会議に参加したオースティン米国防長官は「一方的な現状変更に反対する」と主張し、台湾周辺での中国の軍事行動などを批判した。オースティン氏や岸田文雄首相らは「法による支配」など、従来の主張を繰り返した。これに対し、中国が日米などの主張に耳を傾けることはなかった。中国の魏鳳和国防相は台湾独立の動きがある場合、「代価を惜しまず、最後まで戦う」と警告した。防衛省防衛研究所の高橋杉雄防衛政策研究室長は「中国は、もはや日米に何を批判されても気にしていない。交渉する気もない。プロパガンダとして言いたいことを主張しているだけだ」と語る。
中国は2006年、シャングリラ・ダイアローグに対抗する会議として「北京香山フォーラム」を創設した。中央アジアやアフリカ諸国などの閣僚を招待して対話を重ねている。
米ハドソン研究所のブライアン・クラーク上級研究員も「中国は、平和的であろうと軍事行動であろうと、台湾を再統一する意図について、かつてないほど明確な意思を示した。中国のレトリックはやや攻撃的になっていた」と指摘する。同氏も、米国は今回の会議で、中国の動きを抑止できていないとする。
米ランド研究所のジェフリー・ホーナン上級政治研究員も同じ見方を示す。ホーナン氏は「魏鳳和氏は演説で、台湾は中国のもので内政問題だと強調した。国家統一は絶対に実現され、外部の力による干渉は失敗する運命にあるという明確な警告も発した」と指摘。「中国は地域秩序の安定を気にせずに行動する権利があると信じている。この傾向は明らかに強まっている」と語る。
そしてクラーク氏は、中国が攻撃的になっている背景について、東シナ海や南シナ海で軍事力ばかりが突出する内部事情があると分析する。同氏は「新型コロナウイルスによるロックダウン、政府や企業の債務、一帯一路プロジェクトの失敗、商業部門により多くのイノベーションを開放しない習近平国家主席の方針などから、過去数年間に中国の経済や外交力は傷ついている」と指摘。「中国は軍事力は強大だが、非軍事的手段がそれほど強くないため、台湾との再統一を含め、自国の利益を追求するために国際舞台で脅威に訴えざるをえないのかもしれない」と語る。
高橋氏は「レトリックで競い合う時代はすでに過ぎ去った。現実に何を準備するかに、安全保障の焦点が移っている」と語る。
実際、米陸軍と米海兵隊は地対艦ミサイルの開発を急いでいる。米陸軍は23年末までに中距離ミサイルの配備を完了させたい考えという。いずれも、中国を念頭に置いた動きだ。岸田文雄首相も10日の基調講演で、日本の防衛力を抜本的に強化する考えを示した。中国国営新華社通信は17日、建造中だった3隻目の中国海軍空母が進水したと伝えている。
現時点では、シャングリラ・ダイアローグは、中国と西側諸国との信頼醸成の場というよりも、情報交換や関係国同士が会談するための機会を提供する場になっていると言える。シンガポール外務省のビラハリ・カウシカン元次官は「シャングリラ・ダイアローグは意見交換の場だ。抑止力への貢献を意図したものではないが、ミスカルキュレーション(計算違い)の可能性を減らすことに役立つかもしれない」と話す。
一方、今年の会議には、ロシアによるウクライナ侵攻の影響が色濃く出た。岸田首相は基調講演で「私自身、ウクライナは明日の東アジアかもしれないという強い危機感を抱いています」と語った。オースティン国防長官もウクライナ侵攻について「平和的な隣国の権利よりも自らの帝国主義的な欲求が重要だと、大国が判断したときに起きる」と批判した。
ホーナン氏は「侵略は国際秩序の基盤そのものを揺るがす。主権や私たちが一緒に築いてきたシステムの重要性についての問いかけは、この地域の国々が中国に抱く懸念や、大国が望むものを得るために小国に強制力を働かせる懸念と明らかな類似点がある」と説明する。
では、中国はウクライナの問題をどう受け止めているのだろうか。カウシカン氏は「(会議に出席した)皆の心に浮かんだ重要な疑問は、中国がウクライナ戦争からどのような教訓を得るかということだった」と語る。「中国の装備やドクトリンはロシアと似ている。ロシア軍の悲惨なパフォーマンスと侵略に対する強力で統一された西側の対応について、中国がどのような教訓を得たのか」
カウシカン氏によれば、中国はロシアに物質的支援を与えていないと説明する一方、ロシアと距離を置く気配も示さなかった。
同氏は「中国はジレンマに陥っている。ウクライナでの戦争は西側諸国との違いを先鋭化した。中国は既に複雑な国内問題と成長の鈍化に直面している。そんななか、中国はセカンダリー・ボイコットに巻き込まれる懸念を持っているが、ロシアを見捨てることはできない。(ロシアのように)同等の戦略的な重要性を持ったパートナーが他にいないからだ」と語る。
クラーク氏は、ロシアによるウクライナ侵攻について「侵略のコストが明確になる一方、米国とその同盟国が非同盟国を守るために『全力を尽くす』ことはない事実も示した」と指摘する。
同氏は、ウクライナ侵攻を受けた中国の対応について「中国の指導者たちは、軍事作戦を行わずにすませる方法を教訓とする一方、西側諸国の支援には限界があることも理解している」と話す。クラーク氏によれば、ウクライナは勢いを失い始めているが、米国や米国の同盟国は、武器の量や種類での支援を強化せず、代わりに交渉による解決を求めているという。同氏は「この動きは北京にとって心強い兆候かもしれない」と話した。
高橋氏は「今は予算と兵力が重要な時代だ。米国はもう、中国とロシアを相手に二つの戦争を同時に行う力はない。同盟国が自分たちの問題として、米国の穴を埋めるしかない時代になっている」と語った。