1. HOME
  2. World Now
  3. 「台湾有事」で日本が問われる判断力 そのとき、政治家に求められる力量とは

「台湾有事」で日本が問われる判断力 そのとき、政治家に求められる力量とは

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
中国人民解放軍による軍事演習の模様を伝えるテレビニュースの画面
中国人民解放軍による軍事演習の模様を伝えるテレビニュースの画面。香港で8月5日撮影=ロイター

中国軍の発射した弾道ミサイル5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に着弾した。1発は、日本最西端の与那国島から約80キロの沖合に落ちた。中国外務省の華春瑩報道官は「中国と日本は、関連海域の境界がまだ決まっていない」と述べた。

山下氏は「中国軍が台湾東部に上陸するためには、台湾と与那国島の間を通る可能性が高い。地対艦ミサイルの射程などを考えれば、中国は石垣島より西側の島々から妨害行動を受けることを想定し、戦域として考えているでしょう」と語る。「中国の立場では、日本が尖閣諸島を不法占拠していることになります。当然、尖閣も戦域に含まれます」

中国の軍事演習区域と日本のEEZ

中国が日本領土を攻撃した場合は「武力攻撃事態」になり、自衛隊は防衛出動する。北大西洋条約機構(NATO)と異なり、米軍は自動参戦しないため、日本政府は日米安保条約の発動を米国に求めることになる。山下氏は「米大統領が発動を決め、議会が承認するまで、どのくらいの時間がかかるかどうか、わかりません」と語る。もし、ロシアによるウクライナ侵攻などが激化していれば、米軍が「二正面作戦」を嫌う可能性も否定できない。

また、中国軍と交戦状態に入った台湾軍の航空機や艦船が日本に退避してくる可能性もある。中国の立場では台湾は自国の一部だから、当然引き渡しを求めてくるだろう。山下氏は「中国軍が日本に退避した台湾軍の航空機や艦船を攻撃する可能性もあります。そうなれば、やはり武力攻撃事態になります」と語る。台湾が日本の参戦を求め、あえてこうした行動に出る可能性もある。

8月3日、台北で台湾の蔡英文総統との会見に臨んだペロシ米下院議長
8月3日、台北で台湾の蔡英文総統との会見に臨んだペロシ米下院議長。台湾総統府提供=ロイター

一方、米国は今回、ペロシ下院議長が台湾を訪れたことで、台湾を守る意志を示したとも言える。台湾有事になれば、米軍の海空軍が台湾の上空や近海で活動する可能性が高い。米軍は自衛隊に補給支援を求めるほか、航空機や艦船が攻撃を受ければ、救助活動も要請する可能性が高い。

その場合、日本が2015年に制定された安全保障法制に基づき、「重要影響事態」を宣言すれば、給油や弾薬提供、救難活動などの後方支援が実施されることになる。

更に、事態が進み、自衛隊が一緒に活動している米軍が攻撃されれば、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる」という「存立危機事態」の宣言が視野に入ってくる。集団的自衛権の行使が可能になり、防衛出動という状況になっていく。

山下氏は「米軍の行動とは切り離して、日本が単独で攻撃を受けた場合は武力攻撃事態になり、日本は一刻も早く米軍の来援を求めるでしょう。逆に米軍の行動に関連して事態が推移して存立危機事態になる場合、日本はいや応なく自動的に巻き込まれるでしょう」と述べ、二つのシナリオが考えられると指摘する。

更に、この二つのシナリオが同時に発生することもありうる。日本が「存立危機事態」を宣言し、自衛隊が台湾近海で米軍を防護しているなか、中国軍が尖閣諸島を攻撃すれば、「武力攻撃事態」が発生し、この地域では自衛隊が主体になって防衛出動する。山下氏は「法律ですから、事態が並立するのは仕方ありません。どちらも防衛出動ですが、国内の法解釈として、日本は法律上二つの事態の対応を求められることになります」と語る。

山下裕貴氏
山下裕貴氏=牧野愛博撮影

こうした状況のなか、日本は今、年末に向けて国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の戦略三文書の改定を目指している。山下氏によれば、護衛艦や航空機などの保有数、地対艦ミサイル部隊を配備する石垣島と配備済みの宮古島の両部隊の増強、沿岸監視部隊と電子戦部隊しかいない与那国島に地対艦ミサイルなどの戦闘部隊を配備するのか――といった課題がある。

同時に、尖閣諸島を巡っても、自衛隊による平時からの領域警備を認めるかどうかという問題もある。中国軍による尖閣諸島攻撃の事態に備え、日米安保条約の発動を円滑に進める働きかけも重要になる。岸信夫防衛相は8日の閣議後会見で、米ハワイ沖で実施されていた環太平洋合同演習(リムパック)で、自衛隊が「存立危機事態」を想定した実動訓練を初めて実施したと発表した。

山下氏によれば、この発言は「柔軟抑止措置」(FDO)の一環だという。同じように、様々な事態に備えた日米共同作戦計画を作成し、その計画に基づく共同訓練を公開で行い、目に見える形で中国に示す必要があるという。

また、有事に備えた人員や弾薬、物資の補充も必要になる。自衛隊は現在、増額の必要性が唱えられている予算の範囲内で、弾薬や物資を備蓄している。有事では爆発的に使用量が増えるため、現在の弾薬や物資などの確保が課題になる。自衛隊が南西諸島への配備を進めている12式地対艦ミサイルなどの誘導弾も高価なため、数が絶対的に不足しているとみられる。

さらに、国民保護法制に基づき、与那国島や石垣島などでの住民避難が課題になる。山下氏は「どの時点で、どのくらいの規模で、どこに、どのように避難するのか、早急に訓練を始めるべきです」と語る。

そして、こうした複雑な事態を指揮する政治家の判断も重要になる。「重要影響事態」と「存立危機事態」「武力攻撃事態」が同時に混在し、変化していく事態も起こりうる。関係省庁の局長級などで作る事態対処専門委員会が原案をつくり、閣僚で構成する国家安全保障会議での判断を求めることになる。

山下氏は「官僚は基本的に慎重です。政治家の判断とぶつかる場合もあるでしょう。その場合、政治家が臨機応変に判断できるための力量を備える必要があります」と指摘する。

山下氏は「こうした問題意識を明確にした点で、中国軍の演習は、日本の安全保障に貢献したとも言えます」と話す。「中国軍の演習は、日本と台湾の危機意識を高め、日本や米国、台湾の軍にとって貴重な情報収集の機会にもなりました。今回の事態を前向きに捉え、努力していくことも重要です」と語った。