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日米の声明で異例の言及、台湾海峡の危機は日本にも及ぶ 必要な備えは

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
1月15日、台南で軍の演習を視察する蔡英文総統=ロイター

「台湾危機」は現実か(下) 日本が国交のない台湾の安全保障情勢に触れた、異例の声明だった。3月にあった日米の外務、防衛閣僚が集まる協議(2プラス2)の後で両政府が発表した共同声明は「閣僚は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した」と明記した。米軍司令官が「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性」と議会証言するなど、台湾有事を懸念する声が急速に高まっている。有事の場合、日本にどのような影響が及び、どんな役割を求められるのか。日米の専門家の分析を元に考えた。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

【前の記事を読む】「中国は6年以内に台湾侵攻の可能性」 米司令官証言の現実味

■アメリカにとって死活的に重要なのは台湾

陸自中部方面総監などを務め、昨年11月には中国の台湾侵攻を描いた小説を発表した山下裕貴元陸将は「米国は日米防衛協力の重点を、第一列島線の北半分にあたる対馬海峡からバシー海峡までの線のなかに、中国軍を封じ込める戦略に充てるはずだ」と語る。「日本人は、どうしても尖閣諸島に目が向くが、米国にとって死活的に重要なのは台湾だ」。自衛隊は現在、南西諸島防衛のため、奄美大島や宮古島、石垣島へのミサイル部隊配備を進めているからだ。

2013年12月、視察に訪れた南スーダンで国連軍事部門司令官(ガーナ軍少将)と懇談する山下裕貴氏(左)=本人提供

2プラス2の共同声明では、尖閣諸島に日米安保条約が適用されることを明記した。米国はその代わりに、「台湾海峡」を明示することで、日本を巻き込むことに成功したと言えそうだ。

では、台湾有事の場合、日本にはどのような影響が及ぶのか。

■日本が巻き込まれる可能性は

山下氏は「少なくとも存立危機事態にあたる」と語る。日本の事態対処法が「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」と定義する事態だ。山下氏は「防衛出動の判断は日本だが、米軍は自衛隊に対して最低限、弾薬や物資の補給、救難活動、在日米軍基地の防衛などを期待するだろう」と語る。

米ハドソン研究所のブライアン・クラーク上級研究員も「米国は日本に対し、米軍の保護や、米軍が活動している基地への物資、燃料、弾薬の流れを確保するよう求めるだろう」と予測する。そして、「尖閣諸島は台湾に非常に近い。中国軍は自衛隊の介入を防ぎたいとも考えている。米軍は沖縄や横田、横須賀、佐世保の各基地から台湾の支援に向かうだろう。日本が中台紛争に巻き込まれる可能性は高い」と語る。

米ハドソン研究所のブライアン・クラーク上級研究員=研究所のホームページから

東京大学東洋文化研究所の松田康博教授も「日本は巻き込まれないという考えはナイーブだ」と指摘。中国が台湾に侵攻した場合、台湾軍機が米軍嘉手納基地などに避難することを予想した。嘉手納基地の航空管制は米軍が担当しており、着陸許可を出す可能性が高い。中国もこうした事態は十分予測しているとみられる。松田教授は「軍事的合理性から考えて、中国が本気で対台湾武力行使を決心した場合、在日米軍基地を先制攻撃する可能性が高い」と語る。そうなれば、武力攻撃事態となり、日本有事に発展する。

■中国抑止の方策は

防衛研究所の高橋杉雄防衛政策研究室長は「日本を防衛するための準備を真剣に進めていく必要がある。中国の過剰反応を招かないよう注意が必要だが、中国に対して日米台の協力はあり得ないと思わせない方が良い。台湾侵攻は必ず、事態の拡大を招くと思わせることが抑止につながる」と語る。

日本政府関係者も、最近の「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想や日米豪印の安保対話(QUAD)について「米国をインド太平洋地域に関与させると同時に、中国に対してこの地域で紛争を起こすと高いコストを支払うことになると思わせるのが目的だ」と語る。

オンラインで会談に臨む菅義偉首相(手前右から2人目)、茂木敏充外相(同3人目)ら。画面内は(右下から時計回りに)モディ印首相、モリソン豪首相、バイデン米大統領=2021年3月12日、首相官邸、恵原弘太郎撮影

山下氏は2プラス2の共同声明で「台湾海峡」を明示したことは、2015年の日米防衛協力の指針(ガイドライン)に明記された「柔軟に選択される抑止措置」(FDO/Flexible Deterrent Options)の一歩だとする。「中国の冒険的な行動を抑止するため、外交や軍事などを組み合わせた明確なメッセージを送るという意味だ」。そのうえで、日米が今後、中国に対して取るFDOとして、尖閣諸島や台湾近くでの様々な日米共同訓練の実施が考えられるとした。

ただ、日本にはやるべき課題が山積している。

米民主主義防衛財団(FDD)のマシュー・ハ研究員は昨年12月、共著で中国の脅威に対抗する日米防衛協力についての論文を発表した。ハ研究員は、日本有事への備えとして在日米軍の航空機などを分散させる受け皿になる空港の確保や、中国の弾道ミサイルを抑止するための米軍の弾道・巡航ミサイルの日本配備などが必要だと説明。同氏は「米空軍力の分散は、中国軍が攻撃目標を選ぶ判断を複雑にさせ、日米が航空優勢を確立する時間を稼ぐことができる。ミサイルの日本配備は中国に対する抑止力を強化し、日本が紛争に巻き込まれる可能性を減らすだろう」と語る。

米民主主義防衛財団(FDD)のマシュー・ハ研究員=FDDのホームページから

しかし、政府は現時点で、こうした議論を全く公にしていない。

さらに、昨年夏に配備を断念した陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の代替策についても、イージス艦2隻を建造することを決めただけ。新しい弾道ミサイル防衛構想の詳細を巡る議論も、代替策を巡り、一部の専門家が指摘した敵基地攻撃能力の保有についての議論も止まっている。

3月にはQUAD首脳会議と日米2プラス2が行われ、いずれも中国の脅威に言及した。山下氏は、2013年にまとめた国家安全保障戦略や15年の日米ガイドライン、18年の防衛大綱をそれぞれ改定する時期に来ていると指摘する。専門家の間では、日本が攻撃を受けた場合に反撃する能力を持たせるための根拠作りや、具体的な装備の導入を急ぐべきだという声も上がっている。

山下氏は「戦略を決めずに演習をやっても、屋根の修理をせずに、雨漏りしている場所にバケツを差し出す行為に過ぎない。対症療法ではなく、根治療法を行うため、一日も早く議論を始めるべきだ」と語った。