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ロシアは本当に「帝国」から脱皮できるのか?

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
2020年12月18日、リモートで開催された独立国家共同体(CIS)諸国首脳会議の模様。クレムリンHPに掲載された動画より。

ベラルーシ危機は越年

昨年8月の大統領選挙をきっかけに、ベラルーシで発生した政治危機に関しては、当時我が国でも大きく報道されましたし、この連載でも数回取り上げました。その後、ベラルーシに関する報道量はかなり少なくなり、一般の関心も薄れているのではないかと思います。「ベラルーシは安定した」などとおっしゃる方もいます。

しかし、問題は何一つ解決しておらず、「安定した」というのは違うと思います。確かに、官憲の徹底的な弾圧を受け、夏から秋口にかけてのような数万人規模の反政府デモなどは、見られなくなりました。それでも、「我々はこの暴力支配を許さない」という決意は、引き続き多くの国民によって共有されています。A.エリセエフという専門家は、「ベラルーシにとって、2020年の最大の出来事は、多数派がルカシェンコを支持しているという神話が、最終的かつ不可逆的に崩壊したことだ」とコメントしており、まさにそのとおりでしょう。

暴力(ルカシェンコ体制)VS非暴力(市民)という構図なので、すぐに体制が崩れるということはありません。まだしばらく、ルカシェンコ側が実力を行使して、権力の座にしがみつくこと自体は、可能なのかもしれません。ただ、国民の多数派が現体制に拒絶反応を示し、国際的にも孤立する中で、ルカシェンコが正常な意味で国を統治することは、もはや困難です。遅かれ早かれ、限界が来るはずです。

それでは、一時期窮地に陥っていたルカシェンコに、救いの手を差し伸べたロシアのプーチン政権は、ベラルーシ問題をどうしようとしているのでしょうか? 大前提として、ロシアの息のかかった国で、民衆蜂起により既存の政治体制が転覆されるというシナリオ(クレムリンの世界観によればそこでは必ず欧米が糸を引いている)は、プーチン政権にとって許容できないものです。したがって、ルカシェンコが革命で倒れるという事態は阻止するというのが、プーチンの基本姿勢です。

しかし、ルカシェンコという人物については、ロシアもほとほと手を焼いています。昨年8月の大統領選直後こそ、完全にロシアに恭順するかのような姿勢を示していたルカシェンコでしたが、結局それは「死んだふり」にすぎませんでした。その後、態勢を立て直すと、ルカシェンコはロシアに課せられていた宿題をこなさないばかりか、再びロシアと一定の距離を置き多元外交に乗り出そうとしています。プーチンも、「やはりルカシェンコという男は煮ても焼いても食えない」と、改めて思い知っているところでしょう。クレムリンは、ルカシェンコに取って代わる別の親ロシア派の擁立を水面下で画策しているとも伝えられます。

プーチンがルカシェンコに求めていたのは、憲法改革および早期の大統領選挙を実施すること、国民との対話を進めること、それによって情勢を沈静化させることでした。しかし、実際にルカシェンコがやろうとしているのは、憲法を変えて、自らが大統領とは別の形で絶対権力者に留まり続けることです。こんなまやかしの政治改革は、反ルカシェンコ派の市民にとっては論外ですし、プーチンも納得はしないでしょう。

ベラルーシ情勢で次の節目となるのが、2月11~12日の開催が決まった「第6回全ベラルーシ国民大会」です。これはかつてのソ連共産党大会を思わせるような一大政治セレモニーであり、5年に一度、ルカシェンコの新たな大統領任期に合わせて開催されているもの。果たしてこの場でルカシェンコはどのような構想を示すのか、そしてベラルーシ国民とクレムリンがどのような反応を見せるのかが注目されます。

筆者が編集長を務める『ロシアNIS調査月報』の最新号

政情不安相次ぐ旧ソ連諸国

それにしても、2020年は旧ソ連諸国で大きな政治的事件が相次いだ年でした。ベラルーシの政治危機については、上で論じたとおりです。筆者は、軍事問題は門外漢なので、連載では取り上げませんでしたが、9月にはナゴルノ・カラバフで軍事衝突が勃発(11月9日に停戦協定)。10月5日の議会選挙をめぐってキルギスで発生した騒乱・政変については、「激動のキルギス情勢を読み解く3つの視点」で取り上げました。また、11月15日にモルドバ大統領選の決選投票が実施され、親欧米派のサンドゥが親ロシア派の現職ドドンに勝ちましたが、これについては「モルドバ大統領選で『鉄の女』が勝利 ロシアの頭痛の種がまたひとつ」で報告しています。

