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自然の中に食材を求める暮らし やってみたら限界が見えた

マイケル・ブースの世界を食べる
photo:Toyama Toshiki

自然の中から食材を自分で採ってくる。私も最初は夢中になった。

実際やると困難も多い。いまでは山でなくスーパーへ行っている。

それは最初はとても魅力的だった。田舎(公園や玄関の前の歩道だっていいのだが)へ散策に出かけ、夕食の材料とともに帰宅するというアイデアのことだ。ベリーや葉野菜を摘み、木の実やキノコを採る。さらには外来種のザリガニやタデまでも籐のバスケットに入れて持ち帰るなら、なおいいだろう。山菜などの食材を自然の中から探してくる「採集」が10年ちょっと前に西洋諸国で熱を帯び出した当時、私は純粋に「攻めてる」と思ったものだ。

採集は、日本では多くの人の生活において日常の一部であり続けてきた。日本人は食用にできる自然を探し当てるのが大好きで、四季折々の恵みとも調和していることが多い。西洋諸国ではそうした知識や経験は、もう何世代にもわたって失われていた。それが2000年代半ば以降、ごくわずかな間に(一瞬のことのように思えたが、実際は1年か2年)、気の利いたレストランであればあるほど、エルダーフラワー入り、ワイルドガーリック入りといったメニューが珍しくなくなった。

この他にもクルマバソウのアイスクリームにクサトベラのスープ、カタツムリ、カモメのタマゴ、よくわからないキノコ、それにコケさえも、すべては突然簡単に手に入るようになり、黒板に躍る本日のおすすめの中でもスターメニューになった。

■今も忘れない毒草の恐怖

この流行に乗らないなんて無理な話だった。資本主義や工場での食品生産、食品を扱う大企業に背を向けつつ、その分、お金も節約できる。私たちにとっても、この惑星にとっても、ウィンウィンに思えた。

しかし、早々にわかったのは、採集の専門家になるには、経済的にというよりは時間や献身において、かなりの投資が必要だということだ。体力もそれなりにいる。時には、野生の雄牛やトゲのあるイラクサ、冷やかす人や怒る農家に立ち向かう勇気もいるだろう。そしてなによりも、採集の旅から手ぶらで帰ることが続いても、我を失わない忍耐力も。

熱狂の反動はすぐに来た。手に負えなくなってきたのだ。公園や公道でさえも野草が採り尽くされた。キノコ類は地道に軸を切る代わりに石づきごと引っこ抜かれる。野草や山菜は、人間にとっても、それがないと生き残れない動物たちにとっても、豊富にあるわけではない。鳥たちのことを考えてみて!

個人的には、都市での採集には特に用心してきた。汚染された植物を避けるには道路からどれくらい遠ざかればいいのか、確信が持てたことがない。犬のおしっこなんて目に見えないじゃないか。

私自身、数々の実りなきキノコ狩りの旅に落胆してきた。10年やっても野生のアンズタケは見つけられないままでいる。たまたまポルチーニをひとつかみほど収穫できたという幸福感に恵まれたが、料理すると、味よりも食感のほうが主張する。ほとんどの野草は不快に苦いし、ワイルドガーリックに至っては、まあその、正直普通のガーリックのほうがおいしくないですか?

採集家の仲間入りをするという望みを私が放棄したのは、近所の公園で手だれたちとのガイドツアーに参加したときだったと思う。終盤に差しかかるにつれ、新しい(といっても悲しいほど底が浅い)知識に背中を押された私はひざをつき、パセリにも似たハーブのようなものだと思ってひらひらした葉を摘み、誇らしげに専門家に差し出した。実は我が家のテラスにもあったから、とりわけ熱くなったのだ。すると返ってきたのは「ドクニンジンですね」。そして彼は陽気につけたした。「これひとつかみで村一つが滅びますよ」

彼がその場にいなければ、確実にそのひらひらした葉っぱ状の毒を口にしていたことだろう。無事にすんだとは思えない。実は今でも、あの時のことを考えることがある。それもけっこう頻繁に。そして私は、スーパーへと向かうのだ。(訳・菴原みなと)