1日目 - 舞妓あそび体験 -
チン、トン、シャン……。三味線の音にあわせ、金びょうぶのステージで舞妓(まい・こ)さんが踊り始めた。4月初旬、中国のエイチ・アイ・エス主催の「関西桜ツアー」に同行した私は、北京から参加した同社社員の劉暢(リュウ・チャン)(30)、母親の王東恵(ワン・トン・フィ)(60)、国有企業エンジニアの趙凌(ツァオ・リン)(58)の3人の女性と、JTB主催の舞妓あそびと京懐石の夕食にやってきた。他のツアーの欧米人観光客もいる。
「大昔の日本女性の姿だね」。3人はスマホで撮影に夢中。京都が初めての趙は、うなじのアップを撮った。「日本男性はうなじが好きなんでしょ。背中を見て喜ぶ感覚、中国の男性にはないわ」
昨夏まで3年間、北京に駐在した私(倉重)にとって、中国人の撮影熱はおなじみだ。飲食店の料理、訪ねた場所……。行動の一つ一つをせっせと撮っては中国版SNSにあげて友だちとシェア。日本でもフェイスブックで「リア充」ぶりを自慢するのがはやったっけ。この日の京懐石の夕食でも、湯豆腐、天ぷら、桜入りうどんとひと皿ごとの撮影に余念がなかった。
踊りの後、「こんぴらふねふね~」とお座敷遊びが始まったが、いくら勧めても3人は参加しない。欧米人が列をなす舞妓とのツーショットにも興味を示さない。でも、舞妓の着物が「200万円」と紹介されると、王がすかさず写真を撮りに行った。「今、ここでしか撮れないもの」だからだろう。
上海の旅行誌の編集者によれば、この10年ほどで中国人の平均所得は上がり、グループや個人での旅行が増えた。彼らが旅に求めるのは「中国ではできない特別な体験」。働き方も変わり、若い世代は「休みがとりにくい」と、旅に効率を求める傾向があるという。
今回のツアーは5泊6日で代金は1万6800元(約27万円)。3人には「特別高いわけでもない」そうだ。
帰りの車中、鴨川のほとりの夜桜を見て、趙は車を降りたがった。「北京の桜と違うの?」と聞くと、「日本では、街全体が桜の景観に溶け込んでいる。それが見たくて来たの」。中国人旅行者と聞くと、日本では「爆買い」のイメージが強かったが、彼らのように落ち着いた旅行者がじわり増えている。 (倉重奈苗)
2日目 - 三千院~保津川下り -
2日目は、大原・三千院から始まった。京都駅から車で約50分。山中の寺では、桜のつぼみがほころび始めたばかり。人は少なく、静かで穏やかな空気が残る。
三千院は、私(西村)が昨年に別の取材でも訪ねた好みの寺院だ。その時は「外国人も、ここまではあまり来ないんです」と聞いていた。
こけの密生する庭園・有清園へ出ると、見事な緑のじゅうたんに「へ~」と感嘆の声が上がる。その先は、国宝・阿弥陀三尊像を収める往生極楽院だ。どんな感想を持つかな。楽しみにしていると、お堂をあっさり通り過ぎた。何かの間違いかと思ったが、みんな構わず歩いていく。
仏像は見ないの? 添乗員の朱興江(ジュ・シン・ジャン)(40)にそっと聞くと「中国では宗教に興味がない人が多い。お寺の建物や庭は日本的だと人気ですが」と言う。朱の経験では、奈良の東大寺を訪ねても、内部まで拝観するのは半数ほど。「大仏より奈良公園の鹿のほうが人気です」
それでも、最年長の王は「落ち着ける雰囲気がよかった」と喜ぶ。「空気がいい」という声もあった。大気汚染のひどい北京から来ているからだろうか。
いや、私も大原に来るといつも深呼吸をする。互いの違いばかりに目が行っていたが、感じ方が似ている部分も少なくないのかもしれない。
三千院の次は嵐山。その前に昼食だ。飲食店で席に着くと、ランチコース(2500円)の前菜にあたる「八寸」が出ていた。
でも、誰も食べ始めない。メニュー写真にはすべての料理が並んでいたので、同じようにそろうまで待っているようだ。店員から、「召し上がっていただかないと、次の料理が置けないんで」と注意された。少し離れた席の日本人客に向ける柔らかい口調と明らかに違い、残念な気持ちになる。
午後のメインは保津川下り。嵐山からトロッコ列車で亀岡に向かい、馬車で乗船場へ。そこから嵐山まで、約1時間40分かけて下る。全行程で4時間ほど。とてもぜいたくな時間の使い方だ。
「昔は下ったあと、船を人力で引っ張って戻りました」。船頭さんの説明を添乗員の朱が訳す。船が急流に突っ込むと、「お~」と歓声が上がる。船頭さんは汗だくだ。船の中に一体感が生まれる。
川に鵜(う)がいる。「中国ではなんて言うの?」と船頭さん。みんなで考え、「鸕鶿(ルー・チュー)」。「ローチー? あってる?」。そんなやりとりが楽しく、あっという間に時間がすぎた。
