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紛争と占領で消えるパレスチナの在来種 豊かな味覚と文化の復活に挑む

中東を丸かじり
山菜を摘むサンスールさん

失われた野菜や果樹に衝撃

「パレスチナの高齢者たちに話を聞くと、懐かしい野菜の美味しさや料理について語り出す。でも、そんな野菜や果物の多くがすでに存在しない。こんな事実を知った時、衝撃を受けた。何か行動に移さなければならないと思った」

ドキュメンタリー作家・カメラマンでもあるビビアン・サンスールさんは、パレスチナを取材で走り回っていた時、農業や食文化の危機を感じ取った。サンスールさんの活動の原動力となっている危機感は、ヨルダン川西岸の中心都市ラマッラの市場を見れば容易に分かる。夜明けとともにトラックで大量に運び込まれてくるのは、ヘブライ語が書かれた段ボールに詰め込まれたイスラエル産の野菜ばかりだ。

パレスチナの市場に並ぶ野菜

パレスチナは、イスラエルによる占領という問題も抱え、経済的に厳しい状況が続いている。そのため、庶民が優先するのは何よりも価格だ。一方、大規模な農業関係企業、アグリビジネスは安価に大量に種を販売し、画一化の流れを後押しする。パレスチナで生産されている野菜はイスラエル産より割高で競争力がないため、農家はイスラエルや米国から輸入された大量生産に適した種子を使う。この結果、パレスチナの在来種は、どんどん姿を消してきた。

失われたスイカ復活も

サンスールさんは2014年、パレスチナの伝統野菜や果物の普及に努める「パレスチナ在来種子ライブラリー」を創設。各地を走り回り、農家がわずかに育て続けている伝統品種や、種苗店の机の中に眠ったままとなった種を探し出す活動を始めた。それを農家に配布し、受け継がれてきた味を復活させるのだ。

種苗店で売られていたパレスチナの在来種

サンスールさんが今、力を入れているのがアブサムラという小麦の在来種だ。収量はアグリビジネスが販売する種子に比べて劣るが、天水のみでの栽培が可能で味わいも上回る。少し黄色いのが特長だ。

一旦は失われてしまったスイカの品種が復活するという成果も上げた。サンスールさんは、ヨルダン川西岸ジェニンの周辺で栽培されてきたスイカの大きさや、スイカ畑の真っ只中で出産した女性たちの話などを伝え聞いてきた。だが、どこを探しても、そのスイカはもう存在せず、栽培もされていなかった。ところが、ヨルダン川西岸ベツレヘム近くの種苗店で雑談していた際、工具などが乱雑に入った机の引き出しの中に、そのスイカの種があるのを発見。初めてこの「幻のスイカ」の話を聞いてから6年後の2016年のことだった。何年も机の引き出しの中で眠っていた種だったが、蒔いてみたところ発芽。今では何軒かの農家が育てる形で復活を遂げた。

一度は消えたスイカの種を見つけた机の引き出し

世界遺産の地でも目立つ耕作放棄地

サンスールさんは、かつて栽培されていた品種を増やすだけではなく、農業という文化やそれに伴う風景も復活させたいと願う。2014年にユネスコの世界遺産に登録された「バティール村」は、段々畑が広がり、農家が貴重な湧水を分け合う水利システムが古来から受け継がれてきた。だが、耕作放棄されてしまった農地も少なくなく、段々畑の石垣が崩落している箇所も目立つなど、その姿を維持するのが難しくなっている。

そんなバティールの豊かな風景を復活させようと、サンスールさんらは、栽培されなくなった在来品種のリンゴやアンズ、スモモなどの果樹をバティールの畑に計1000本以上も植えつけた。というのも、パレスチナは食文化の変化以外に、別の問題にも直面しているためだ。

ヨルダン川西岸のバティール村

イスラエルによるヨルダン川西岸の占領政策により、パレスチナの人々はイスラエルによる制限が厳しい農村地域から都市部に移住している。そのため、ベツレヘムの近郊に広がってきたブドウ畑などはどんどん潰され、マンションが林立する風景に変貌している。サンスールさんは、「パレスチナの地で先祖代々受け継がれてきた人々の記憶というものが、いろいろな意味で失われようとしている。それは近代文明と占領によって同時進行的に行われている」と話す。そして、「こうした土地をまとめて購入して何千年も続いてきた風景を維持していきたいという夢がある」と語っていた。

耕作放棄されたバティール村の段々畑

緑広がる豊かな未来を

サンスールさんにはもう一つ、活動の柱がある。町や村に食材や調理器具を自動車に積んで乗り込み、若者たちに在来種を使ったパレスチナの伝統的な料理を味わってもらう「移動式キッチン」だ。せっかく在来種を育てても食べてもらえなければ、農家による継続的な栽培にはつながらない。

「食べ物で重要なのは匂いであり、味の記憶だ。 種子というのは、どこかに陳列しておいたり、保存しておいたりするものではない。システムとして農家の人たちが使ってこそ、受け継がれていく」「緑が広がり、人々が自然や古来からの文化的な遺産とつながっている豊かで希望ある未来を若者たちに残したい」と訴える。パレスチナを再訪すれば、古来から受け継がれてきた豊かな味わいに出会えるかもしれない。

だが、新型コロナウイルスの感染拡大で、筆者は今、パレスチナへの再訪は叶わない。移住した三重の山奥に「籠城」し、農作物を育てる毎日だ。やはり栽培するのは、日本や世界の伝統野菜や果物だ。新型コロナウイルスの影響で、自分で野菜を育ている人も増えており、ホームセンターや種苗店は大賑わい。畑でも西洋の在来種、バターフレイ・ホウレンソウがたくさんできた。これでパレスチナの家庭でもご馳走になって印象深い中東のホウレンソウ・パイであるファターエルを作ってみた。