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激動のキルギス情勢を読み解く3つの視点

迷宮ロシアをさまよう
キルギス政府の建物前で開かれた集会に参加するサディル・ジャパロフ氏の支持者。プラカードには「サディル・ジャパロフを支持」と書かれている=2020年10月8日、ビシケク、ロイター

ユーラシアで相次ぐ大事件

旧ソ連のユーラシア諸国では、8月にベラルーシで発生した混乱がいまだに続いている上に、9月下旬にはアルメニアとアゼルバイジャンによるナゴルノカラバフ紛争の戦闘が再燃、さらにキルギスでは10月4日に投票が実施された議会選挙を機に政変が発生と、大事件が相次いでいます。10月11日投票のタジキスタン大統領選こそ無風かもしれませんが、11月1日投票のモルドバ大統領選は波乱含みであり、このエリアで大きな出来事はまだ続くかもしれません。筆者もそうですが、我が国の旧ソ連クラスタの皆さんは情勢を追うのに大忙しです。

そうした中で、中央アジアに位置するキルギスの政変は、ベラルーシとあまりにも対照的な展開を辿ったことから、注目を浴びました。選挙の不正に憤って野党・市民らが立ち上がったという点では、両国とも同じでした。しかし、キルギスではデモ隊が政府庁舎を占拠し、当局が議会選挙結果の無効を認めるとともに、内閣も交代するという事態にまで、一気に突き進みました。「ベラルーシでは10万人が2ヵ月かけてもできなかったことを、キルギスでは5,000人が一夜にしてやってのけた」などと言われています。

ここで改めて、キルギスの動きを整理してみましょう。10月4日投票の議会選では、比例代表制の選挙に16の党が名乗りを上げました。しかし、7%の足切りラインを超えて議席を得ることができたのは4党だけで、うち3党は現体制派でした。この結果は改竄されたものだとして、首都ビシケクを中心に抗議運動が発生。6日未明にはデモ隊が政府庁舎や議会議事堂に突入、また一部のグループは2019年夏に逮捕されてから収監されていたアタンバエフ前大統領を獄中から救い出しました。同日、中央選管は選挙結果を無効とすることを決定。9日には首都ビシケクに非常事態宣言と夜間外出禁止令が発令。同日、内閣が総辞職となり、翌10日には獄中から解放されたばかりのジャパロフ氏を首班とする新内閣が発足。一方、ジェエンベコフ大統領は近く辞任する意向とも伝えられます(以上、10月11日現在の状況)。

今後キーパーソンになっていきそうなジャパロフ氏は北部のイシククル州出身で、現在51歳。これといった資源や産業のないキルギスにおいて、イシククル州にあるクムトル金鉱は唯一のドル箱企業となっているわけですが、ジャパロフ氏はその経営のあり方や環境破壊を批判し、国有化すべきだというのを持論としています。

このように、キルギス政変の「スピード感」は際立っているわけですが、当然のことながら、「キルギス国民は優秀でベラルーシ国民は駄目だ」などという単純な話ではありません。キルギスでは過去15年で実に3度目とも4度目とも言われる「革命」であり、政変の敷居があまりに低いのです。今回の暴動でも政府庁舎があっさりと陥落しており、こうなるとむしろ、国家が国家の体を成しておらず、いわゆる「失敗国家」、「崩壊国家」の範疇に属すのではないかと考えてしまいます。

一方、ベラルーシではルカシェンコが周到に築き上げてきた権力構造と暴力装置があり、野党・市民がそれを実力で覆そうとするのはあまりに無謀です。ベラルーシでは、デモ隊が一線を越えれば、直ちに治安部隊による殺戮が始まり、さらにはロシアの武力介入を招く公算も大きいので、市民側は平和的な抗議行動に徹してきたわけです。

キルギス情勢はきわめて流動的です。近くやり直しの議会選挙があるはずですし、場合によっては大統領選挙も前倒しで実施されるかもしれません。ですので、今回のコラムではキルギスの政情に関し、目先の動きを追うのではなく、情勢を読み解く上で鍵となる3つの視点について解説してみたいと思います。

第1の視点:北部と南部の相克

キルギスという国では、地縁、経済的利害などで結び付いたいくつかの「閥(クラン)」が割拠し、それらが合従連衡することが、権力闘争の基本となっています。政党も、政策理念というよりも、閥の利益を代表するために存在しているようなところがあります。その意味では、2014年のユーロマイダン革命以前のウクライナで、地域に根差した財閥・オリガルヒが覇を競い合っていた状態に似ているかもしれません。ルカシェンコが一元的な権力体制を築き、また国内の地域差なども比較的小さいベラルーシとは、似ても似つかないのです。