「船頭さんが良かった。地元の人とふれあえるのは貴重な経験でした」と劉が言った。彼女はこのツアーの企画者でもあるが、自費で参加。改善点を見つけて来年の販売に生かすつもりだ。「中国でも、日本旅行は2度目、3度目で、より深く日本を味わおうという人が増えている。地元の方との交流は、ツアーの大きな魅力になると思います」(西村宏治)
世界で最も多く観光客を送り出しているのは、中国だ
日本が観光立国への道を本格的に歩み始めて、15年ほどになる。「訪日外国人を倍増させる」。時の首相・小泉純一郎がそう打ち出したのは、2003年だった。当時は年間500万人。それが16年には2400万人に達した。
伸びを支えたのは、13億人を抱える中国の経済成長だ。国際通貨基金(IMF)によると、中国は一人当たり名目GDPがこの10年で4倍近くになり、世界中に旅行者を送り出している。
国連世界観光機関(UNWTO)のデータでは、中国が海外旅行に使う金額は、12年にドイツや米国を抜いて世界一に。15年の海外旅行者は1億2790万人、使ったお金は2922億ドル(約32兆円)で、2位米国の7350万人、1129億ドル(約12兆円)を引き離した。中国人をどう取り込むかは、世界中の旅行業界の課題だ。
日本も、受け入れ窓口を広げてきた。00年から団体客に限って観光ビザを発給していたが、09年から富裕層などの個人に拡大。その後も中間層などに対象を広げている。政府観光局によると、16年の中国人の訪日旅行者は637万人と訪日外国人全体の26.5%を占めている。
バブル崩壊後、日本の経済は伸び悩んでいる。戦後の成長を支えた製造業では、工場の海外移転も加速。景気を支える個人消費も、人口減による先細りが心配だ。そこで、観光に来た外国人にお金を使ってもらい、経済活性化につなげようという期待が政府や自治体に広がっている。
だが、そううまくいくのだろうか。観光都市・京都に目を向けてみよう。
03年に45万人だった京都市内での外国人宿泊客は15年に300万人を超え、観光消費額も1兆円近くになった。
その結果、シーズンともなれば、観光バスで道路は大渋滞。空き家にも外国人が入れ代わり立ち代わり泊まるようになり、住民には不満や不安も広がる。SNSの普及で、日本人には思いもつかない場所が突然人気を集めることもある。迎える準備もない場所に、外国人観光客が押し寄せる。観光で国を開くとは、そういうことだ。
政府は訪日外国人数の目標を20年の4000万人へと引き上げた。来る人への理解と、受け入れる覚悟と準備がなければ、来る人も、迎える人も不幸になりかねない。
(敬称略)
中国の人気ブロガーが呼びかける「日本に行ったら気をつけること」
日本に詳しい中国人たちは、観光地としての日本をどう見ているのか。
大の日本好き、京都好きとして知られ、旅の絵日記『林竹闖関西(林竹、関西をゆく)』などの著書もある中国の人気ブロガー・漫画家の林竹さんが中国の友人たちに伝える「3つのアドバイス」とは。
「中国の人たちが、なぜ日本に行きたがるのか。まず第一に「近い」から。3日間、休みがあれば行ける。
特に京都は有名な観光地が集中していて、短い滞在で日本を満喫できるので人気があります。ただ、中国人だとわかると、お店の人の態度が変わることがあります。私は日本に留学していたので、店員さんが話す悪口もわかるのです。
私は京都観光に行く友人にアドバイスを求められたら、次の三つを伝えています。一つ、ところかまわず写真を撮らない。二つ、大声で話さない。三つ、予約したお店には、はってでも行く――。
でも、日本に来る中国人旅行者のマナーは若い人を中心に向上しているんですよ。
私たち1980年代生まれの「バーリンホウ(80后)」は、改革・開放政策の下で海外資本が積極的に導入された時代に日本のアニメやドラマを見て育った世代。京都でよく見る修学旅行生の学ランやセーラー服にときめいたり、「あの場面の風景だ」とワクワクしたり、独自の楽しみ方をします。SNSの普及で写真や映像にこだわる人も増え、個人旅行の旅先でカメラマンを雇う人までいます。
最近、中国の友人に日本のどこに行きたいか聞くと「中国人がいないところ」と答える人が増えた。中国人の「自慢したい欲求」も関係しているかも(笑)。これからは、今しか見られない、ここでしか体験できない「限定版」がうけるでしょう。その写真を撮って、周りに見せたいのです。(構成・倉重奈苗)
りん・じゅ
1984年、四川省出身。放送人などを養成する中国伝媒大学を卒業後、来日。東京学芸大大学院(美術教育専攻)を修了。中国版ツイッターの微博(ウェイボー)では約9万人のフォロワーがいる。