筆者は、所属団体の機関誌である『ロシアNIS調査月報』の編集長を務めています。貿易促進団体の雑誌ですので、普段は経済・産業・貿易などのレポートがメインなのですけれど、最新の2021年1月号では、「政情不安に揺れるNIS諸国」という特集を組んでいます(上掲の書影参照)。これだけ大きな政治的事件が続けば、当然各国の経済や投資環境にも影響してきますし、翻ってこの地域の盟主を自任するロシアの行く末にもかかわってくるので、これは正面から取り上げなければと判断して企画しました。

ロシアの論壇でも、2020年に相次いだ旧ソ連諸国の政治的事件を総括し、ロシアの対応のありようを考察した論考が、いくつか見られました。その中で、筆者が最も注目したのは、カーネギー国際平和財団モスクワ・センターのD.トレーニン所長が発表した「Moscow’s New Rules(モスクワの新たな諸原則)」と題するテキストです。この中でトレーニンは、ロシアは旧ソ連の近隣諸国へのアプローチを変え、「帝国」的なメンタリティを脱しつつあると論じています。

トレーニンは著名な政治学者であり、この論考も注目を集めているようですので、以下でその要旨をまとめてご紹介したいと思います。

トレーニン論考の要旨

ベラルーシ、ナゴルノ・カラバフ、キルギスと、同時多発的に発生した危機は、ロシアの近隣諸国へのアプローチが成熟しつつあることを示した。ロシアは自らの限界を意識し、ノスタルジアを断ち切り、素直に考えることができるようになっている。具体的な人物よりも問題を重視し、自国の利益に集中し、「帝国」からはますます遠のいている。

ロシアは、急激に変化する国際環境に、痛みを覚えながらも適応しているのである。8年ほど前、プーチンはロシアが主導する本格的な「ユーラシア連合」の構想を発表し、メドベージェフもロシアは旧ソ連空間に特別な利益を有すると表明した。ヒラリー・クリントン米国務長官は、看板をかけかえてソ連邦を再興しようとする試みには反対すると警告した。

しかし、歴史は逆転していたわけではない。確かに、2010年代初頭の時点では、ソ連という「帝国」は多くの人々の心に残っていた。しかし、それは現実的な未来像というよりは、多分に過去の記憶にすぎなかった。それからさらに10年が経って、ウクライナとベラルーシの出来事を経験し、ロシアは「ポスト・ポスト帝国期」に入り、かつての「帝国」としてのありようからはさらに一歩遠ざかった。ロシアは、「ただのロシア」であることに慣れ始めているのだ。

さらに言えば、ロシアはこれまで、イデオロギー的使命、地政学的考慮、民族的近親性や宗教的紐帯にもとづいた一方方向のコミットメントを重視し、自国の利益やニーズをしばしば犠牲にしてきた。ロシアは現下の孤立を、自国の利益を追い求めるために利用するようになっている。

ロシアは現在、我々にはいざという時に頼りになる本物の同盟国がないのだということを悟りつつある。ただ、それと同時に、自国を敵から守るために、同盟国は特に必要ないのだということも理解するようになった。確かに、東ヨーロッパではベラルーシ領が、ロシアとNATOの領域を隔ててくれてはいるが、ナポレオンやヒトラーの侵略を再現するような大規模な陸路侵攻のシナリオは、今日では遠い過去のものである。米国は手強い敵ではあるが、米露関係は核抑止によって基本的な安定が担保されている。

プーチンは当初、ロシアが主導する人口2億強の地政学的・経済的・軍事的ブロックとして「ユーラシア連合」を提唱したが、今日実際に存在する「ユーラシア経済連合」は、いくつかの旧ソ連諸国が、経済関係を調整する程度の存在に留まっている。ロシアには連合全体を扶養するつもりはないし、他の参加国にしてもロシアが主導する連合の超国家機関に自国の主権を譲り渡すつもりはないことが明らかになった。

