋二(60)は説明する。

illustration©OBAYASHI

石川は、東京大学の旧宇宙航空研究所で学び、航空学の博士号をとった専門家だ。NASAの研究所などで働いた後、1989年に大林組に入社した。

エレベーターの仕組みを簡単に説明するとこうなる。まず地球の自転と同じ速さで回る高度3万6000キロの軌道上から、ケーブルを赤道直下に垂らす。宇宙に向けても約6万キロのケーブルを伸ばし、バランスを取る。地表に達したケーブルを海上の施設に固定すると、地球と宇宙が1本のケーブルでつながる。そのケーブルを伝いながら、時速200キロの昇降機で地球と宇宙との間を往復する──というアイデアだ。

宇宙旅行も格安になる

建設費は約10兆円と、リニア新幹線の東京─大阪間の建設費9兆円をも上回る。巨額の投資に見合うビジネスなのか。「試算では、宇宙エレベーターは資材の運搬コストがロケットの100分の1。資材が大量に必要な巨大な宇宙太陽光発電所もつくれます」。電車に乗る感覚で宇宙に行けるようになれば、宇宙旅行も格安になるという。石川は「完成すれば、圧倒的な安さであらゆる宇宙ビジネスを独占することができる」と話す。

宇宙エレベーターの構想は、19世紀末にロシアの科学者が考案したのが最初とされる。だが長らく、夢物語だった。1991年にケーブルの素材候補となる軽くて丈夫なカーボンナノチューブが日本で発見され、薄明かりが見えてきた。

ただ長いチューブを作る技術がなく、最長でも50センチという報告にとどまる。2008年に日本の研究者らが立ち上げた「宇宙エレベーター協会」は、上空1キロに昇降機を上げる競技会を開くなど、構想を広めている。静岡大学工学部教授の山極芳樹は「研究者が増えれば、技術的な壁が乗り越えられる可能性は十分にある」と話す。
(小山謙太郎)
(文中敬称略)

宇宙エレベーターの開発に向けた日本の取り組みを紹介します(撮影:小山謙太郎、機材提供:BS朝日「いま世界は」)