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パレスチナの大富豪をアポなし訪問 セレブが集うパーティで食べた料理とは

中東を丸かじり
中東の鶏肉料理「ムサッハン」

古今東西、人と人の関係で物事が動くことが多い人間社会だが、中東世界はそうした色合いが特に濃い。日本では、トヨタの豊田章男氏やソフトバンクの孫正義氏、ユニクロの柳井正氏ら財界重鎮の資産家を突然訪ねるなんてことは聞いたことがない。ところが、こんなことがあり得てしまうのが中東世界だ。

パレスチナ滞在中、友人から「ムニーブ・マスリ氏の邸宅に所用があるから一緒に来ないか」と誘われた。マスリ氏は「パレスチナのロスチャイルド、ゴッドファーザー」との異名を取るパレスチナ随一の大富豪。こんな人にアポなし訪問は、ちょっとまずいんじゃないのと頭をよぎったものの、貴重な機会をみすみす逃すのは惜しい。友人に同行して大富豪の「宮殿」を突然訪ねてみた。

セレブなパーティーに招待される

80代のマスリ氏は今も、石油や金融、通信、投資関連のグループ会社を率いており、毎週土曜日には、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ナブルスを見下ろす山の頂き付近に建つ邸宅の会議室にブレーンを集め、ネット回線で世界各地の幹部を結んで経営会議を開いている。友人が運転する自動車は、ナブルスの街並みを見下ろすゲリジム山の急な坂道を登り切ると、マスリ氏の邸宅に入る鉄の扉の前で通行を阻まれた。友人が携帯で側近に連絡を取り、ゴロゴロと音を立てて重厚な扉が動き始めた。

マスリ氏の「宮殿」

門から100メートルぐらい進むとナブルスの街を見下ろす建物があり、入り口ですらりとしたマスリ氏が出迎えてくれた。友人が「日本から来た友人のジャーナリストでシェフを連れてきた」と紹介すると、違和感も示さずに受け入れてくれた。訪れた際にはまだ会議の最中で、友人と共に脇で様子を見守っていた。氏は世界各地の幹部に意見を求めたり、アドバイスを送ったりして、今もグループの経営に深く関与しているようだった。

邸宅前を散策するムニーブ・マスリ氏

その日は、邸宅を案内してもらうなどして約3時間滞在。改めてじっくりと話を聞くため、後日に会う約束をして場を後にした。数日してマスリ氏の側近から携帯に電話があり、「邸宅でパーティーがあるから来ないか」と誘われた。二つ返事で応じ、ひょんなことからパレスチナのセレブな集まりに参加することに。

故アラファト自治政府議長との親交の厚かったマスリ氏は、何度か首相就任を要請されたこともある。政治活動には直接的に関わることはほぼなかったものの、毎月、こうしたパーティーを開催してパレスチナの政財界の要人を集め、和平に向けた動きを影で後押ししている。参加した日には、自治政府の閣僚やナザレ市長、テレビのキャスター、着飾った有名女優ら100人近くが顔を揃えていた。パレスチナでは、自治政府主流派のファタハとイスラム組織ハマスが分裂し、政治が停滞する事態が長期化。パーティーには双方の関係者も出席しており、和解に向けた動きが模索されるなど政治を影で動かす重要な場になっているようだった。

マスリ氏の邸宅内の庭園

成功の秘訣は「情熱と勤勉、少しの幸運」

マスリ氏はその日、参加者をもてなすのに忙しく、ゆっくりと話をうかがう時間がなかった。改めて宮殿を案内してもらいながら話を聞くことにした。パレスチナ経済の3分の1を牛耳るとも評される大富豪のマスリ氏は、海外で石油やガスの取引や利権で巨万の富を築き上げ、「ベイトルパレスティーン」(パレスチナの家)という巨大な邸宅を2000年に完成させており、建物やその庭園も必見の価値があった。

1500年代のイタリアの建築家アンドレーア・パッラーディオのデザインに基づいた壮大な建築。氏が45年間かけてオークションなどで集めた建築部材や財宝、芸術品をコンテナ約120個に保管し、それらが詰め込まれた建物は美術館のよう。巨大な庭にはオリーブの木が約1万本、レモンの木や野菜が栽培されて「エデンの園」のような平和な時間が流れる。