そして、キルギスの閥力学は、突き詰めて言えば、北部と南部の対立に集約されます。上に簡略な地域地図を掲載しましたが、首都ビシケクを中心に、チュイ州、イシククル州、タラス州、ナルィン州が北部に分類されます。一方、南部の中心はオシ市であり、オシ州、ジャラルアバド州、バトケン州が南部に属しています。

以前この連載で、「ベラルーシの民主化を牽引する地域は? ウクライナとの比較考察」というコラムをお届けした際に、筆者はウクライナを単純に東西に分ける二元論は誤りであると論じました。そんな筆者が、キルギスを南北の二元論で解説するのは、矛盾しているような気がしないでもありません。もちろん、キルギスにしても、南北で綺麗に色分けされるというような単純な構図ではないでしょう。しかし、外国人がこの国を理解するために、まずは押さえておくべき基本点が、南北の相克の問題であることは間違いないはずです。

北部と南部では、歴史的な遺恨もなきにしもあらずで、文化・風習・方言などの違いもあります。北部が工業化されロシア語化されているのに対し、南部は農業を主体とした伝統的な土地柄だと言われます。したがって、北部の社会が個人主義的なのに対し、南部では人々の絆がより深いとされます。そして、普段はそれほど意識されていなくても、今回のような選挙、政変という緊張した局面になると、南北の対立構図がお決まりのように前面に出てくるようです。

キルギスの歴代大統領は、基本的に、南北いずれかの利益を代表していました。初代のアカエフ(在位1990-2005)は学者出身であり、最初は中立的な存在としてトップに押し上げられたものの、北部に依拠するようになり、最後は南部の諸閥を主力とする連合勢力によって倒されます。その跡を襲ったバキエフ(在位2005-2010)は、南部の代表でしたが、結局は北部を主力とする広範な連合勢力に倒されました。

その後、オトゥンバエワ(在位2010-2011)という短い中継ぎ的な大統領を挟んで、バキエフ打倒の先頭に立った北部のアタンバエフ(在位2011-2017)が大統領に就任しました。彼は6年の任期を務め上げたあと、当国では再選が禁止されているため、子飼いの南部人ジェエンベコフ(在位2017-)に大統領の座を禅譲しました。南北の融和を図りつつ、首相の権限を強化して、自らは首相に転身し、実質的に最高権力者に留まるつもりだったのです。ところが、鈍重な田舎者だと思われていたジェエンベコフは、大統領に就任するや意外な権謀術数の才能を見せ、アタンバエフの首相就任を阻んだだけでなく、同氏を汚職および職権濫用のかどで逮捕してしまったのです。

ジェエンベコフ大統領はその後、政権の要職に南部の同郷人を次々と起用し、北部人の不満を招いていました。そこへ持ってきて、今回の議会選挙では、現政権寄りの政党ばかりが大勝する露骨な結果が出て、北部を中心にジェエンベコフ体制への反発が爆発したのでしょう。その際に、首都ビシケクは北部なので、南部寄りの政権に反対するデモ参加者を動員しやすいという要因もあったようです。

キルギスにおける権力は、閥の利益のバランスの上に成り立っているため、特定の勢力が突出しすぎると、均衡を回復しようとする力が働き、それが南北対立という形になって表れます。10月4日の議会選に端を発するキルギスの政変は、いくつかの要因が複合的に作用したものでしたが、やはり南北対立の要因は今回も重要だったと思われます。

第2の視点:貧困と社会問題

上掲のグラフは以前も使用したものですが、今回の議論にもかかわってくるので、再録します。旧ソ連のユーラシア諸国では概して、所得水準が低い国ほど外国での出稼ぎ収入に依存する度合いが大きくなっています。その双璧がキルギスとタジキスタンであり、両国の出稼ぎ依存度は世界屈指の高さです。

上述のクムトルにおける金採掘を除くと、キルギスの経済活動で本格的に稼げるのは、中国から輸入した物資を他のロシア・ユーラシア諸国に転売するビジネスくらいです。国内に良い働き口が少ないので、多くの国民はロシア(一部はカザフスタンも)での出稼ぎ労働に従事することになります。キルギスの労働人口は250万人ほどですが、普段はその3分の1近くがロシアで働いていると言われています。

しかし、本年は新型コロナウイルスの蔓延で、ロシアで働いていたキルギス人の多くが帰国を余儀なくされました。国内で仕事は見付からず、人々が政府に雇用創出を求めても、政府としても打つ手はなし。一方、キルギスの医療は以前から問題を抱えており、コロナ禍にはまったく対処できませんでした。最新のデータでは、COVID-19感染確認数は約5万人、死亡者は約1,000人となっており、人口650万人の国なのに、日本とそれほど変わらない数字になっています。しかも、これらの数字は過少報告であるという疑いも指摘されています。

