ハノイにもおもちゃ屋さんはあちこちにある。だが、その品ぞろえは、日本とはちょっと比べものにならない。例えばショッピングモールのおもちゃ屋さんにあるのは欧米や日本の輸入玩具が大半で、値段も安くない。雑貨や衣類のキャラクターも、ミニオンズ、スーパーマンやスパイダーマン、ドラえもん、ディズニーなどがおきまりで、種類はかなり限られる。文房具や本、子ども用スポーツ用品なども含め、豊富な選択肢がある日本とハノイはまだまだ状況が違う。キャラクターがわんさかあふれた日本という国に私は生まれ育ったのだと、ベトナムに来て改めて気がついた。
近ごろ、我が家で苦労しているのは、ポコをお誕生日会に招いてくれたお友だちに渡すためのプレゼント探しだ。何千円もするプレゼントをあげるわけにはいかない。でも、小ぶりのレゴやミニカー、手品セット(!)でも千数百円ぐらいにはなってしまう。適度な値段で、ぜひこれをあげたい!と思うような良品がみつけにくいのだ。ポコがお誕生日会を開いたとき、お友だちにもらったプレゼントを開けてみると、4人からまったく同じ商品をいただいていた。みんなプレゼント選びに苦労しているのだ。
さて、ハノイで通う学校で、ポコがにわかに子どもたちから注目されたことがあった。なぜかというと、ポケットモンスターのキャラクターが描かれた「ポケモンカード」をたくさん持っていたからだ。ハノイの同年代の男児の間では、ポケモンカードが大流行している。ポコがどっさり持っていたのは、日本のいとこのお兄ちゃんが「もう遊ばないから」とお下がりをくれたからだった。
さほどカードに興味を持っていなかったポコだが、「すげえ」「いいなー」と、学校でいろんな国の出身のお友だちに言われて、その価値にやっと気がついた。様々な国の子とポケモンカードを見せ合い、交渉して交換するうち、キャラクター名が英語や韓国語で書かれた各国バージョンのポケモンカードが手元にどんどん増えていった。ポコはいつの間にか「trade(トレード)」という英単語も覚えた。
「ポケモンカードってどうやって手に入れたらいいの?」と、同じサービスアパートに住む中国出身の友人に私も聞かれたことがある。ベトナムのおもちゃ屋さんではなかなか売っていないのだという。私が日本に帰国した際にポケモンカードを買ってきてプレゼントしたら、大喜びしてくれた。
株式会社ポケモン(本社・東京)によると、ポケモンカードは世界74カ国・地域で販売されている。これまで発行したことがあるのは11言語。日本語のほか、韓国語、中国語(繁体字)、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ポーランド語だそうだ。私も最近、バンコクのおもちゃ屋さんや、イタリア・ローマの売店にまでポケモンカードが置いてあるのを見つけてびっくりしたところだった。
同社によると、カードが売られている74カ国・地域にベトナムは含まれていない。ただ、ベトナムの子どもの間でもポケモンカードは人気で、朝日新聞ハノイ支局の助手のビンさんの子どもたちも、小さい頃にはよく遊んでいたという。
ベトナムの人はどうやってポケモンカードを手に入れているのだろう。通販で取り寄せる手はありうる。でも、日本でも10枚入りで500円ぐらいする種類もあるし、けっこう高いおもちゃのはずだ……。考えながら旧市街を歩いていると……あった、町なかでポケモンカードが売られている!売り子さんに一袋おいくらですか?と聞くと「一つじゃなくて、まとめ売りしかしてませんよ」。カード10枚入りと書かれた小袋が36個ビニールに入っているが、値段を聞くと全部で10万ドン(約480円)という。小袋の裏に米国製と書かれていて、中身は英語バージョンのポケモンカードだ。でも安すぎる。一つ開けてみると、10枚入りと書いてあるのに8枚しか入っていない。よくできているけれど、これって、もしかして、にせものかしら?よくみると、外側のパッケージには中国製と書いてあった。
シルバニアファミリーやトミカなど、日本のおもちゃはベトナムでもいろいろ売られている。その中でももう一つ、男児に大人気の日本発のおもちゃがある。
「明日『ベイブ』で遊ぼうって言われたから学校に持って行くんだ」とポコが話すのを聞いて、ベイブ?ベイブってなあにと聞き返すと、それは対戦型コマの「ベイブレード」のことだった。日本のタカラトミーが販売するベイブレード(商品名はベイブレードバースト)はハノイでもたいていのおもちゃ屋さんで売っている人気商品だ。ベトナムではセットによって20~40万ドン(約960~1920円)前後で売られている。ポコは学校にまで持って行き、友だちと戦ったり、これまたトレードしたりしている。
私事だが、私は鋳物づくりで知られる埼玉県川口市の出身だ。その昔、川口の鋳物でつくられたベーゴマが子どもたちの遊びの世界を席巻した時代があった。まさかそれが進化して、ベトナムで各国の子どもに「ベイブ」なんてしゃれた言葉で呼ばれるようになるとは。実際にベーゴマで遊んでいた私の父の世代などには想像もできなかっただろう。
ベトナムでは、旧暦の8月15日の中秋節(十五夜)は子どものためのお祭りとされる。普段は縁起物や祭祀用品を売っているハノイ旧市街のハンマー(Hang Ma)通りでは、この日の前後は多くのおもちゃ屋さんが並んで夜までにぎわう。電灯をつけた軒先に店を広げて売られているのは、キャンキャン言ってまわる電池式の犬の人形や、魚が口を開けたり閉じたりする魚釣りゲームのような庶民的なおもちゃだ。かなり「にせもの」のにおいの強いスパイダーマン人形、たぶん商標的に問題のあるクレヨンしんちゃんやドラえもんのぬいぐるみを山積みにした店もある。
いろいろ問題はありそうではあるが、なんだかとても「昭和」のにおいがして、この通りが私は好きだ。小さな女の子が、プラスチックの簡素な入れ物に入った着せ替え人形と洋服のセットをお母さんに買ってもらっていた。ブランドものではない、こうしたおもちゃを買う人もいれば、ショッピングモールの高級おもちゃ屋さんで高い外国製おもちゃを買う中間層もいるのが今のハノイだ。
不思議なことに、安っぽく見える電池式のおもちゃも、子どもの心を引きつけることにわりはない。ポコは何度もおとっつあんと私の手を引っ張って足を止めさせ、懐かしいおもちゃ屋さん通りのおもちゃを飽きずに眺めていた。