食材の類似性に驚き
最近は世界的な健康ブーム、日本食ブームのおかげで、エジプトにも寿司屋が幾つもあるほか、最低限の日本食材は手に入る。豆腐も沖縄のような硬い木綿豆腐だが、韓国料理店などでつくられている。魚も直接、地中海や紅海の市場に買い出しに行く労を惜しまなければ、生きのいいアオリイカやタイ、アジなどが味わえる。もちろん、私は家に持ち帰ってさばき、いずれも刺身で食す。
ただ、海外に住んでみて意外にも食材の類似性が多いことに気づく。日本の食卓を賑わす多くの野菜の原産地は、実は地中海沿岸地方やその周辺が多いのだ。野菜は、キュウリを筆頭に、ナスやトマト、ジャガイモ、キャベツなどが一年中店頭に並び、ソラマメやオクラも季節になると、店先に山積みされる。日本で結構値の張るソラマメも、他の野菜と同様キロ単位で売られている。最盛期には、1キロのソラマメが100円もしない。茹で上げた山のようなソラマメをつまみつつ、ビールを流し込む。こんな贅沢も海外ならでは。
もちろん入手しにくいものも少なくない。納豆やシジミ、ウニ、オキアミの塩辛を使ったような本格的なキムチなどだ。また、ピリッと辛い引き締まった風味を持つ日本ならではのネギや、小松菜や水菜などの葉もの野菜も恋しくなった。納豆に関しては、カイロの日本料理店の店主が手作りするのを分けてもらっていた。作り方を聞くと、アルミの容器に茹でた大豆を入れ、納豆菌を振りかけて新聞紙で包み、灼熱の太陽の下に置いておくのだとか。納豆菌が活発になる程よい温度になり、2日ぐらいで食べ頃になるという。その店主が亡くなられ、納豆が入手できなくなって困ったことを覚えている。
中東でも育った日本野菜
小松菜や水菜などの葉物野菜は現地でほぼ入手不可能だ。ルッコラやホウレンソウで代用するしかない。エルサレムに住んでいた時には一時期、自分で栽培していたことがある。イスラエルやパレスチナは温暖な乾燥した気候である。春から夏にかけては、まったくといっていいほど雨が降らない。その代わり、太陽の恵みがある。水さえあれば、野菜は黙っていても育つ。湿度がないから、日本のように害虫も大量発生しない。
一方、エルサレムの冬は日本に近い気候となる。1週間に少なくとも1回は雨が降る。種を蒔けば、日本の野菜が食べられるかもしれない−。こんな思いで、パレスチナの村に借りた部屋の大家さんの庭で、家庭菜園をやってみた。挑戦したのは、大根とカブ、春菊に小松菜、水菜、白菜、金時人参、ネギだった。
大根などの蒔きどきは9月の終わり頃。まだヨルダン川西岸は乾季の真っ只中だ。日本なら適度な雨が降る時季だが、現地ではまったく降らない。支局のあるエルサレムから車を飛ばして約30分、毎週1、2回は菜園のあるヨルダン川西岸の村タイベに通った。幸い、家主の老婆が水をやってくれるが、持ち主ほどの愛情はない。特に大根や白菜は、早めに蒔いたほうが育ちがいい。まだ乾季の終盤であり、種を蒔いた菜園の土はテラコッタのようにカチカチに乾いてしまう。家主のミリアムに、朝夕水を欠かさないよう念押ししたが、それでも、昼間には表面が乾き切ってしまう。
何度もくじけそうになったが、半分ぐらいの種は何とか芽吹いた。小松菜や春菊、カブは秋が深まってから種を蒔いたため、順調に生育した。 野菜は、紫外線から自らを守るためにビタミンCを生成するらしいが、中東の太陽は冬でもそれなりにきついため、緑の濃い野菜が採れた。肥料は、パレスチナの知人からもらった羊の糞や庭の落ち葉を畑に鋤きこんだ。途中、近くの民家が放し飼いにしていた孔雀が菜園に舞い降り、野菜を食い荒らした。
大根は、10センチ前後の太さに育ち、大根おろしやおでんの具にして楽しんだ。春菊も豊富な太陽を受けて大きく育った。白菜もまるまると育ち、鍋の具となった。しかし、カブは葉っぱだけが大きく育ったものの、本体は大きく育たず、筋っぽい。水菜も、その名の通り、大量の水を必要とするらしく、持ち味である瑞々しさに欠けた。ネギに至っては、土が合わなかったせいか、ひょろひょろと芽を出したのも束の間、消えてなくなった。
再現した漁師のピラフの味は
三重の山里に住む今は、逆に海外の野菜が恋しくて、スペインやイタリア、ギリシャ、エジプトやパレスチナなどで盛んに栽培される品種も育てている。庭の菜園から採ってきたばかりの野菜でつくる中東料理の味わいは、中東のそれと遜色はない。
新型コロナウイルスの感染拡大で海外に行きにくくなった今は、中東料理も恋しい。エジプトで味わった、あの醤油のような味わいのイカが入った炊き込みご飯は何だったのだろうか。動画サイトなどで現地の人たちのレシピを見ていて得心した。やっぱり、あの味わいは醤油だったのだ。魚料理の付け合わせに出てくる茶色のご飯はサヤディーヤと呼ばれる。深いアメ色に炒めた玉ねぎにクミンなどのスパイスで味付けするレシピもあるが、最近は茶色の濃い色合いと深い味わいを出すため、醤油を使うバージョンもあるようだ。
そのレシピ通りに再現すると、エジプトの紅海に浮かぶ釣り船で食べたサヤディーヤを思わせる味が蘇った。現地はもっと味が濃く、スパイスも効いていたようだが、バターやオリーブオイルと焦げた醤油の相性は抜群で、そこに玉ねぎの甘さが加わる。あの味わいはやっぱり醤油だったと確信した。エジプトでは、中国産の醤油が一般の商店で売っていることもあり、意外に一般家庭に広がりつつあるのかもしれない。エジプトと中国の人や物の交流が増えているほか、スシが受け入られていることとも関係があるのだろう。