今日、ロシアがとるようになっている旧ソ連の近隣諸国に対する政策には、以下に見るような原則がある。

第1に、「ロシア・ファースト」の姿勢である。ナゴルノ・カラバフの戦争でも、ロシアは自国に滞在するアルメニアおよびアゼルバイジャン系住民、アゼルバイジャンとの関係の重要性、トルコとの衝突回避などにかんがみ、名目上の同盟国であるアルメニアに援軍を出すことはせず、停戦後に平和維持部隊を派遣するに留めた。

第2に、ソ連邦はすでに存在しないという現実に立脚することである。ロシアにとっては、かつてのソ連構成諸国はすべて外国であり、同諸国との関係はもっぱら自国にとってのメリットにもとづいて判断される。

第3に、同盟国との関係にしても、特定の人物に依存する度合いが低まっていることである。これはすでに2005年と2010年のキルギスの政変、2018年のアルメニアの政変でも明らかになっていた傾向だが、2020年にもロシアはベラルーシのルカシェンコ、キルギスのジェエンベコフという特定の人物とは結び付いていないとの姿勢を示した。

第4に、ロシアが同盟国を支援するにしても、無制限ではなく、条件付きとすることである。実際、ナゴルノ・カラバフ紛争でも、公式的に負っている義務だけをこなし、それ以上のことはしなかった。ベラルーシ危機への対応でも同様である。近隣諸国がロシアの支援を得るためには、それに値する忠誠を示す必要があり、もしも近隣諸国が多元外交に乗り出したあかつきには、ロシアの対応はそれに見合ったものになる。

第5に、もはやロシアは、旧ソ連空間に外部勢力が参入してくることを阻止はできず、その現実と付き合っていかなければならないという点である。せいぜい、ロシアの中核的な利益への脅威を最小化することである。

これらの新たな原則は、急に浮上したわけではなく、クレムリンの野心が大幅な縮小を余儀なくされ、多くの計画が頓挫した、数十年にわたるプロセスの産物である。ロシアは、自らの限界を意識し、目的を自国の能力に合わせることを学びつつある。ロシアは決して自国に引きこもるわけではないし、他国に譲歩するわけでもないが、それでも近隣諸国に対するアプローチを変えつつある。「帝国」は、ますます遠い過去になっている。

ソ連崩壊から30年目の年に

以上が、トレーニンの「モスクワの新たな諸原則」の要旨でした。トレーニンの主張は括目すべきものであり、筆者も「なるほど」と思わされるところがありました。しかし、若干の留保をつけたい気がします。

まず、2020年に旧ソ連諸国で政情が不安定化した原因として、重要なものとしては、コロナ禍がありました。しかし、それだけではなく、ロシアが低成長化や石油価格の下落に直面し、地域全体を養う力が衰えたことも、背景にあったはずです。今後、もし仮に石油高などでロシアが国力を盛り返すことがあれば、モスクワが再び一定の求心力を発揮し、ロシア自身もまたぞろ周辺国の情勢により積極的に介入するようになるかもしれません。ロシアが長期的に脱「帝国」化していくにしても、一直線にではなく、時に反動を伴い、紆余曲折を経ながらということになるのではないでしょうか。

もう一つ、ロシアと近隣諸国の関係性には、当然のことながら、具体的な相手国によって濃淡があります。ロシアにとって、国境も接しておらず、住民がムスリム系のタジキスタンなどは、遠い存在です。ジョージアやアルメニアあたりは、同じキリスト教系といっても、ロシアの思い入れはそれほど強くないでしょう。それに対し、歴史・言語・宗教などの紐帯で結ばれた東スラブ系のウクライナおよびベラルーシは、そう簡単に未練を断ち切れる相手ではありません。

実際のところ、クレムリンの感覚では、ベラルーシ問題はほぼ「ロシアの国内問題」なのではないでしょうか。だからこそ、プーチンは欧米諸国に対して、「ベラルーシに介入することは許されない」と警告しました。プーチン政権は、ウクライナで手痛い後退を強いられただけに、ベラルーシだけは自国の勢力圏として死守しなければならないと考えているはずです。

ソ連邦が崩壊し、15の独立国に分裂したのは、1991年のことでした。本年2021年は、それから30年という節目の年となります。ロシアは本当に「帝国」から脱皮できるのか、今年はそれが試される年であり、とりわけベラルーシ問題が大きな試金石となります。