ここ数年、京都に帰省するたび、市中心部に住む友人たちから不満を聞くようになった。矛先は、外国人観光客だ。
「市バスがスーツケースの外国人に占拠されてる」「もうかってるのは民泊とドラッグストアだけちゃう?」。タクシーに乗ると、「外国人はあんまりお金落とさへん」と運転手さんがぼやく。
京都への外国人観光客はここ4年ほど急増している。市内の外国人宿泊者数は2015年に316万人と03年比で約7倍。同時期の全国の伸び約3.8倍と比べきわだつ。彼らが観光で使う額は1人12万円余りと日本人の7倍以上で、市の観光消費額は15年に過去最高の9704億円に。帝国データバンク京都支店によると、京都府に本社を置くホテルなど150社の年間収入は約1000億円。4年で100億円ほど増えている。
つまり、外国人はお金をかなり落としているはずだ。市職員の一人が言うには、「ほんまのこと言わへん人も多い。そこは京都らしいところ」。
ただ、経済効果を実感できない人たちがいるのも確かだ。四半世紀ほど前の京都は、織物などの伝統産業が元気だった。西陣織工業組合によると、1990年に2800億円近かった西陣織の推定出荷額は14年には373億円に減少。観光はその落ち込みを補うに至っていない。観光関連の法人市民税は15年度で市税の0.3%と、市の税収増にもさほどつながっていない。
雇用もそう増えていない。総務省によると、市内の総従業者数は14年に79万人で09年より約2万人減。宿泊業は約4%増えたが、正社員は減っている。
一方で、宿不足を背景に、旅館業法の許可を得ずに観光客に部屋などを貸し出す「違法民泊」が増えている。おおむね1泊6000~1万2000円と、一般賃貸に出すよりよほど稼げる状況だ。
市中心部に住む友人の母親(60代)は、スーツケースを転がして近所に消えてゆく外国人をよく見るという。「京都は家同士がくっついて立ってますやろ。騒がれたら響くし、防火も不十分なままようわからへん人が泊まったら不安やわ」
市は違法民泊の情報を募る窓口を昨夏に設け、昨年末までに1500件超寄せられた通報をもとに調査に乗り出した。だが442軒は営業者がわからずじまい。担当者によれば、調査に入ったうち74軒は「民泊では、と近隣の方に思われたものの、外国人が住む家だった」。外国人というだけで通報されたようなものだ。市内で合法に民泊を営む30代男性は「そうした外国人が京都、ひいては日本を嫌いにならないか心配」と話す。
一方、観光客に人気の京町家は危機的状況だ。市中心部の町家に住む友人の両親は最近、マンションを買った。「冬は寒いし階段も急。あがりがまちも高いやろ。年とったら住み替えようと思って」
市内の町家は年に約2%ずつ消えている。高齢住民には不便なうえ、相続税負担も大きい。京文化を体現する町家を市は残してほしいが、所有者には「何で行政に言われなあかんのや」と言われる。「憲法上、財産権が保障されているだけに難しい」と、市の町家保全の担当者は困り顔だ。
市は今年度、解体などを計画する所有者に届け出を義務づける条例案を市議会に出す。届け出から1年は取り壊せず、市はその間、思いとどまるよう説得し、町家で商売したい人を紹介する。
実際、町家を生かした宿は増えている。昨年末に市内で1257あった「簡易宿所」のうち、315は改修町家だ。
二条城から西に2キロほど。黒地の柱に白い壁、かわらぶきの町家で民泊を営む那須裕介(33)は、生まれも育ちも東京だ。4年前に旅した京都に魅せられ移り住んだ。さらに築80年以上の町家を友人と借りて、水回りなどを改装。旅館業法の許可をとって営業している。
外国人に日本を紹介するウェブサイト「ジャパネスクエスト(Japanesquest)」も立ち上げたほか、自ら京都を案内したいと、市が昨年始めた認定通訳ガイドの研修を受けている。外から来た人たちが、彼らの視点で「京都らしさ」を見いだし、その果実が地元に還元される。そんな好循環がもっと広がれば、京都人の不満も減ってゆく、かもしれない。(藤えりか)
「京都は観光を目的にできた都市ではない」 京都市長が訴える観光地の厳しさ
京都は観光を目的にできた都市ではありません。神仏を大事にする心、華道や茶道、食文化も能・狂言も、観光のためにできたもんではない。それが観光の視点で評価されるようになってきたということです。
観光で市に入る税金はほとんどないんです。一方、京町家の存続は危機的です。50年後にどれだけ継承されているか。観光客に満足していただく取り組みに使うお金が必要です。だから今、宿泊税の導入を検討中です。
京都を代表する西陣織も清水焼も北山杉も、30~40年前までは「ドル箱」でした。伝統産業や中小企業のものづくりは今、厳しい状況にある。
だからこそ、京都の強みである伝統産業や文化を観光につなぎ、ひいては市民の豊かさにつなぎたい。今は過渡期やと思いますが、そうした成功事例を京都で作り、全国が元気になるようにしたい。
私はいつも着物着てますけど、着物もほとんど京都で作られてない。だしに使う昆布もカツオブシも、にしんそばのにしんもそばも、よそのもんですわ。いい繭がとれるのは福島。畳に使ういぐさの産地は熊本や大分。それらの産地は疲弊している。外国人向けに「絹のふるさとツアー」を企画するとか、全国の地場産業が元気になって日本全体が観光で豊かさを実感できる取り組みが大事やと思う。京都が先頭ランナーになり、成功事例を作って全国で共有したいと思ってます。(構成・藤えりか)
かどかわ・だいさく
1950年、京都市生まれ。2008年2月に京都市長に初当選、現在3期目。