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小池氏もカイロ大で学んだアラビア語 会話で教育レベルがわかるのはなぜ?

中東を丸かじり
カイロの軽食屋で食べたコシャリ

現地人も話せない人が多数存在

学歴を詐称したのではないかとの疑惑では、カイロ大が「小池氏が卒業したことを証明する」との声明を出した。汚職や不正がはびこるエジプトでもあり、声明の真偽を疑う声もやまない。なら、小池氏のアラビア語のレベルはどうだろうか。動画が公開されている中東要人との会話では、それなりに話せているけど、エジプト最高学府の文学部で真剣に学んだ水準かと言われれば、そこまでではないというのが筆者の感想だ。

小池氏が記者会見で英語を話すのも聞いたことがあるが、英語の能力は素晴らしいだけに、アラビア語能力は随分と低く見えてしまう。ただ、英語圏の大学や大学院に留学しても、努力なしに流暢に英語を話せるようにはならないのと同じであり、アラビア語が十分に話せないことで「カイロ大卒の学歴は詐称」との証明にはならない。

高層ビルと雑居ビルが混在するカイロ市内

アラビア語には、日本語に標準語と方言があるように、標準語に相当するフスハーという正則アラビア語と、それぞれの国や地域、地方での日常生活で話されているアンミーヤ(現代口語)がある。ただ、フスハーは、6世紀に編纂されたイスラム教の聖典クルアーンで使われている、日本語で言えば、古文のような文体や響き。記者会見や政府高官の発表、宗教関係、メディア、大学の授業などでフスハーが用いられ、日常生活で話す人はほとんどいない。アラビア語を学習した外国人が街中でフスハーを話すと、「〜で候」と古文を話しているようなもので、違和感を持たれたり、茶化されたりする。

フスハーは教育レベルを判断する尺度になり、十分な教育を受けていない人はアラビア語圏に暮らす現地の人たちでもフスハーを話せず、アンミーヤだけを使う場合も多い。イスラム過激派の指導者ら、ある人物の教育レベルや宗教的知識を判断するためには、話すアラビア語を聞くことで可能。小池氏のアラビア語も、カイロ大で4年間、真剣に学んでいなかったのではないかという疑惑を補強する材料にするメディアが存在するのはこのためだ。残されている映像の中で、小池氏は努めてフスハーを話そうとしているものの、エジプト方言のアンミーヤが混じってしまっている。

エジプトのフルーツを売る露天商

日常生活では習得できず

アラビア語習得の難しさは、文字の難解さや発音、複雑な文法といった要素以外にも、フスハーとアンミーヤが別の言語といってもいいぐらい乖離していることが大きい。アンミーヤは、例えばサウジアラビアやエジプト、モロッコなどの北アフリカでそれぞれ話されているものには大きな差異があり、相互に意思疎通する場合にはフスハーが必要となる。ただ、エジプトのアンミーヤの場合、エジプトが映画やテレビドラマの発信拠点という位置付けから、アラブ圏で理解する人は多い。

積極的に街に出て会話することで習得できる英語とは違い、アラビア語は一般的な会話ではアンミーヤを使うので、フスハーを日常生活を通じて身につけるのは難しい。その習得には、家庭教師に付いたり、フスハーの教科書をじっくり読んだりする地道な努力が欠かせない。エジプト留学時の小池氏を知る人は「活発な人で楽しい留学生活を送ったようだ」と話しており、自宅や図書館に籠もって勉強したタイプではなさそうだ。

ナイル川沿いで開かれた夕食会

かくいう筆者も、パレスチナで最初にアンミーヤを学び、その後、エジプトに暮らしてフスハーを勉強したため、パレスチナ方言とフスハーが混じった「変なアラビア語」を話す外国人の一人だ。それでも、フスハーはアラビア語圏ならどこに行っても通じる。中国では、イスラム教徒がいる新疆ウイグル自治区のモスクで会った中国人聖職者(エジプト・アズハル大卒)と、イギリスではイスラム教徒の移民とアラビア語で話すことができ、情報の入手や交友関係の構築に大いに役立った。駐在以来13年ぶりに再訪したパレスチナでは、元武装勢力幹部と旧交を温めた。

アラビア語は、右から左に書く文字が合体して文字が変化するため、読解も難しい。また、発音も咽の奥を鳴らす独特の発声法があり、現地で長年暮らしているだけでは、なかなか話せるようにはならない。筆者も、10年近いエルサレムとカイロの駐在生活を終えてもアラビア語のレベルはまったく上がらず、本格的に留学しなければ、アラビア語の習得は無理だとの考えに至ったのを思い出す。

カイロの下町でスイカを運ぶ男性

体力勝負のアラビア語学習にはコシャリ

運転手にメイドがいた駐在時代の生活から、退職して体一つで灼熱のエジプトにアラビア語習得のために再訪した時の孤独感は忘れられない。会社から保証された快適な生活はもはや存在せず、難解なアラビア語を習得できるかどうかも分からないという不安も強かった。前述したように、アラビア語のフスハーは日常生活では習得しにくいため、時間をかけて大学に通うという選択肢もあるが、家庭教師に付いて勉強するのが手っ取り早い。カイロ市内の語学学校に通い、毎日3〜6時間もアラビア語と格闘する日々が続いた。そこでは、日本の外務省から派遣された、将来のアラビア語エキスパートを目指す若い研修生たちも、アラビア語の習得に励んでいた。

アラビア語の教師は、大学の文学部でしっかりとフスハーを学んだ人か、フスハーで書かれたクルアーンを学ぶなど宗教的背景を持った人が一般的。筆者のエジプト生活での最初のアラビア語の家庭教師は、カイロ大卒のイスラム組織ムスリム同胞団のメンバーだった。同胞団は、民主化要求運動「アラブの春」でムバラク政権が崩壊した後、一時的に政権の座に就いたが、軍部のクーデターでその座を追われて同胞団は「テロ組織」に指定されるという波乱の動きに見舞われた。家庭教師だった男性も、同胞団のスポークスマンとして活躍したものの、同胞団の失脚後は、メンバー大量逮捕の中で連絡が取れなくなり、その安否は杳として知れない。

日没近くのナイル川

アラビア語の慣れない口の動きや発声を酷暑のエジプトで学ぶのは、結構な体力がいる。そんな生活の中で、よく昼食に食べた料理の一つがエジプトB級グルメの代表格であるコシャリだ。コシャリ屋の席に座ると、1分もたたずに運ばれてくるので、アラビア語学習のための時間の節約にもなる。まるで炭水化物の塊であり、腹持ちがいい。炊いたご飯にマカロニや太さの異なるパスタ、レンズ豆やひよこ豆を混ぜ、トマトを使ったサルサソースをかけた軽食だ。サラダ油を多く使ったコシャリは、ニンニクとお酢を混ぜた調味料やレモン汁をかけ、こってりさを和らげる。アラビア語を学んだ小池氏も、このコシャリを何度も味わったことだろう。

コシャリの作り方