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温暖化で沈む島国、知ってますか コロナでも「語り部」止めない<レビュー2020>

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キリバスの現状などについて中学生に語るケンタロ・オノさん=2020年11月17日、福島県郡山市、小玉重隆撮影

地球温暖化の危機を太平洋の島国キリバスの視点で訴えるケンタロ・オノさんを描いた「突破する力」(1月号)には「苦境でも行動する『心のよりどころ』を知りたい」(大阪府、18歳)といったリクエストが寄せられた。前回の取材から1年。コロナ禍で格闘するオノさんの今に迫った。

11月は仙台市の自宅で、米大統領選の開票速報を刻々と伝える米CNNテレビに釘付けだった。バイデン氏かトランプ氏か。それはオノさんの母国、赤道と日付変更線が交わる付近に位置する太平洋ミクロネシアの島国キリバスにとって「天国と地獄」ほどの意味を持つと感じたからだ。

33ある島のうち、首都タラワがある細長い本島は幅がほとんどの地点で500メートルに満たず、平均海抜も約2メートル。地球温暖化で海面が上昇し、高潮のたびに起きる陸地への浸水も年々深刻さを増し、2050年には島の面積の8割が水没するとの予測もある。

しかし、温暖化を否定するトランプ大統領は、各国が協調して排出を削減し、気候変動の影響を抑える資金や技術を途上国に供与する「パリ協定」から離脱。あと4年、この排出大国を率いることになれば「キリバスの未来はとどめを刺されかねない」。協定復帰を約束するバイデン氏の勝利にほっと胸をなで下ろす。菅義偉首相も「50年までに温室効果ガス排出実質ゼロ」を表明。歓迎する一方で、本気かどうか「注視していく」という。

キリバスの現状などについて中学生に語るケンタロ・オノさん=2020年11月17日、福島県郡山市、小玉重隆撮影

幼いころテレビで見た島の真っ青な空、海への憧れと未知の世界への好奇心から小野賢太郎がキリバスに単身留学したのは高校1年の時。卒業後もタコ、ロブスターの輸出や開発援助の仕事をしながら家族をもうけ、人口11万人の国の暮らしに溶け込んだ。永住を決意し国籍も変えたが、東日本大震災が起きた10年前、仙台に残してきた母と妹を案じ、ケンタロ・オノとして日本に戻ってきた。

日本では環境NGO「みやぎ・環境とくらし・ネットワーク」(MELON)の後押しで、キリバスの危機と環境を考えた生活様式や行動を訴える講演活動で全国を奔走。しかし、コロナ禍で20年2月以降、30ほどの講演が取り消された。

一時帰国もできない。医療態勢の乏しさゆえ、現地は感染が広がれば国そのものが崩壊しかねず、出入国を禁じる「鎖国」が続く。MELONのメンバーと18年11月に訪れ、再生可能エネルギーの普及・開発で人々と交流したのが最後。2年以上も母国を離れるのは初めてだ。

島の近況はネットや現地の家族、友人、知人を通して情報収集しているが、20年は雨期にもかかわらず、日照りが続いたという。「極端な気候が続くここ数年は浸水被害とともに干ばつも深刻。島の生活は気候変動にほんろうされている」と、現地で結婚した娘やまだ会えぬ孫がいる7000キロ先に思いをはせる。

人前で話ができない状況を打破しようと、20年の夏、ユーチューブに「ケンタロ・オノのキリバス物語」を開設。オノさんの語りで美しい自然や現地の暮らしぶりを紹介するとともに、島内が水浸しになるなど迫り来る温暖化危機の実態を発信している。

講演を細々と再開できたのは7月。当時、まだ感染者ゼロだった岩手の小学校に19年のうちに依頼されていた。校長から「最近上京していませんよね」「講演の際、壇上から絶対に下りないで」と念を押されたが、受け入れてもらえただけでありがたかった。

キリバスの現状などについて中学生に語るケンタロ・オノさん=2020年11月17日、福島県郡山市、小玉重隆撮影

新型コロナウイルスの第2波が去った20年秋ごろから講演活動は再び軌道に乗ってきた。11月には、これまで200回以上、延べ1万9000人に温暖化問題の啓発をした功績などでMELONとともに「気候変動アクション」環境大臣表彰を受けた。オノさんの話に触発され、児童が街頭に出て温暖化防止を訴えるビラを配った小学校もある。ただ、大きな共感のうねりが起きているわけではない。

それでも請われれば全国どこに行くのもためらわない。温暖化に加えてコロナ禍が世界覆い、未来が不確実な時代だからこそ「希望を失いたくない」と言う。

20年の暮れ、東日本大震災による原発事故で一時、全町民が避難した福島県楢葉町の中学校で話をした。オノさんは「生まれ育った場所を離れざるを得ないという、みんなが幼い時に起きたことを、キリバスの子たちにも経験させたい?」と問いかけた。うつむき加減で聞いていた生徒らの頭がすっと起き上がった。

「自分の話が心に響くのは1000人に1人であっても、その1人がまた、だれかに影響を及ぼし、ついには国や世界を動かし、キリバスが救われる。その希望がついえない限り、僕はいつまでも人々に訴えていく」(森治文)

シリーズ「レビュー2020」

#1ステイホームで深まる「孤独」 必要なのは逃げ場づくり(12月27日)

#2非接触の時代、「無人コンビニ」が集めた注目(12月28日)

#3対面に理由がいる時代 「会わなくていい」言われて寂しくないか(12月29日)

#4「世界の台所探検家」岡根谷実里が巣ごもりで生み出した新商品(12月30日)

#5温暖化で沈む島国、知ってますか コロナでも「語り部」止めない(12月31日)

朝日新聞の日曜版別刷りGLOBEでは、2020年(1月・225号~11月・235号)に手がけた巻頭特集と、「突破する力」の中から、「特に印象に残った三つ」を挙げてもらうアンケート(11月1日~12月5日)を実施しました。ネット、メール、はがきで受け付けた回答の上位3位までの集計結果は、次の通りです。記事で紹介した意見や質問も、このアンケートやその後の取材に寄せられたものの中から選んでいます。

<巻頭特集>
1位 みんなで決めるってむずかしい 民主主義のいま(10月号)
2位 ナショナリズム 私たちを映す鏡(4月号)
3位 コロナのいる日常(6月号)

<突破する力>
1位 小倉桂子(被爆者、平和のためのヒロシマ通訳者グループ代表・8月号)
2位 萩生田愛(「AFRIKA ROSE」代表取締役・7月号)
3位 ケンタロ・オノ(地球温暖化危機の語り部・1月号)