キルギスの政治評論家ノゴイバエワは、キルギス社会の矛盾が今回の暴動に繋がっていった経緯を、次のように論じています。「それでなくても錯綜したキルギスの経済、政治情勢が、コロナによってさらに深刻化した。汚職は限度を超えるようになった。教育、経済、文化など、あらゆる活動に大きな打撃が生じている。コロナがなければ社会はまだ我慢できたかもしれなかったが、コロナによって体制の様々な問題、たとえば医療問題などが露見した。ロックダウン後は、経済が抜き差しならない状態となった。非常事態があまりに長く続いている。人々はさらに貧しくなった。そうした中、選挙戦が始まると、豊富な資金力のある正体不明のオリガルヒ政党が跋扈した。キルギスでは選挙は常に汚かったが、今回は特にあからさまな買収、不正が横行した。ただ、パンデミックに際してのボランティア活動もあり、この間に青年の政治参加が活発化し、政党への参加もあった。事前の世論調査では、議席を獲得してもおかしくないリベラル政党がいくつかあった。ところが、蓋を開けてみると、露骨に買収をしていたオリガルヒ政党が上位に進出し、青年たちはショックを受けたのだ」

ロシアの政治評論家グラシチェンコフも、コロナ禍において、キルギス国民が「社会国家」を要請するようになったにもかかわらず、実際の政治のありようがその期待からかけ離れていることが、今回の大規模な抗議運動をもたらしたと指摘しています。

第3の視点:ロシアをはじめとする大国との関係は?

ウクライナやベラルーシは、ロシアと欧州連合(EU)の狭間に位置しているため、両国で政治変動が起きれば、国民の本来の思いとは別に、どうしても東西地政学の力学に巻き込まれてしまいます。それに対し、中央アジアのキルギスはEUとは地理的に隔絶しており、政治・文化的にも欧州とは趣が異なるので、キルギスとEUが戦略的に提携するというのは考えにくいことです。したがって、キルギス情勢に影響を及ぼす主要な外部勢力としては、まずロシアがあり、そして中国があり、さらにはアメリカもかかわってきます。

かつては、大国の利害の交錯が、キルギスの政権交代に影響したこともありました。2000年代の初頭、ロシアとアメリカが「テロとの戦い」で一致団結していた頃のことです。アフガニスタンのタリバンに対抗するため、プーチン大統領は地理的に近いキルギスに基地を置くことをアメリカに提案し、その結果2001年12月にビシケク近郊のマナス国際空港に併設して米空軍基地が設けられました。しかし、その後米ロは対立し、プーチンはキルギスのバキエフ大統領に、米軍基地閉鎖の圧力をかけます。バキエフは、いったんはそれに同意したものの、実際には基地は存続しました。そこでロシアは、キルギス内政に介入し反バキエフ陣営にテコ入れして、アタンバエフ大統領への政権交代を実現し、米軍基地はアタンバエフによって閉鎖されたのでした。

他方、近年では中国が一帯一路政策を引っ提げて中央アジアへの関与を強めており、キルギスでも中国への依存度が高まってきました。キルギスもスリランカのように中国の「債務の罠」にはまりつつあるとの指摘があり、「このままでは中国への債務を領土で支払うはめになるのではないか」といった不安説もささやかれているようです。ちなみに、2020年6月時点で、キルギスの政府対外債務残高の43.2%が中国輸出入銀行に対するものでした。

そうした中、興味深いのは、キルギスのある専門家が、「我が国はユーラシア経済連合に加盟しているので、状況はスリランカなどとは異なる」と力説していることです。ロシア主導のこの経済同盟については、以前のコラム「ユーラシア経済連合創設から5年 目指したEUには遠く及ばず」で解説したとおりで、経済統合の目覚ましい成果は見て取れません。ただ、貧しい小国キルギスにとっては、中国に飲み込まれないためにロシアの後ろ盾は死活的に重要であり、旗幟を鮮明にするためにもロシアの経済ブロックに加わっておくことは必須なのでしょう。

今回のキルギスの政変劇で、きわめて特徴的なのは、この国に小さからぬ利害関心を抱いているはずのロシアが、泰然と構えていることです。かつては米軍基地の問題でバキエフ排除に加担したロシアですが、今回の政変劇でいずれかの勢力に与することはなかったようです。その背景として、キルギスのロシアへの依存度はあまりに高く、どの勢力が政権に就こうと、必ずロシアとの友好関係を主軸とせざるをえないという確信が、ロシア側にはあるようです。実際、ジャパロフ新首相も就任後に、「ロシアはこれからもキルギスの主要な戦略的パートナーであり続ける」と明言しています。