テレビに出演するセレブなシェフという存在は、そろそろ終わりなのだろうか。少なくとも日本以外の世界ではそうなってきたと考え始めている。
イギリスのキング・オブ・テレビシェフ、ジェイミー・オリバーにとってはひどい1年で、最近の経営難から自身のレストラン22店を閉めることになった。
1000人ほどの従業員が職を失った悲劇とは別に、このエセックス生まれのスターは、イギリスだけでなく日本を含め世界中で(フランスでさえも人気者だった)、食や家庭料理に対する人々の考え方を一変させてきた。これはどこからどう見てもいいことだ。だからオリバーにはこれからも、生の食材を使って自宅で料理をしたくなるような、早くて簡単でよくできたレシピをもたらしてほしい。電子レンジから出したてのプラスチック容器から取り出したものではなく。
ところで、彼のテレビシェフ仲間たちはどうしているのだろう? セレブシェフの時代はもう終わりだとしたら?
元祖テレビシェフといえば、1940年代に初めてBBCに登場したイギリス空軍の料理人、フィリップ・ハーベンだった。アメリカでは1946年にデビューしたジェームズ・ビアード。映画「ジュリー&ジュリア」でメリル・ストリープが演じたことでも知られる伝説の料理家、ジュリア・チャイルドがそれに続いた。全員料理ができるが、21世紀のテレビシェフにとって、もはやそれは必須要件ではない。最近では芸能活動をかじっている人なら誰だって、ムンバイで数日間カメラをまわしでもすればインド料理がなんたるかを自信満々に語るだろう。
それから、オランデーズソースとベアルネーズソースの区別がつかないインスタグラムのインフルエンサー。あるいは、ひとたび移動販売の豚まんを食べれば、今度はその作り方を見せたくてしかたなくなるコメディアン……。すべて最近のテレビで見かけた光景だ。
■食の本当の美しさに開眼
一般の人に向けて毎日の料理を教えるというテレビ番組の考え方は消滅した。日本だけは、まだみられるが、それでも、もっと「クレージー」な類いの日本食番組の方が多くなっている。
ただ、未来への望みもある。私は最近、スカンディナビアの食のトレンドをテーマにラジオ番組を作っている。この地域が発するメッセージは、人と食との関係をより広い世界で発展させていく次の段階が「ソーシャル・ガストロノミー」になるということだ。食や農業、料理を使い、社会・環境課題で先進的な取り組みをしていく。経済的に苦労している人たちが住む地域で共同キッチンをつくり、質が高く健康的で安価な食事を提供する。難民が、自分たちの国や地域の料理を通してコミュニティーに溶け込めるように取り組む。環境に配慮した持続可能な料理への取り組み方を教えるワークショップを開催する。スウェーデン南部マルメで昨年、シリア難民に地域の一員だと感じてもらえるよう支援するために創設された「国際ファラフェルアワード」には特に驚かされた。
世界中のシェフが、コミュニティーに関わり始めている。本の出版やテレビ出演を確実にする名声や露出のためではない。食の本当の美しさや食べることの喜びは、勇ましい料理コンテストや料理の鉄人による細かいこだわり、大御所シェフを時代遅れとする批判で表現できるものではないと分かったからだ。人々を一つにし、異なるコミュニティーを結びあわせ、愛を育み、そして、もっと単純に言えば、愛を共有する食の力にこそあると。
もちろん、こうした動きをテレビ局が聞きつけ、若くて野心あふれるソーシャルメディアのインフルエンサーが番組の顔となるのも時間の問題だろうが、それはまったくの的外れだ。
ソーシャル・ガストロノミーは、スーパースターも、上から目線の説法も必要としない。関わり合いたい人、世界を変えたい人、そして食べたい人すべてのためにあるのだ。(訳・菴原みなと)