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「食文化を変えたい」 活気あふれる国でチャンスねらう

アジアで働く
カフェレストランでは提供する料理をスタッフに理解してもらい、接客に生かしてもらっているという=9月、ビエンチャン、染田屋竜太撮影
カフェレストランでは提供する料理をスタッフに理解してもらい、接客に生かしてもらっているという=9月、ビエンチャン、染田屋竜太撮影

「この国で日本食を広めたい」。2年前、初めて足を踏み入れたラオスで体を揺さぶられるような思いを感じた。当時住んでいたアメリカからすぐに移り、仕事を探し回った。今、首都・ビエンチャンでカフェレストランの筆頭シェフとして腕を振るう一方で、日本から仕入れた食材をホテルやレストランに卸す仕事をしている。

18歳の時に、日本の調理師学校に入った。まだ、食を仕事にする決心はついていなかった。19歳の時、アメリカで3カ月のバックパッカーをしたのは、好きだったハリウッド映画が生まれた国を見てみたい、という単純な気持ちだった。

アルバイトをしたシアトルの日本料理店で「ジュン、これからは日本食だぞ」と言われた。まだラーメンブームが訪れていないアメリカだったが、着実に日本料理店が増えていた。数年前までは日本食なんて知らなかった人たちが、「もっとおいしいすしを食べたい」と高い水準を求める、「食って面白いな」と思えた。

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市川順一朗さんが腕を振るう料理には、ラオス人のファンも多い=9月、ビエンチャン、染田屋竜太撮影

調理師学校を卒業し、24歳で今度はニュージーランドへ。アメリカで見た、日本食のパワーをまた、海外で見てみたいという思いだった。当時、ニュージーランドはまさに日本食ブーム。日本食を提供する店が繁殖するようにあっという間に広がっていった。「日本食が社会を変えていっている」。そんな瞬間を目の当たりにして、こみ上げてくるわくわく感をおさえられなかった。

その頃から、目の前にいる客に料理を提供するだけではなく、ビジネスとしてもっと多くの人にインパクトを与える「フードビジネス」に興味を持つようになった。「料理の腕は才能で限界もある。でも、ビジネスなら見たこともない人たち、予想もできない数の人に影響を与えることができる」

アメリカに移ってからもレストランの企画などに積極的に関わるようになった。豪華客船で提供する日本料理のアドバイスもした。

そして、2016年6月、日本食のキャンペーンで訪れたラオスと、「運命の出会い」を果たす。

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カフェレストランの店内には、スプーンが飾り付けられ、おしゃれな雰囲気が漂う=9月、ビエンチャン、染田屋竜太撮影

700万人に満たない人口に日本の大企業は進出を躊躇していたが、食のフィールドなら規模が小さくても十分勝負できる。さらに最近は、賃金上昇が続く隣国タイが、生産拠点を周辺国に移す「タイプラスワン」も進めている。ラオスの人口の半分以上が20歳以下。若者のほとんどはタイのテレビ番組を見る。そこでは日本のサブカルチャーやお好み焼き、たこ焼きといった手軽な食べ物も紹介され、少しずつ日本食への関心が高まっている。

経済に勢いもある。ラオス政府は、2020年までに、国連が決める「後発開発途上国」から脱却するため、経済活性化策を次々と打ち出している。「ここしかない」

まずは、地道に歩を進める。日本食を知ってもらおうと、すでに日本食があふれているタイから良質な日本の食材や、しょうゆやみりんなどの調味料を仕入れている。カフェレストランでは、「焼肉丼 温泉卵のせ」(55,000キープ=約730円)やカツ丼(58,000キープ)などの料理を提供。日本の味のファンになってもらう作戦だ。

ビエンチャンで人気の日本人経営のバーなど、日本テイストが入った店がはやれば、日本食自体に目が向き始めるはずだ。確かに、最近はすしを売る屋台も増え、「日本食」をメニューに連ねるレストランもちらほらし始めた。

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ビエンチャンにある日本人経営のバーに牛肉を持っていった市川順一朗さん。会話の中から様々な情報収集をしているという=9月、染田屋竜太撮影

でも、「目指すのはそこじゃない」という。アメリカやニュージーランドの人たちが「本物」の日本食を求めたように、「日本っぽい」ではなく、「本当の日本食」を広めるのが目標だ。日本人が取り仕切るレストランやバーと連携する大事さが、ここにある。一方で、ラオスの財閥系の会社と信頼関係をつくり、ラオス市場の情報を常に仕入れている。

ラオスにはこれまで、日本政府の開発支援はたくさん入ってきた。でも、それがラオスの人々の生活にしみこんでいるかというと、疑問符がつく。ある日本政府系の農業プロジェクトで、開始から1年たっても作物が決まらないという話をきいた。「開発ありきではなく、ラオスの人たちに何を食べてもらいたいか、彼らが何を食べたいかを優先させないと」

確かに政府が絡めば規模は大きくなるが、そこに任せていたら機を逃してしまう。「ふりかけを広める」「乾燥食品を知ってもらう」「ラオスの川ノリを活用できないか」「イチゴを使ったエコツーリズムは」……。最近は、日本の食品関係者と小さなプロジェクトを話し合っている。

もちろん、課題も山積みだ。「何よりも大切なのは人材育成」。ラオス人に仕事の質を高く保ってもらうためには、根気強く何度も説明し、わかってもらう。プライドの高い面もあるため、注意する際には極力気を遣う。給料のために働くのではなく、客を喜ばせる意味も知ってほしい。「トライして失敗して……。地元の人とつき合うのは言うほど簡単ではない」と苦笑いする。でも、「ラオスの人と一緒にビジネスを進めるからこそ、意味がある」

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カフェレストランのメニューはデザインにもこだわった。「料理の質を想像できるような、おしゃれでおいしそうなものにしたかった」という=9月、ビエンチャン、染田屋竜太撮影

取材中、何度も「ビジネスチャンス」という言葉が口から飛び出す。ただ、乾いた「金優先」の響きはない。「ビジネスってお金をもうけることだけではない。そこから文化が生まれると信じているんです」。オセロがぱたぱたとひっくり返っていくように日本料理店が増える、ニュージーランドの光景が忘れられない。

「料理人としては1番になれなくても、フードビジネスの世界で、国の文化を変えることなら可能性はあると思う」と力を込める。まだまだ目標には時間も努力も必要だが、少しずつ近づいている感覚はある。「国も人もビジネスも動いているこの国で働くことが、とにかく楽しい」