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人類が火星に住む。その日に向けた訓練は、もう始まっている 研究基地の中を見た

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火星を模した砂漠で、鉱物採掘する人たち
火星を模した砂漠で、鉱物採掘する人たち=2022年1月23日、米ユタ州ハンクスビル近郊、ランハム裕子撮影

赤い岩石でできた広大な大地に、白い円柱状の「基地」がポツンと立つ。中では南米コロンビアの大学院生、ヤエル・メンデスさん(32)ら3人が「宇宙服」に袖を通し、ボンベを担いでヘルメットをかぶった。

出入り口の小部屋「エアロック」に移り、頑丈な扉を閉めた。基地に残った隊員がメンデスさんらに無線で呼びかける。「5分間待機だ」。外界との気圧の差を調整するのに必要な時間。5分後、外へつながる別の扉を開き、3人の「宇宙飛行士」たちが赤い大地へ歩み出した。

基地に残る隊員と定期的に無線でやりとりし、無事を確認する。丘の上に着くとハンマーで岩を砕き、地表のサンプルを採取して基地に持ち帰った。

訓練のために宇宙服を着る人たち=2022年1月23日、米ユタ州ハンクスビル近郊、ランハム裕子撮影

彼らは1月に15日間、米国のNPO「The Mars Society(火星協会)」の「火星砂漠研究基地」に滞在した。ユタ州ハンクスビル近郊にあるが、外界と隔絶された環境をつくるため詳しい位置は公表されていない。取材で訪れた際は、州道から標識のない場所で曲がるよう指示され、未舗装の道路を進んでようやくたどりついた。

空気も重力もあるが、ここでは外部から隔離される。携帯電話やインターネットは使えず、1人が利用できる水の量も制限される。火星の環境を模して、実際にオペレーションを訓練する。

火星で暮らすことを想定し、訓練する人たち=2022年1月23日、米ユタ州ハンクスビル近郊の火星砂漠研究基地、ランハム裕子撮影

滞在メンバーの1人、クリスティアン・アコスタさん(27)は「宇宙飛行士になり、いつか火星に行きたい。ここでの経験は将来の糧になる」と目を輝かせた。米アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が立ち上げ、民間人の宇宙旅行を商業化しているブルーオリジンの技術者だ。

5歳の時、父親が見せてくれたビデオ映像で、ニール・アームストロング船長らが月面を歩くのをみて宇宙のとりこになった。米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士になるのが夢だ。「火星探査の先駆者となって新たなことを学び、地球で役立てたい」

この施設と、同じく火星協会が運営する北極圏デボン島(カナダ)の基地で、計160日間「火星」を経験した唯一の日本人がいる。極地建築家の村上祐資さん(43)だ。

越冬隊員として、南極で15カ月間過ごしたこともある村上さんは、火星協会の「火星に近い過酷な環境で生活する」プロジェクトに応募。世界中からの参加者による1年以上にわたる選考を勝ち抜き、8人のうちの1人に選ばれた。様々な国、経歴の人からなるチームの副隊長として2016年と17年に、閉鎖環境で共同生活を送った。

村上さんは「時間、空間、人間という三つの『間』をデザインするのが極地建築家。閉鎖環境では、時間や曜日感覚が薄れ、自分だけのスペースがなくなり、他人の気になるところを見て見ぬふりができなくなる」と振り返る。チームが壊れる原因は、食料や水の量など「数字のとらえ方のズレ」だという。残り期間を考えると、ある人にとっては「足りない」が、別の人には「十分」と感じられる。「危機のときはチームが団結して解決策に向かうが、平時の方が危ない」

火星を模した基地で訓練する村上祐資さん=2017年、北極圏のカナダ・デボン島、本人提供

火星に行って帰ってくるには、地球と火星の公転とその位置関係から、最短でも行きに6カ月、火星での滞在が1年、帰りに6カ月かかる。南極や北極など極地の閉鎖環境で暮らしてきた村上さんは、火星に行く際の問題について「火星に立つ最初の人間として、たどり着くことがハイライトになる。それから1年以上は帰りまでただ待つことを強いられる。その平時を衝突なしに耐えられるか、だろう」と話す。

■火星での生活、進化への一歩

人間が「火星に住む」とは、どういうことか。そんな壮大な実験がおこなわれたのが、米アリゾナ州の「バイオスフィア2」だ。いまはアリゾナ大が運営するその閉鎖環境施設は、地球のバイオスフィア(生物圏)を建物の中に人工的に再現したいわば「ミニ地球」で、「第2の生物圏」と名づけられた。

サボテンがところどころに生える砂漠の真ん中に、ガラス張りのピラミッドのような近未来風の建物が現れる。建物の中は東京ドームのグラウンドほどの広さで、熱帯雨林やサバンナ、海などのエリアがある。空気や水を循環させ、気圧や気温、湿度を調節できる。

バイオスフィア2。温室のような施設には熱帯雨林などが再現されている=2022年2月、米アリゾナ州、星野眞三雄撮影

宇宙に住むことを想定し、科学者8人が1991年から2年間、この密閉された「ミニ地球」の中で生活した。自ら農作物を栽培し、トリやヤギも育てた。しかし、酸素濃度の低下や食料不足に見舞われ、外部からの補給を余儀なくされた。実験の結果わかったのは、絶妙なバランスで成り立っている地球環境を、人工的に再現する難しさだった。火星のように完全に遮断された環境で暮らすという意味で、実験は「失敗」とされた。

ただ、ジョン・アダムス副所長(51)は「コンクリートが二酸化炭素を吸収してしまい、植物の光合成効率が落ちて酸素不足を引き起こしていたことが、その後の研究でわかった」と説明する。宇宙に滞在する際には人数に応じた酸素や水の量を計算するが、想定外のことが起こりうる教訓になったという。

