世界遺産の街、朝は僧侶の托鉢で始まる
ルアンプラバンはラオスで最も信仰心の篤い古都として知られる。
朝3時45分。空は真っ暗闇で静まりかえる。寺院の太鼓が「ドーンドーン」。鐘が「カーンカーン」と鳴り響く。静寂と暗闇を切り開いて朝を告げる。僧侶の起床の時間だ。
暗闇が明るくなり始める5時半。季節によって時間は少し異なる。僧侶が托鉢に一斉に出かける。托鉢は寺院単位で高位の僧を先頭に20人、30人。列の後ろは10才前後のあどけない顔の少年僧。寺院に住む賢そうな犬が2匹か3匹先導している托鉢の列もある。
僧侶は裸足のままで黄衣をまとい、鉄鉢を抱えて歩く。終始無言。ラオスの上座部仏教では食事は一日2回。妻帯や飲酒を禁じる厳しい227の戒律を守り続けている。僧侶の食事は朝の托鉢によって成り立つ。
托鉢が始まる前に観光客向けに道端にゴサを敷いて椅子を並べる。通りには喜捨用のもち米とお菓子のセットを売る小さな屋台が並ぶ。外国人観光客用の「喜捨セット」。竹で編んだ籠にもち米が入っている。日によってお菓子が加わる。屋台で15年間もち米セットを売る地元の女性は「おかずは住民が寺に直接、喜捨し届ける」と語った。
僧侶の托鉢の行列が近づくとカメラのシャッターが一斉に押される。行列の動きに沿ってカメラも移動。その光景はまるで映画の撮影のようだ。スマホ片手の自撮りも目立つ。托鉢が始まると車は通行止め。外国人観光客用の托鉢体験ツアーも用意されている。托鉢の用のラオスの伝統衣装の貸出から着用の仕方からマナーまで指導する。
托鉢に参加するのは、同じ習慣のある隣国のタイ人、仏教徒の中国人、韓国、日本人などアジア系が多いが欧米人も参加する。托鉢の列の背後にある壁の前には、托鉢の注意事項の看板があり、禁止事項がイラストや写真入りで分かりやすくラオス語、英語、中国語で書かれている。服装は肩、胸、足を覆い隠す。靴や帽子を脱ぐ。僧侶に接触しない。近距離から撮影しない。フラッシュを使用しない。
「世界で一番訪問したい都市」の常連
ルアンプラバンは外国人観光客に人気の古都だ。ユネスコの世界遺産に指定された1995年以降観光客が年々増え、毎年のように米国や英国の新聞や観光雑誌に「世界で一番訪問したい都市」の上位にランクされている。古い仏教寺院が立ち並びフランスの植民地時代の建物と独特の雰囲気を醸し出す。その街並みと生活文化が世界遺産として評価された。街の中心を悠久の大河メコン川が滔々と流れる。
メコン川沿いや古い寺院の街並にお洒落なカフェやレストランが立ち並ぶ。インターネットも充実。世界的には知られていないがラオスのコーヒーも独特の香りで人気がある。東南アジアで一番美味しいと評判のラオスのビール「ビアラオ」もある。
ラオス料理はベトナム料理とタイ料理の中間のようで素朴だがヘルシーだ。米の緬のカオソーイは、北タイのカオソーイとは別モノで肉みそとあっさり味のス―プにバジル、クレソン等豊富でサラダ緬のようだ。ソーセージや、メコン川で採れる川のりもビールとの相性も抜群。街の歴史や文化溢れる街を彩るラオスの国花、チャンパー(プルメリア)の白い花。ブーゲンビリアのピンクや紫色の花も鮮やかだ。人々は物腰が穏やかで笑顔を絶やさない。ゆったりとした時間と静寂が街全体を流れているのが魅力だ。
観光客が増え、空洞化進む
ルアンプラパンの街の中心部にはレストラン、ホテル、ゲストハウス、土産店などが軒を連ねる。世界遺産の街並みを保存するために、家の修復や建て替えは厳しく制限されている。しかし近年、観光客が増えるに従って、街の中心部のメコン川沿いにはホテルやゲストハウスやレストランが乱立するようになった。中国やベトナム等の資本が伝統的な建物を買い取る動きが目立つ。
街の中心に住んでいた住民の多くは、住んでいた家を売って郊外へ移った。そのため街の中心部では昔からの地域住民が減り、空洞化が進んで托鉢が成たない。それを支えるのが、観光客の托鉢というわけだ。
ただ一方で、増え続ける観光客により歴史的、伝統的な景観・文化的な魅力が失われつつある。さらにゴミや汚水排出により環境の汚染や悪化も深刻。経済効果は世界遺産に指定された地区に限定されている。
どうなる世界遺産ブランドの観光地
ルアンプラバンのあるラオスは内陸国で産業も乏しい。国連機関から後発開発途上国(LDC)に位置づけられる、アジアで最も経済的に貧しい国の一つだ。世界遺産の街を一歩外れると貧困問題を抱える。少数民族も多く住む電気や水道のない農村や山岳地帯が広がる。世界遺産の街と貧困は隣り合わせという現実がある。
陸続きの中国から車で訪れる観光客も急増している。雲南省の昆明からの国際バスも走る。中国正月の前後は、中国のからの車が押し寄せる。車のナンバープレートは、国境を接する雲南省だけでなく湖北省、湖南省、四川省、貴州省まであったのには驚いた。街の中心部から外れると道路沿いにはホテルやレストラン等の中国語の看板だらけ。ラオスにいることを忘れる程だ。
かつてのルアンプラバンの本来の托鉢の姿を見るには、街はずれまで行かないと難しい。本来の仏教の信仰心や喜捨の精神はともかく外国人観客が托鉢の形を支えて成り立つ。世界遺産のブランドが観光客を引き寄せる。世界遺産の観光地のジレンマ。ラオスで一番で荘厳とも言われたルアンプラバンの托鉢の風景。これからどうなってしまうのだろうかと心配になった。今度、托鉢の先頭を歩く老僧に訊いてみたい。ラオス語で「アニッチャン」(諸行無常)。全ては時代と共に移り変わる。「ボ―ペンニャン」(大丈夫、気にしない)と答えてくれるのだろうか。