昔は「ロケット科学者」は天才の別名でしたが、今は大学生でも人工衛星をつくれるようになりました。宇宙開発が始まってかれこれ70年近く。宇宙技術は低廉化が進み、幅広い人たちがアクセスできるようになりました。米国ではITで稼いだ経営者や投資家たちが、スペースXなどの新しい企業を起こして大金を投じてロケットや衛星をつくることが当たり前になっています。
とはいえ、宇宙ビジネスは今はまだ過渡期です。売る方は民間が独力で開発できるようになりましたが、買う方はまだまだ国や公共機関が多いのが実情です。
現在位置を教えてくれるGPSや気象情報やなど、宇宙からのサービスは我々の生活に入り込んでいます。ただ、宇宙はスケールが大きいので公共性の高いサービスに向いていて、すぐには個別のサービスになりにくいんです。
例えば、地球観測衛星は誰かの自宅の画像を撮るといったことは得意じゃない。関東地方とか、東京23区とか、上空から大きな視点で見られることに強みがあります。こういった公共的なデータを個別の商品にするには、大きな画像を元に地図をつくって売ったり、農産物の育ち具合を監視して農家に伝えたりと、中間のサービス業者によって付加価値をつける必要があります。こうした中間業者が儲けられるようになってくると、宇宙市場は全体として回っていくようになるでしょう。
中間業者が育つと、宇宙ビジネスも民間がサービスをつくって民間が消費する時代になってきます。その時代に日本がどうなっているのか。これまで、日本の宇宙開発は政府が中心で、独力で開発する民間企業や中間サービス業者を育てようとしてきませんでした。
市場競争が働き始めると、どの国がつくったかということは消費者にとって問題ではなくなって、その商品が安全なのか快適なのかという競争になってきます。
例えば、乗客からすれば乗る飛行機が米企業のボーイングなのか欧州企業のエアバスなのかは関係がありません。アップルは米企業ですがiPhoneを日本人は喜んで使っているでしょう。同じように、日本企業の衛星なのかロケットなのかなんてどうでもいい話になってきます。
日本が自国の企業を育てないと、スペースXやグーグルが日本に入ってきて、市場を全部かっさらわれるかもしれない。規制で守られていても、グローバルな市場では勝てっこありません。日本の自動車メーカーだって、それぞれが政府に頼らずに国際市場でがんばったから今があるわけです。
日本の宇宙産業が無くなってしまっていいわけではありません。国内の宇宙産業は雇用でいうと2万人ぐらいいます。裾野まで広げてみると10万~15万人はいる。その雇用を失ってはいけません。
技術を理解する力も保たなければいけない。外国の衛星を買うにしても、カタログだけでは分からないことは多い。自分たちで作って、使い慣れていないと技術のことは分からなくなってしまいます。
ではどうするべきか。宇宙開発を民間にまかせて、民間を育てるという努力を積極的にするべきです。これまで日本には、民間が宇宙活動でできることと、できないことを規定する法律がありませんでした。企業が宇宙事業で事故を起こしたときの責任もあいまいだった。そこを固めた上で、できるだけ民間にまかせて、育つまではお金も出すようにする必要があるわけです。
米国では1984年に商業打ち上げ法ができ、その後も宇宙開発の進展に合わせて法改正されています。民間ビジネスが活発になった理由のひとつです。
日本でも、来年の国会提出に向けて宇宙活動法案が議論されています。議論を通じて、将来の宇宙市場を見据えた戦略的な展望を描くべきだと思います。
すずき・かずと 1970年生まれ 北海道大学公共政策大学院教授(国際政治経済学)、2012年に「宇宙開発と国際政治」でサントリー学芸賞受賞。今年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルのメンバーも務めた。