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ロヒンギャを追ってバングラデシュへ レストランの「裏メニュー」にびっくり

あのとき、現場で ロヒンギャ問題を追う
バングラデシュ南東部、コックスバザール空港。小さな空港だが、多くの人が乗り降りする=2017年11月、染田屋竜太撮影

前回の「大量のロヒンギャ難民が逃れるバングラデシュへ ビザは意外にも発行された」はこちら

緊張の現地入り

2017年11月16日、同僚カメラマンの杉本康弘機動特派員(当時)、バングラデシュの現地スタッフとして長く我々と仕事をしてくれているヌルル・フダ氏と一緒にダッカから空路約1時間で、コックスバザールに到着した。1列4席のビーマン(Biman)バングラデシュ航空の飛行機はほぼ満席。多くは地元の人のようだが、欧米人の姿も見える。国際機関のスタッフやジャーナリストだ。1時間ほどの搭乗時間中、キャンプの様子を想像するとともに、限られた取材時間をどう使うか、頭の中に、想定される行動を繰り返し思い浮かべた。

コックスバザールの空港はアジアの地方空港によく見られるようなこぢんまりしたもの。コンクリートでつくられた簡素な建物だった。着くとすぐに乗客は全員、空港の片隅にある小さな部屋に案内される。外国人はこの部屋でパスポートの提示と訪問目的の記入をしなければいけないようだ。

小学校の教室ほどの大きさだろうか。部屋の中には外国メディアの記者やカメラマン、国連など支援機関のスタッフらでごった返していた。名前やコックスバザールでの滞在先、訪問目的などを英語で書き、空港のバングラデシュ人担当者に渡すと、ちらっとこちらの顔とパスポートの写真を見比べて、「オーケー」とあっさり解き放たれた。

コックスバザール空港では、外国人は滞在場所や目的などを記入しなければならない=2017年11月、染田屋竜太撮影

空港の敷地を出ると、あたりには地元の人がたくさん集まり、盛んに声を上げている。車が並んでいるところをみると、国際機関スタッフらのドライバーや通訳なのだろう。我々を運んでくれるドライバーはラシッドさん(32)。その後、コックスバザールを訪れた7回全て、彼の運転で難民キャンプを行き来することになる。

まずはホテルに入り、作戦会議。当時も日々、難民が増え続け、めまぐるしく状況が変わっている。訪れる前に計画を立てようにも、何を取材できて、どこに行けるのかさえ、わからなかった。バングラデシュ入りする前、到着日に世界食糧計画(WFP)のコックスバザール広報担当者、翌日からは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際移住機関(IOM)の担当者のアポイントをとっていたが、そのほかはキャンプ内を回れるように時間をあけていた。たまたま、19日には河野太郎外相(当時)がキャンプを訪れるというので、外務省を通して大臣視察の取材を申し込んでいた。

コックスバザール空港では預け入れ荷物は積んだまま運ばれ、自分でとりにいく=2017年11月、染田屋竜太撮影

ホテルにつくと、予期せぬ事態が起きた。杉本機動特派員が、「ネットがほとんどつながらない」という。予約サイトでは、「Wi-fi完備」と記されていたのに……。記者はまだしも、カメラマンの場合、動画を含めた多くのデータを本社のある東京とやり取りするため、ネット環境は死活問題だ。すぐに代わりのホテルを探し、キャンセル料を支払って元のホテルを出た。フダ氏と相談し、コックスバザールに数えるほどしかない「四つ星」ホテルへ。フロントに表示されている宿泊料は1人1泊100米ドル。当初予定していたホテルの約2倍だ。だが、フダ氏がフロントの男性スタッフに笑顔で交渉すると、あっという間に1泊60米ドルにまで下がった。フダ氏は、「ホテルは外国人だと思って高い料金を言ってくる。交渉すればすぐ下がるところが多いんです」。にやりと笑った。

ホテル変更もあったため、この日の取材は夕方に予定している世界食糧計画(WFP)のみ。難民キャンプまでは車で1時間半以上かかるから、行ったとしても何も取材できずに帰ることになりそうだ。まずは車でコックスバザールの町中を見て回ることにした。

バングラデシュ南東部、コックスバザールの食堂では、魚介を使ったカレーなどが出され、地元の人にも人気だ=染田屋竜太撮影

コックスバザールはバングラデシュ南東部、チッタゴン州にある都市だ。穏やかな波が打ち寄せるビーチが続くことから、国内有数の観光地としても知られる。中心部にはホテルが立ち並び、海鮮物を売る露店からレストランまで店の数も多い。訪れるのは主にバングラデシュ人が多かったが、ロヒンギャ難民が流れ込んだ2017年8月以降は、料金が高めのホテルは国連関連機関などのスタッフで埋まっているという。

舗装されていない土の凸凹道も多い。朝夕は細い道がすぐに渋滞してしまい、移動に時間がかかる。それ以上に気になったのが、「リキシャ」と呼ばれる乗り物だ。自転車やバイクの後ろに人が2~3人座れるいすをつけ、移動する。これが道路を縦横無尽に移動するものだから、飛び出しや割込みが多く、あちこちでクラクションが鳴っていた。

海の町らしく、魚介類を売る商店がいくつもある。いけすで魚やカニを売っている店、魚や貝の乾物店など様々だ。商品にはハエがたかっていて、「平気なの?」と一緒にいた通訳のフダ氏に尋ねると、「食べるときは火を通すから大丈夫。ここの魚介類はバングラデシュ有数の鮮度だから」と自信満々に返された。

バングラデシュ南東部、コックスバザールの町では、地元の人向けの飲食店も多い=2017年11月、染田屋竜太撮影

ミャンマーから来たばかりの人に話を聞きたい

夜、杉本機動特派員とフダ氏の3人で、夕食を取りながら打ち合わせをすることにした。地元では老舗で知られるホテルに併設され、高い天井、どっしりとした木造のつくりだ。フダ氏がメニューを渡すために近づいたウェイターの男性にこっそり何か手渡した。すると、10分後くらいに茶色の紙袋がテーブルの上に置かれた。中からは冷たいビールが登場。

イスラム教国のバングラデシュで大手を振ってアルコール飲料を注文することは、はばかられる。ただ、ホテル内にはバーも併設されていて、知っている客は店員に「裏メニュー」として頼み、そこからビールを持ってきてくれるというのだ。「通」ぶりを見せたフダ氏を驚きの目で見つめると、「ふふふ」とフダ氏はまた、笑みを浮かべた。

打ち合わせでは、まず、我々の目的であるロヒンギャ難民の人たちにどうアプローチするかということを話した。フダ氏は、「キャンプに行けば多くの難民に会える。ジャーナリズムをよく知る現地のスタッフを雇おう」と提案。彼がロヒンギャの言葉をベンガル語に訳し、それをフダ氏が我々の為に英語に訳すという方法だ。時間はかかるが、話を正確にきくためには必要だ。

その上で、フダ氏には、「ミャンマー側からわたってきたばかりの難民に直接話をききたい」と伝えた。フダ氏は少し考えた後、「簡単ではないが、やってみましょう」という。多くのメディアが押し寄せたことでバングラデシュの国境警察が警戒し、国境付近の警備が厳しくなっているという。当局を刺激しないようにしながら国境付近に近づき、うまくそこに難民たちが来たら、という運にかけるしかない状況らしい。「まずは明日、キャンプで話を聴いてスタートしよう」と決めた。

(次回に続く)