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課題残った邦人退避 韓国、台湾の「有事」にどう備える

揺れる世界 日本の針路
アフガニスタンでの邦人保護に向け、航空自衛隊入間基地を出発したC2輸送機(右上)=2021年8月23日、埼玉県狭山市、林敏行撮影

外務省や防衛省の説明によれば、アフガン撤収作戦が十分な成果を上げなかった背景には、急激な情勢の変化と自衛隊法の限界があった。

外務省は8月14日までに、民間チャーター機を使った退避計画を練る一方、防衛省に自衛隊機派遣が可能か打診していた。

だが、15日にイスラム主義勢力タリバンが首都カブールを掌握。同日限りで民間機の運航が停止し、空港に多数のアフガニスタン人が入り込んだ。自衛隊法が自衛隊機派遣の条件とする安全が確認できなかった。外務省は各国の軍用機への便乗を模索したが難航。空港内が落ち着きを取り戻したこともあり、政府の決定を経て、25日までに自衛隊輸送機がカブールに到着した。

タリバンとの交渉で、大使館や国際協力機構(JICA)で働いていたアフガニスタン人とその家族計600人弱が出国できるめどが立ち、チャーターしたバスに分乗したのが26日だった。その直後、空港のそばで自爆テロが起きたため、バスは空港に近づけなくなった。米軍は他国の軍用機の発着を27日までとしていたため、自衛隊機による撤収作戦は結局、邦人1人と他国の依頼を受けたアフガニスタン人14人の移送にとどまった。

政府は15日の情勢悪化について「米国すら予想しなかったスピードでカブールが陥落した」と説明する。自衛隊の元幹部は「アフガンでは確かに、米国や欧州各国の情報収集能力が日本を圧倒していた。だが、地理的に近い韓国や台湾で同じ事態が起きたとき、アフガンと同じような言い訳は許されない」と語る。

日本政府は実際、1990年代半ばに起きた第1次朝鮮半島核危機を受け、半島有事の際に韓国在留邦人の退避計画を練ってきた。李明博政権(2008~13年)当時、在韓国日本大使館の総括公使だった高橋礼一郎氏(前駐オーストラリア大使)は「韓国は日本を相手に退避に関わる議論をすることなど想定できない、という姿勢だった。結局は米国、在韓米軍との非公式なやりとりを通じて理解を深めていくしかなかった」と語る。韓国は、諸外国との協議に応じた場合、株価の急落など経済に打撃を受ける事態を恐れていたからだ。

高橋礼一郎氏

米国は毎年のように退避訓練を行っていた。訓練に参加した複数の経験者の証言では、出発地点の米軍基地でパスポートを参照して本人確認をした後、リストバンドを装着した。退避経路のポイントに米軍関係者がいて、バンドをチェックしていた。経験者の1人は「誰がどこまで移動したか、情報を集中管理していた」と証言する。訓練は年によって、陸路や空路、海路と変わり、目的地も在日米軍基地や米本土など様々だった。

日本は過去、朝鮮半島でこうした訓練を行っていない。韓国が有事の際、自衛隊の航空機や艦船の受け入れを拒む姿勢を示しているからだ。自衛隊元幹部は「米軍輸送部隊の指揮下に入ることで、韓国との空域調整などを米軍にやってもらうしか方法がないだろう」と語る。

更に難しい問題は、北朝鮮による攻撃が始まれば、ほとんど行動の自由が効かなくなるという点だ。韓国軍関係者によれば、北朝鮮は非武装地帯に計1千門の長距離砲を展開し、うち350門前後がソウル首都圏を狙う。1時間に50万発の砲弾をソウルに集中させることもできるという。北朝鮮は過去、韓国のGPSを妨害する動きをみせたことがある。有事になれば、インターネットやメールも使えなくなる可能性がある。韓国軍も有事になれば戒厳令を敷くため、自由な外出はできなくなる。

自衛隊法を改正しても、情報が限られ、砲弾の飛び交うなか、どこまで邦人保護の活動ができるかは全く見通せない。高橋氏は「結局、商用機が利用できる間にできるだけ多く退避するしかない。だが、早期に避難の必要性を公にすることは韓国政府は嫌がる。これはこれで微妙な問題となる」と語る。

高橋氏は「日韓関係を改善して意思疎通をスムーズにすべきだと言うのは簡単だ。しかし、こうしたお互いに譲れない問題で両国の世論はどう反応するのか、どこに落としどころがあるかは、見通せない」と語る。一方、「冷静に現実を見れば、韓国も有事で日本に協力しないと、救難活動や難民収容、後方支援といった分野で困ることになる。米軍のほうだけを向いていてもうまくいかない。何もしなければ日本、韓国ともに敗者になるだけだ」と指摘する。

