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北朝鮮ミサイル発射、透ける焦り 「そこまで余裕ないのか」専門家が驚いた金正恩演説

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
10月11日、平壌で開幕した国防発展展覧会を視察する金正恩氏ら=労働新聞ホームページから

■バイヤーなき兵器展覧会

労働新聞は20日、「国防科学院が19日、新型のSLBMの試射に成功した」と伝えた。潜水艦からSLBMを発射したと主張している。同紙は、艦橋部分のハッチが開いたように見える潜水艦の写真を掲載した。自衛隊関係者は「おそらくSLBM発射実験のため、艦橋に発射管1本を取り付けたコレ級潜水艦だろう」と語る。

労働新聞が20日、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射に成功したと伝えた写真=同紙ホームページから

コレ級潜水艦は1500~2千トン級とされる。発射管を複数搭載するためには、3千トン級以上の潜水艦が必要だ。北朝鮮は2019年に大型潜水艦を公開したが、進水した事実は確認されていない。北朝鮮のSLBMは最大射程が2千~3千キロとされる。関係者の1人は「米本土を攻撃するためには太平洋に進出する必要がある。北朝鮮の潜水艦では無理だろう」と指摘。同時に「水中からミサイルを発射するプラットフォームとして使うのではないか」と語る。

このほか、北朝鮮は9月、長距離巡航ミサイルや極超音速滑空弾などの発射実験も行った。11日に平壌で開幕した国防発展展覧会には、昨年10月の軍事パレードで公開した新型の大陸間弾道弾(ICBM)やSLBMなどを展示した。

労働新聞が20日、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射に成功したと伝えた写真=同紙ホームページから

自衛隊関係者は「新型兵器の展覧会の目的は普通、国威発揚と海外への売り込みだ。バイヤーがいない展覧会は珍しい」と指摘。米韓関係筋の1人は「制裁や新型コロナウイルスに対する防疫措置の影響で、国家経済発展5カ年計画の遂行が難航している。誇れるものが軍事部門しかない。他の部署を督励する意味があるのだろう」と語る。朝鮮中央通信は、党の活動家や大学の教職員、学生らが参観したと伝えた。

情報関係筋によれば、北朝鮮にはこうした最新兵器を展示する場所が、平壌市竜城区域の国防科学院の敷地内に存在する。最高指導者の視察に備えた施設で、見学できる人間は党の担当書記や軍総参謀長、国防科学院関係者らに限定されていた。北朝鮮自身、最新兵器は機密事項にあたるという認識を持っていたわけで、展覧会の開催は「背に腹は代えられない」事情の表れと言える。

北朝鮮の写真集「国家防衛力強化のために」

昨年10月に出版された写真集「国家防衛力強化のために」も、金正恩氏が2011年末から昨年10月の軍事パレードまでの間に指導した軍事部門の成果をまとめたものだ。60ページ余にわたり、水素爆弾などを視察する正恩氏や様々な弾道ミサイルの発射実験、軍事パレードなどをカラー写真で紹介した。

もちろん、この写真集の目的は、正恩氏を褒めちぎることにある。写真集は「敬愛する最高指導者、金正恩同志の革命武力領導は、天才的な軍事的英知と抜きんでた知力、非凡な領軍術と強靱大胆な度胸、兵士らに対する愛情と献身で一貫している」と紹介している。

北朝鮮の写真集「国家防衛力強化のために」から

■金正恩氏自ら「唯一の指導体系、確立を」

では、当局のもくろみ通り、北朝鮮の人々は正恩氏を尊敬してやまないのだろうか。巨大な劇場国家である北朝鮮で、人々の本音を知ることは難しい。でも、北朝鮮当局が不安を抱いている様子はわかる。その一つが、国防発展展覧会の会場に掲げられた、正恩氏を描いた巨大な油絵だ。北朝鮮は最近、党大会など様々な行事の際、正恩氏を描いた絵画を会場の廊下などに掲げ、参観させている。

朝鮮労働党創建76周年講演を行う金正恩氏(中央奥)=労働新聞ホームページから。幹部らは誰もメモを取っている様子がない

北朝鮮をたびたび訪れている専門家が注目したのは、正恩氏が10月10日に行った党創立76周年記念講演だ。正恩氏は講演で党員に対し、思想強化や行政・経済事業への指導改善、清廉潔白な姿勢などを求めた。この専門家は「おそらく、今後数年間は当局の大方針を示すバイブルにするだろう。党員に徹底して学習させるはずだ」と語る。

そして、この専門家が注目したのは「党中央の唯一の指導体系を確立する活動を深化させる」とした正恩氏の言葉だった。「党中央の唯一の指導体系」とは、「金正恩氏による独裁」を意味する。専門家は「かつて、金日成や金正日が自らの口で、独裁を支持しろと迫ったことはなかった。金正恩自らが訴えるほど、余裕がないのかと思い、驚いた」と語る。

講演の趣旨は「党創立76周年記念」だったが、朝鮮中央通信によれば、正恩氏は講演のなかで「この10年間に党建設で収めた成果」について言及したという。今年12月に迎える権力継承10周年を意識し、国民に支持される業績作りに躍起になっている様子が見て取れる。

この記念講演では演壇から机が取り払われ、幹部らは赤い椅子に座って正恩氏の背後に控えた。一般席の幹部らも含め、誰もメモを取っていなかった。専門家の1人は「参加者が一心不乱に最高指導者の言葉をメモ書きする光景は異様だ。普通の国だとアピールしたい正恩氏の指示だろう」と語る。ただ、「全員がメモを取る姿勢」から、「全員がメモを取らない姿勢」に切り替えるところに、北朝鮮の独裁政治の影が色濃くにじみ出る。

10月11日開幕した国防発展展覧会で演説する金正恩氏=労働新聞ホームページから。やはり幹部らがメモを取る様子は見えない

■韓国への働きかけも

北朝鮮が最近、様々なミサイル発射と同時に南北通信線の復旧に応じたことも、焦りの反映だろう。正恩氏は19年春の演説で、米側の譲歩を待つ方針を明らかにしたが、当時のトランプ政権もバイデン政権も全く譲歩する姿勢を示していない。正恩氏は11日、国防発展展覧会での演説で「米国は最近、わが国家に敵対的でないというシグナルを頻繁に発信しているが、敵対的ではないと信じられる行動的根拠は一つもない」と述べ、不満をぶちまけた。

正恩氏はこの演説で「南朝鮮(韓国)が我々に言いがかりさえつけなければ、朝鮮半島の緊張が誘発されることは決してない」とも語った。米韓関係筋によれば、北朝鮮は最近、韓国に「米国から譲歩を引き出せば、南北首脳会談の開催も可能だ」と非公式に持ちかけている。韓国大統領府や外交省の高官が最近、頻繁に米側と接触している背景には、こうした北朝鮮の働きかけがありそうだ。

10月11日に開幕した国防発展展覧会に出席した金正恩氏(中央)=労働新聞ホームページから。背後に正恩氏の巨大な肖像画がかけられていた

国防発展展覧会の様子を放映した朝鮮中央テレビの映像を注意深く見ると、正恩氏が履いていた靴は、黒いサンダルのような形をしていた。関係筋の1人は「以前から言われていた痛風が悪化したのかもしれない」と語る。正恩氏の焦りが、体調にも現れているとも言える。