学食に行列。タイの大学受けた衝撃
気温35度の熱気に、マンゴーやパイナップルの香りが漂う。3月、「タイの京都」と言われる古都チェンマイの台所、ムアンマイ市場を訪ねた。
中国からの団体客が、買ったドリアンをその場で食べている。京都の錦市場あたりで見る食べ歩きの光景にそっくりだ。見ていると、彼らは1000バーツ(約3200円)以上と一晩の宿代分くらい買っていく。「中国人はいいお客だよ」。フルーツ商のコーンカイ(30)は言った。
外国人観光客の急増という事態に向き合っているのは、日本ばかりではない。
チェンマイに来る中国人が急増したのは、2013年。この地を舞台にした中国映画「人再囧途之泰囧(Lost in Thailand)」の大ヒットで、宿泊客が28万人と前年の3.5倍になった。
「それは、カオスでした」と、国立チェンマイ大学(CMU)の副学長ローム・チラヌクロム(56)は振り返る。名刹(めい・さつ)ドイステープがある山のふもとに広がるキャンパスが「写真を撮るべき景色」と評判になり、観光客が押しかけたのだ。
バイクの事故が増え、学生食堂に行列ができ、大学前の売店で買った制服を着て授業に出る者まで現れ、さすがに学生や教員が「締め出せ!」と言い出した。
だが、議論の末に大学がたどり着いたのは「この機会を生かそう」という逆転の発想だった。学生用の乗り合い電気自動車を転用し、翌14年に「Visit CMU」というキャンパスツアーを始めた。
ツアー客は自由に写真を撮れるが、指定の場所でしか下りられない。料金は60バーツ(約190円)。1日600人ほど、春節の時期は1000人以上が訪れ、利益は奨学金などにあてられる。
「学んだのは、枠組みさえ整えれば、彼らは従うということ。私たちを理解してもらうため、私たちも彼らを理解する必要があった」とロームは言う。
タイ政府も動いた。
買い物を強いるような悪質な格安ツアーの取り締まりを強化。陸路での入国も厳しくした。タイ観光庁東アジア局長のランチュアン・トーンルット(55)は「タイ文化に関心を持つ、『質の高い』観光客を呼び込むマーケティングも進めている」と話す。
住民感情は改善に向かっている。CMUの研究者ダナイトゥン・ポンパチャラトロンテップ(41)が昨年度、チェンマイと南部のプーケットで中国客への住民の意識を調べたところ、不満はあるが「来てほしい」という声が強かった。
だが、別の懸念がある。チェンマイでは、中国人経営の中国客向けホテルが人気だ。典型的な中国客は、中国のSNSでホテルや土産物店を選び、支払いも中国のネット決済。「これでは資金の流れも追えない。観光の利益の大半が中国に流れるとしたら、何のための誘客なのか」と、ダナイトゥンは言う。
観光のメリットを還元する戦略がないと、地元はマイナスを引き受けるだけになりかねない。その危機感から、CMUは中国客向けビジネスの動向を調べ、地元の経済界と共有しようとしている。
カンボジアの世界遺産でも騒動
外国国客と地元とのトラブルは、お隣のカンボジアでも起きていた。
「その服では、中に入れません」。世界遺産・アンコールワットの中心部では、厳密な服装のチェックが行われていた。「遺跡は聖なる場所だと理解してほしい」とアンコール地域遺跡保護管理(APSARA)機構の広報担当ロン・コサル(40)は言う。
アンコールワットなどの遺跡群への入場者は10年の115万人から13年に202万人へと増えた。様々な国から旅行者が集まる中、地元に衝撃を与えたのが、主に欧米人による遺跡でのヌード撮影だ。旅先での写真を、フェイスブックやインスタグラムなどのSNSで公開するブームの広がりが背景にあった。
15年には裸になったフランス人男性や米国人女性の逮捕が続き、APSARA機構は主に外国客に向けて「行動規範」を6カ国語で作成。露出の多い服装や大声での会話など、禁止事項をパンフレットにしてホテルや観光業者に配った。ヌードも改めて「犯罪」だと明示した。
観光客との摩擦解消を助けると期待されるのが「公認ガイド」だ。遺跡のあるシエムレアプ州のガイドは、約15言語に対応する約4000人。ガイド育成の責任者ソヴィチア・ホク(49)は「母国語を使うと観光客はリラックスできる。文化への理解も進みやすい」と言う。
ガイド料の相場は1日30〜70ドル(約3300〜7700円)。月の最低賃金が150ドル(約1万6500円)余りのこの国では、経済的に観光と地元とをつなぐ役割も大きい。(文中敬称略)