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ロヒンギャの難民キャンプでも電子マネーが流通している

あのとき、現場で ロヒンギャ問題を追う
図 2バングラデシュ南東部コックスバザール郊外のロヒンギャ難民キャンプ=染田屋竜太撮影

前回の「ロヒンギャを追ってバングラデシュへ レストランの『裏メニュー』にびっくり」はこちら

難民に食糧支援を続ける国際機関

2017年11月、私たち記者は、ロヒンギャ難民キャンプのあるバングラデシュ南東部、コックスバザールを訪れた。現場では難民の当事者取材がもちろん重要だが、少し広い視野で見ている国際機関などから話を聴くことも必要になる。難民キャンプはいったいどんな状況なのか。コックスバザールに到着した17日の夕方、世界食糧計画(WFP)の事務所を訪ねた。

コックスバザールの中心部から少し外れた場所に事務所はあった。2メートルほどの石造りの塀があり、入り口をチェックを受ける。通訳を介してきくと、入り口の警備担当者は、「今は難民や国際機関の人たちがたくさん入ってきているいつもと違う状態。国際機関の事務所で何かあってからでは遅いから」と説明してくれた。

「よく来てくれました」と出迎えてくれたのは、WFPの報道担当、シェリー・タクラル氏。「外でいいですか」と笑顔だ。ベンチに座ってインタビューすることにした。

「今、WFPが一番力を入れているのは、6歳までの子どもや妊婦の飢餓の問題です。彼らは1週間ほど、何も食べずにミャンマーから逃げてきた。(キャンプに)着いたときは低栄養状態で、病気の人も多い。まずは十分な栄養をとってもらうことを重視している」とタクラル氏。WFPは、「スーパーシリアル」や「高栄養ビスケット」を配っているという。「我々はここを『メガキャンプ』と呼んでいます。WFPが世界で支援している難民キャンプの中でも巨大で、ものすごい勢いで拡大している。何より配給を受けられない難民が出ないようにするのが大切です」と話す。

国際移住機関(IOM)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と協力して、何人のロヒンギャが国境を越え、どこに入ってきたのかを把握し、その分の食料を用意するという。「米の多くはバングラデシュ政府から受け取っている。バングラデシュ政府には本当に感謝している」とタクラル氏。「もちろん、日本にもこれまでずっとWFPを支援し続けてくれているドナー(寄付者)がいる。ありがたいです」というのも忘れなかった。

WFPは、キャンプで暮らす難民に対し、家族の人数に合わせて米やレンズ豆、油を配給している。主食だけではない。塩や砂糖といった調味料などを、WFPは「売って」いる。難民から金を取るなんてひどいと思うかもしれないが、一方でWFPは、10米ドル分が入った「イー・バウチャー」を配布するという方法をとっている。クレジットカードのようなプラスチック製で、週に1回、WFPがチャージ(入金)する。難民の人たちがカードを受け取る際に指紋などで確認するため、「二重取り」を防げるという。インタビューした2017年11月から5万人にバウチャーを配りはじめ、徐々に増やしていく予定だった。

図 1世界食糧計画(WFP)が使っているイーバウチャー=WFP提供

最後に、「今でも難民はキャンプにたどり着いているのか」と尋ねた。現場に来たからには、ミャンマーから逃げてきた人たちに話をききたい。すでに問題の発生から3カ月がたっている。そのチャンスはあるのか。

「今でも10以上の家族が毎日、国境の川を渡ってバングラデシュ側に来ている」という。その現場を見ることはできるのか。「最近はバングラデシュ政府が国境警備を強化しており、我々スタッフも国境に近づくのは難しい。一度、現場に行って様子を見てきてはどうか」と言われた。

図 3バングラデシュ南東部コックスバザール郊外のロヒンギャ難民キャンプでは、至る所で道路や建物の工事が進んでいた=染田屋竜太撮影

いよいよ、難民キャンプへ

帰り際、タクラル氏は、「その目で現場を見て、日本の人たちにもここで何が起きているか伝えて。最近、難民のニュースは減っている。でも、問題は何も解決していない。今回の難民問題は、長引く可能性があると思っています」。その言葉がずしっと心に残った。

翌日、午前7時にホテルを出て難民キャンプに向かった。バングラデシュ政府は、「セキュリティー上の理由」として、外国人は午後5時以降はキャンプ内にいてはいけないという指示をしている。となれば、朝早くから取材を始めたいものだが、ドライバーや通訳は、「暗いうちは外に出たくない」という。多くの難民がなだれ込み、コックスバザールの町は一変。容疑者不明の強盗や傷害事件があちこちで起きているらしい。日が出るのを待ち、白いトヨタ・ハイエースで向かう。まだ車通りの少ないコックスバザールの街中を抜けると、海岸沿いの通りに出た。予想に反して、車の中で跳びはねるようなデコボコ道ではなく、道路はきれいに舗装されていた。

30分ほど走ると、細い道を西に入り、徐々にキャンプに近づいていく。やがて、その姿が見えてきた。土がむき出しになった数十メートルの小高い山にひしめき合うようにシェルターが立ち並んでいる。よく目をこらすと、シェルターの隙間を人々が歩いている。

図 4見渡す限り難民の住む「シェルター」が立ち並ぶ、ロヒンギャ難民キャンプ=バングラデシュ南東部コックスバザール郊外、染田屋竜太撮影

まず向かったのは、「配給センター」と呼ばれる場所だ。ミャンマーからたどり着いたロヒンギャたちが国際機関から食料などを受け取る。照りつける日差しの下、くたびれた表情をした人たちが座り込んでいる。通訳を通じて質問すると、「川を渡って逃げてきた」「家族が殺された」と口々に話す。声に力がない。ミャンマーでどんな目に遭い、どうやって逃げてきたのか。本当なら質問を続けなければならないのかもしれないが、その姿を見るとつらい経験をほじくり返すことができなかった。「すでにキャンプで暮らしている人たちに話をきいてみよう」と杉本機動特派員と話し、配給センターを後にした。いよいよ、巨大キャンプの核心へ足を踏み入れる。

(次回に続く)