いまバイオスフィア2で、「火星基地」の建設が進む。火星で外部からの補給なしで暮らせるよう、その体験ができる建物をつくっているのだ。

火星基地を模したその施設は「SAM」と呼ばれ、ハンドルがついた鉄の扉で密閉されている。人間の肺のように伸縮することで気圧を調整する「ラング(肺)」という建物とつながっており、作物を栽培する温室のような農場や居住施設とは「エアロック」という貨物コンテナのようなもので接続する。火星に取り残された男の帰還までを描いたSF映画「オデッセイ」の火星基地と似たつくりだ。

ディレクターのカイ・スタッツさん(51)は「SAMは今年6月にはほぼ完成し、11月ごろからNASAや大学、宇宙関係企業などの実習に使われる予定だ」という。これにより、宇宙に数年単位で生活することを想定したバイオスフィア2に加え、第1段階の数人が短期滞在することを想定した実験ができる。

人類はいつ火星に立てるのだろうか。

宇宙飛行士の土井隆雄さん(67)は「技術的には今でも可能だ。2030年代には行けるだろう」とみる。京都大特定教授を務める土井さんは、人間が宇宙で生きるために必要なことを体系化された学問としてまとめようと考え、有人宇宙学をつくった。授業では学生に「火星や月で150人が暮らす社会を設計せよ」といった課題を与える。今年2月中旬には、バイオスフィア2で日米の学生8人が参加した「スペースキャンプ」の講師を務めた。いずれも人間が「宇宙で生きる」ための取り組みだ。

火星移住の可能性について語る、土井隆雄さん=2022年1月、星野眞三雄撮影

研究のきっかけの一つは、1997年の日本人初となる船外活動だった。地球の400キロ上空を90分で1周するスペースシャトルの外に立ち、45分ごとに繰り返す宇宙の昼と夜を見つめた。朝になって地球が太陽の光を浴びると、美しい青い光を放って輝き、体があたたかくなる。逆に夜になると、吸い込まれるような暗黒が広がり、「宇宙の無限」に畏怖(いふ)の念を抱いた。

京大に来て、霊長類の研究者から「500万年前にアフリカの森に住んでいた霊長類のうち人間の祖先がサバンナにおりて人間に進化した」という説を聞き、ハッとしたという。森の外に広がるサバンナにおりた最初の人間の祖先が感じたのは、「宇宙の深遠」を見た自分の感情と同じなのではないか。森を出た祖先が人間に進化したように、地球から宇宙に出ていこうとしている人類は、新たな進化の一歩を踏み出すのではないか。

土井さんは語る。「我々の祖先が肉食獣から身を守り生きのびられたのは、人間同士が助け合って社会をつくったから。人間が生きるために必要なものがない宇宙にも社会をつくることができるかが問われている」(合田禄、星野眞三雄)

■火星ってどんな惑星?

火星は地球のすぐ外側を回る、太陽系4番目の惑星。赤く輝くのを地球から肉眼で確認できる。太陽を回る軌道はいびつな楕円形で、687日で1周する。365日の地球とはおよそ2年2カ月ごとに最も近づく。ただし、その距離は毎回違い、最も近くなる時には6000万キロ以下となる。地球から国際宇宙ステーションまでの距離は約400キロ、月までは約38万キロだから、宇宙船で実際行くとなると極めて遠い。

火星の大気は薄く、地球の1%ほど。約95%は二酸化炭素で、約2・6%がアルゴン、約1・9%が窒素だ。平均気温はマイナス60度ほど。地形から、かつては表面に水が存在したと考えられている。現在は地表に水はないとみられているが、極域を中心に地下に永久凍土の形で多量の氷が存在すると考えられている。

■火星探査のあゆみ

昨年4月、火星から届いた2ショット写真に世界が魅了された。赤い砂漠で、無人探査車「Perseverance(パーサヴィアランス、忍耐)」と小型ヘリコプター「Ingenuity(インジェニュイティ、創造力)」がそろって写る「自撮り写真」。地表に探査車のタイヤ痕がくっきりと残り、奥には小高い丘が見える。そんな高精度の写真がこの1年間で10万枚以上届いた。NASAは昨年2月、パーサビアランスを火星に着陸させた。人類史上初の地球以外でのヘリコプターの飛行試験や、岩石のサンプリングなど、記録ずくめだった。

人類はこれまで幾度も無人探査機を送り込んできた。NASAによる火星の近くを通過する探査機「Mariner4(マリナー4)」が1965年に初めて火星表面の画像を撮影。その後も各国が探査を続け、地表に探査機も着陸させている。旧ソ連が71年に初めて探査機を着陸させたが、数十秒で通信が途絶。NASAは2012年、火星探査車「Curiosity(キュリオシティ)」を着陸。2018年着陸の探査機「InSight(インサイト)」とともに、いまも現役だ。中国も21年5月、「天問1号」の着陸を成功させた。

米欧、中国は火星に探査車を走らせて土を採って地球に送り返す「サンプルリターン」を計画。30年代には地球に届く。世界の注目は、そのサンプルから火星に生命の痕跡を発見できるかどうかだ。日本は火星の衛星フォボスから表土を持ち帰る「火星衛星探査計画(MMX)」を進めている。地球に戻ってくるのは米中より一足早い29年度の予定だ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の臼井寛裕さん(46)は「これまでのNASAの探査で、火星で有機物が多く見つかっており、生命活動の可能性も示唆するメタンが検出されている。フォボス表面には火星から飛来した物質が降り積もっていると考えられ、火星の生命の痕跡が検出される可能性がある」と期待する。