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「これまでの協調が水の泡」ISSを人質に取ったロシア 宇宙も冷戦時代に逆戻りか

World Now 更新日: 公開日:
南米沖太平洋の上空を周回する国際宇宙ステーション。写っているのは、日本実験棟「きぼう」=2022年4月4日、NASA提供

前沢友作さんらを乗せ、国際宇宙ステーションに向けて飛び立つロシアの宇宙船ソユーズ=2021年12月8日、カザフスタン・バイコヌール宇宙基地、石橋亮介撮影

ウクライナへの侵攻後、米国などの経済制裁に対してロシアが脅しの対象としたのが、日米欧、ロシア、カナダの15カ国で運用されてきた国際宇宙ステーション(ISS)だ。

経済制裁に反発したロシアの宇宙機関ロスコスモスのドミトリー・ロゴジン総裁が、「もし我々との協力関係を遮断した場合、軌道からのISSの落下を誰が救うのか」とツイート。地球をまわっているISSはロシアが高度維持を担っており、ISSを人質にとったような発信だった。

ISSと地球との間の宇宙飛行士の行き来も、ロシアの宇宙船ソユーズが一部担っている。ウクライナ侵攻後に米ロの3人の宇宙飛行士が帰還予定だったが、ロゴジン氏の発言を受け、NASAのマーク・バンデハイ宇宙飛行士の帰還が危ぶまれていた。結局、バンデハイ飛行士は3月30日、ロシア人宇宙飛行士2人とともにソユーズでカザフスタンの草原に着陸した。

京都大SIC有人宇宙学研究センター長の山敷庸亮教授(55)は「ISSは冷戦終結後、ロシアを引き入れ戦争を防ぐためにつくられた国際協調の形だ。これまでうまくいっていたのに水泡に帰そうとしている」と話す。ISSの枠組みに入っていない中国が月や火星の探査だけでなく、宇宙ステーションも建設しており、宇宙開発が西側諸国と中国・ロシアに分断されることを懸念する。

京都大SIC有人宇宙学研究センター長の山敷庸亮教授=京都市、星野眞三雄撮影

ISSは1993年、ロシアの参加が正式に決まり、「世界平和の象徴」として運用されてきた。冷戦下で激しさを増した米国とソ連による宇宙開発競争が、冷戦終結によって転換。98年からロシアを入れて開かれていた主要国首脳会議(G8サミット)は、2014年のロシアによるウクライナ・クリミア半島の併合を受けロシアを排除したが、ISSでの協力は続いていた。

火星探査にも影響は及ぶ。欧州宇宙機関(ESA)は3月17日、ロシアと共同で計画していた火星探査を中断すると発表した。ロシアのロケットで探査機を打ち上げ、火星の土壌を調査して生命の痕跡を探す計画だった。

民間企業の宇宙ビジネスも停滞しつつある。人工衛星の打ち上げを担ってきたロシアのロケット「ソユーズ」の打ち上げ延期・中止が相次いでいる。1975年に日本初の宇宙保険を引き受けた三井住友海上の林洋史・航空宇宙ユニット長(54)は「比較的安価で信頼性も高いため人気だったソユーズが使えなくなり、スペースXに申し込みが殺到している」と説明する。日本のロケットも打ち上げは年に数回程度のため、各国の衛星事業者は打ち上げ計画の変更を余儀なくされているという。

三井住友海上の林洋史・航空宇宙ユニット長=東京都千代田区、星野眞三雄撮影

内閣府宇宙政策委員会専門委員の秋山演亮・和歌山大教授(52)は、米国が進める「アルテミス計画」によって月から火星へと一直線に進む宇宙開発に影響が出るのではないかとみる。「かつての米ソ関係のように、これまでは火星行きをめぐる米中の競争という構図だったが、今後は米中ロが火星よりも宇宙の安全保障政策に力を入れるようになるのではないか」。宇宙開発は、米国を中心にスペースXなど民間企業の力によって推進する動きが強まっているが、国家の覇権争いの構図に戻る可能性があるという。