アラファト議長やアッバス議長と収まった写真を指差すマスリ氏

邸宅内には、ピカソやラファエロ、モディリアーニといった世界的な芸術家の絵画やオスマン帝国のスルタンが使っていたとされる椅子など中東の歴史的な遺品や絨毯も。大富豪は、こうした品々を一人で楽しんでいるわけではない。邸宅では、有力者を招待してパーティーがしばしば開かれ、パレスチナ和平が訪れた際には、挙式の場としても門戸を開きたいという。今は、100年、200年後を見据えた将来のための教育や発展のための基金を設置し、私財のさらなる有効活用策を探っている。成功の秘訣を聞いたところ、「情熱と勤勉、それにちょっとした幸運だよ」と、筆者の肩を叩いてくれた。

1億円ぐらい投資してもらいたいと思ったが、マスリ氏をうならせるようなプロジェクトのアイデアもなく、マスリ氏とは取り留めもない話をしただけだった。ただ、こんな形で中東での人間関係は築かれる。日本と中東の架け橋となるようなアイデアが浮かんだら、マスリ氏に連絡を取ろう。

レバノン大惨事の背景にも

中東では、こうした金銭を抜きにした人間関係で物事が進む部分もあるが、それが悪い方向に転がると、情実人事や政治腐敗、遵法精神の欠如といった社会悪として表面化する。衝撃的な映像が世界に伝えられたレバノンの首都ベイルートでの大爆発も、無関係とはいえない。

レバノンは、内戦(1975〜90年)後、宗派に基づいて政治権力が配分され、政治が運営されてきた。その結果、宗派やその中の有力一族が権力の甘い汁を吸い、国益や民衆の利害は置き去りにされてきた。こんな政治事情が背景となって、化学肥料にも爆発物にもなる危険物質約2750トンが放置されるという前代未聞の不祥事が起きたのだ。人間関係が悪い形で政治に影響を与えてしまったのがレバノンの例と言えよう。

パーティーで供された名物料理ムサッハン

マスリ氏のパーティーで供された食事は、ナブルスの名物料理であるムサッハンとチーズを使った中東の温かいチーズケーキとも言えるクナーフェ。ムサッハンは、深紅色の中東のスパイス、スマックをたっぷりと使い、鶏肉が載ったピザのようなオーブン料理。スマックは、ひよこ豆をすり潰して丸めて揚げる中東の有名な「ファラフェル」をサンドイッチの具にする時に隠し味として使うほか、サラダにも振りかけられる。レバノン料理でも多用されるレモンのような酸味と色合いが印象的なスパイス。ムサッハンでは、骨つきの鳥モモ肉や玉ねぎにたっぷりとまぶされる。

スマックは、味や色合いともに日本の食卓でおなじみのゆかりのような印象がある。ウルシ科ヌルデ属の低木の果実を乾燥させてすり潰して利用される。ウルシオールという成分が皮膚のかぶれの原因となるウルシ科ウルシ属の漆とは別属であり、かぶれないとされる。だが、果物のマンゴーは、ウルシ科マンゴー属と漆とは別属だが、マンゴーにかぶりつくと、筆者も含めて唇がかぶれるという人がいるので油断ならない。スマックは、抗酸化作用が強く、ポリフェノールが多く含まれるスーパーフード。日本でも少しづつ知名度が上がってきているらしい。

スマックはネット通販でも利用しない限り、日本ではなかなか入手できない。梅雨明けとともに、強烈な太陽が照りつけ、梅干しの土用干し日和が続く。梅干しを色付けする赤紫蘇も中東のような強烈な太陽に焼かれて、カリカリになった。そんな様子を見ていたら、スマックのことをふと思い出した。マスリ氏のパーティーで食べたムサッハンの味わいを思い浮かべながら、ゆかりをスマックの代わりにムサッハンをつくってみた。

 

中東の鶏肉料理「ムサッハン」の作り方