在韓米軍司令部=2018年6月、李聖鎮撮影

近年、朝鮮半島よりも有事の可能性が高まっているとの指摘もある台湾情勢はどうだろうか。米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)は今年3月の米上院公聴会で「中国が6年以内に台湾に侵攻する可能性がある」と語った。

1996年に起きた台湾海峡危機の際、当時の橋本龍太郎内閣が台湾在留の邦人の退避活動を検討したことがある。日本には当時、台湾の港湾や空港施設の十分な情報がなかった。台湾から南西諸島まで、自衛隊機やチャーター機などでピストン輸送し、そこから艦船で九州などに移送する案などが検討されたが、十分な輸送能力を確保できないまま、危機が終わった。

台湾情勢に詳しい防衛省防衛研究所の門間理良・地域研究部長は「台湾本島への侵攻はまず起きないだろう。中国が本島を攻撃したら、世界を敵に回し、米国が介入する。侵攻するという情報も事前に漏れるだろう。中国もこうしたリスクを考えている。ただ、東沙諸島など、台湾が支配する離島を取りに来ることはありうる」と語る。

そのうえで、門間氏は「ただ、台湾有事に備えた準備は必要だ。中国共産党政権が怖いのは、政策決定過程が外部から明らかでなく、合理的な決定を下すと信頼できないところだ。中国人民解放軍が自分の力を過信することもありうる。習近平国家主席は愛国教育を重視しているため、中国国内に台湾問題解決への期待感も高い。あらゆる事態を想定して準備しておくべきだ」と指摘する。

門間理良氏

ただ、元自衛隊幹部は「台湾は韓国よりも友好的に対応してくれるだろうが、当局間同士のやり取りをしたことがない」と語る。従来、自衛隊の一部では台湾有事の際の対応について非公式な検討が行われていたが、自衛隊予算を確保するのが狙いで、米国との協議も経ない非現実的な動きだった。

門間氏は「まず、アフガン撤収作戦での教訓事項を洗い出すべきだ。現行法の運用では不可能な点があれば、国会で法改正について議論することも考えられる」と指摘。「アフガンでの情報収集活動が十分ではなかったと言える。台湾も、米国が他を圧倒する情報能力を持っているという点では同じだ」と語る。

そのうえで、「日本と台湾の間で、情報交換の場を3段階で増やす努力が必要だ」と指摘する。「まず、現在も行われている研究機関同士の交流を活性化する。そのうえで、軍事情報の交換を定期的かつ頻繁に行い、更に部隊などを動かす運用情報の交換に進んでいくべきだ。すでに米国はそこまで行っているはずだが、日本は中国に配慮して自主規制しているのが現状だ」

邦人保護の訓練で、小銃を持ち、邦人をヘリへと誘導する自衛隊員(左)=2020年12月2日、朝霞駐屯地、伊藤嘉孝撮影

また、門間氏は「日米で台湾有事についての議論が必要だ」と語る。「どんな状況で起きるのか、どんな協力ができるのか。台湾にいる邦人や米国人の救出活動、日本による補給活動や救難活動などの議論をまずシミュレーションで行うことが考えられる」

同時に、「こうした活動は公開すれば中国の強い反発を招く。非公開で進めるべきだろう。中国の反発があっても議論を続けられるよう、政治家は世論の理解を得る努力をする必要がある」とも指摘する。

有事の際、中国が日米などの退避活動を妨害しないだろうか。門間氏は「中国は世界を敵に回したくない。むしろ、外国人が台湾から退避する時間の猶予を与えるかもしれない。北京や上海にいる外国人を人質に取るようなこともしないだろう」と語る。

外務省統計によれば、2020年現在、韓国には約4万1千人、台湾には約2万5千人の在留邦人がいる。新型コロナウイルスの感染拡大前には、韓国には毎月20万人以上、台湾には同15万人以上の日本人旅行者が訪れていた。高橋氏も門間氏も、有事に至るまでには相当数の日本人が退避していると予想できるものの、韓国でも台湾でも数千人規模の退避活動を余儀なくされる可能性が高いとみる。

こうした状況から、両氏は韓国や台湾での退避活動では、退避対象のなかに現地協力者を全て含めることを想定することはきわめて困難だとの見方で一致した。

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たかはし・れいいちろう 1980年、外務省入省。在アメリカ合衆国大使館参事官、大臣官房報道課長などを経て、2011年から駐アフガニスタン大使。その後、内閣府国際平和協力本部事務局長、駐オーストラリア大使を経て、2021年退官

もんま・りら 1965年生まれ。台北・北京での専門調査員、文部科学省初等中等教育局教科書調査官を経て、2012年防衛研究所入所。2020年より現職