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耕さない有機農業はなぜ注目されるのか ロデール研究所CEO「食は健康な土壌から」

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作物の種子をまくために使う農機具「ドリル」
作物の種子をまくために使う農機具「ドリル」=ロデール研究所提供

米ペンシルベニア州に本部があるロデール研究所は有機農業の研究で世界的に知られる。今年創立75周年を迎え、化学肥料や農薬を使わない農作物の優位性を科学的に証明し、耕さない農業の普及をすすめてきた。いま、なぜ耕さない有機農業が求められているのか。最高経営責任者(CEO)のジェフ・モイヤーさんに聞いた。
ロデール研究所最高経営責任者(CEO)のジェフ・モイヤーさん
ロデール研究所最高経営責任者(CEO)のジェフ・モイヤーさん=2022年7月21日、米国ペンシルベニア州

――そもそも人類は、なぜ土を耕すようになったのでしょうか?

狩猟から農耕に移った時、人類はたくさん種子を得られる単年生作物に注目するようになりました。単年生作物が生き残れるようには工夫をしなければなりません。

耕すということは、土壌を白紙状態にすることです。土の中から他の植物を一掃し、育てたい作物が生き残るための最良の機会を与えることができます。

水分と栄養を確保し、日光があたるようにすることで、単年草は潜在能力を最大限に生かせます。ほかの植物が群生していると、必要とする水、栄養、日光を奪われてしまいます。

土を耕すことで、単年生作物の収穫量が増え、食糧が増産されて人口が増え、都市が繁栄し始めました。さらに、農業以外の産業を興す機会を与え、今日のような世界ができたのです。

耕作は食糧をつくるうえで重要な手段でしたが、一方で破壊も伴います。耕作には土の劣化がつきものです。私たちはそのことに気づいたのですから、真摯(しんし)に学び、農業のやり方を変えなければなりません。

――一般的に耕さない農業は、収穫や収入が減ると受け止められています。実際はどうなのでしょうか。

それは必ずしも真実ではありません。土を耕さない場合、たとえ収穫量は減っても、それに伴う労力と経費が削減され、個々の農家はもうけが増えるということがよくあります。

より重要なのは、その作物の栄養価がどうかです。耕さずに化学肥料や農薬を使う場合は、収量を減らすだけでなく、栄養も減らしてしまうことがあります。

耕さずに有機農法をした場合は、作物の栄養価を高め、収穫量も安定させることができます。天候の変化に応じて長期的に生産を安定させることができます。

米国の農家には、絶対に土を耕さないという人もいます。でも、耕す回数を減らすと農薬の使用量が増えることも多いのです。私たちはそれは間違っていると考えています。多様な輪作や被覆作物、堆肥の散布などによって、耕作の害を軽減することはできるのです。

耕さない場合には、有機栽培に適した被覆作物を使うシステムを採用します。耕さないのであれば、作物が雑草に負けない工夫をしなければなりません。

耕さない農業で使用する農機具「ローラークリンパー」。被覆作物を押しつぶす際に使用する=ロデール研究所提供
耕さない農業で使用する農機具「ローラークリンパー」。被覆作物を押しつぶす際に使用する=ロデール研究所提供

――有機農業や不耕起栽培では、世界人口を養えないという人もいます。

科学はそのようなことを言ってはいません。環境再生型有機農業システムこそが、増加する人口を養える唯一のシステムです。

むしろ現在のような土壌管理を続けると、土が劣化して世界を養えなくなります。土の健康を回復させることが、生産性を高め、増え続ける人口を養うことにつながるのです。

世界的に見ると、農地の多くが食料生産に使われていないことがわかります。

米国ではトウモロコシがエタノール用に、ブラジルではサトウキビがエタノール用に生産されています。大豆の多くがペンのインクや道路に使われるオイルに使われています。つまり、農産物は、あらゆる種類の産業に利用されているのです。

生産性の高い土壌を食料用に使えば、もっと多くの食料を生産することができます。ですから、問題は量ではありません。食料の品質と栄養価が問題なのです。人々はより多くのカロリーを必要としているのではなく、より多くの栄養を必要としているのです。

栄養を食料供給に組み込む唯一の方法は、土壌管理の仕方を変えることです。土壌の健全性に注目することが、人類を長期にわたって養う唯一の手段です。それは科学的に裏付けられています。

ロデール研究所のフィールドデーに全米各地から集まった有機農家ら
ロデール研究所のフィールドデーに全米各地から集まった有機農家ら=2022年7月、米国ペンシルベニア州

――日本には、土を耕さないことや有機農法についての誤解があるように感じます。

有機農業を自然に任せて怠けるような古いスタイルと考える人がいますが、そんなことはありません。現代の有機農家は非常に前向きで、多くの技術を活用しています。

除草剤や殺虫剤はいけませんが、ドローンやロボット、赤外線センサーなどのテクノロジーは積極的に使うべきです。ある農家はデジタルアイで種を選別する技術に取り組んでいます。

いくつもの被覆作物を混合して栽培することは、土の健康にはとてもよいことです。これまで人工的に種を選別する方法はありませんでしたが、センサーやロボットなど高度な技術を駆使して可能になりました。有機農家は、新しいアイデアや変化への対応に積極的です。

人々の健康は健康な食品によって生まれ、健康な食品は健康な土壌から生まれます。土に栄養がなければ、私たちの体には栄養が入ってきません。

逆に土が汚染されれば私たちも汚染されるのです。単に耕すか、耕さないかという問題ではありません。健康な食料を生産するシステムは複雑なのです。生態系や人生が複雑なのと同じです。