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オックスフォードの数学教師が、なぜ『不思議の国のアリス』を書けたのか

オックスフォードの学び方 更新日: 公開日:

「世界大学ランキング」で3年連続トップの座に輝いたオックスフォード大学(以下、OXON)。世界最高学府の教育は、私たちが知る大学教育と何が違うのか。人生100年時代を豊かに生き抜くために必要な「創造力」を身につけるオックスフォード流の学び方を、同大学で日本人初の教育学博士号を取った岡田昭人氏(東京外国語大大学院教授)が紹介する。<第4回目/全6回>

【この連載の前の記事】

  1. 創造力とは、どこから生まれてくるのか
  2. 創造力を育むために、絶対につくるべき時間とは
  3. 人が必ず突き当たる、『やる気が出ないとき』の対処法


皆さんは『不思議の国のアリス』(Alice’s Adventures in Wonderland)という物語をご存じですね。少女アリスが白いウサギを追いかけておとぎの国へ迷い込み、ハンプティダンプティなどユニークなキャラクターたちに出会いながら冒険する話です。

作者、ルイス・キャロル(本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)はOXONを代表するカレッジ、クライスト・チャーチの数学教師でした。キャロルがカレッジの同僚の娘であったアリスにせがまれて即興で物語を作って話し聞かせていたものが、この本のもととなったのです。「アリス本」の中には独創的な言葉遊びや流行語、かわいい挿絵などが含まれていて、当時主流だった教訓的な児童書から子どもたちを解放したと言われています。

一流の数学の教師であるキャロルが、全世界の子どもたちに愛される「アリス本」を書きあげることができたのはなぜでしょうか。もちろんオックスフォードの街の持つ幻想的な雰囲気と豊かな自然の織りなすファンタジックな環境が影響を与えていたと思われますし、またキャロルが子どものような想像力と感性を失っていなかったからかもしれません。

想像力は創造力の生みの親

子どもと大人の創造力の違いは何でしょう。私たちが子どものときに持っていた想像力を思い出してください。子どもの頃は誰にでも次のような性質があったと思います。

・物事に対して敏感である

・考え方が型にはまらず柔軟である

・何でも受け入れる余地がある

・思ったことが素直に表現できる

人は大人になるに連れて、現実の世界にひたってしまうと、子どもの頃に持っていた性質を失っていきます。子どものような純粋な思考や発想の中には創造力が無限に広がっているのでしょう。

最近のある研究調査によると、子どもが創造力を伸ばす有効な手段として、小さい頃から絵本を読み聞かせる、一緒に図書館に行く、読んだ本の感想を話し合う等があるとされています。こうすることで、子どもは言語の持つ価値を理解し、読む習慣を身に付けることで、創造力を習得していくのです。

創造性を発揮するキャリア形成

学者の世界であれ、ビジネスパーソンの世界であれ、誰もが創造力を必要とされる状況に直面することがあります。創造力を活かすためには、大学、研究所、会社など各々の人がそれを活かすことができる場所、つまりはキャリア形成が必要となってきましょう。

OXON時代、私も自分の将来のキャリアについて思い悩んだことがありました。日本社会では「文系大学院を卒業した者は就職先がない」と言われていますし、かといって大学などで研究職に就くことも極めて難しい状況です。

幸い、私の場合は比較的早い段階から大学でポジションを得ることができましたが、誰にとってもキャリア形成は予想通りに進むものではなく、自分の意志だけではなく、周囲の意見やその時の社会事情によって制約されます。仮に予定通りの職種に就くことができたとしても、想定外の出来事によって途中でキャリア変更を余儀なくされることもありましょう。

将来が予測できないときこそ前向きに生きる

教育心理学者のジェラットは人のキャリア形成を考える上で「肯定的不確実性理論」(Positive Uncertainty)を提唱しています。この理論のエッセンスは、次のようになります。

世界各国で政治・経済事情が不安定である現在、人が生涯を通じて安定したキャリアを描くことは困難である。しかし、こうした不確実な状況を「肯定的」に捉えて、現実をあるがままに受け入れ、未来のキャリアを創造することが重要であると説くのです。この理論と似たようなものに、スタンフォード大学の教育心理学者のクランボルツの「計画された偶発性理論」などがあります。

このような理論が生み出された背景には、たとえば戦後、日本企業の特徴であった「年功序列制度」や「終身雇用制度」が突然、外資系企業のような雇用形態に代わってしまうことなどがあります。

それではこのような自分自身の未来予測が難しい状況ではどのように対応していけばいいのでしょうか。皆さんは「車椅子の物理学者」、スティーヴン・ホーキング博士をご存じであると思います。先述したように、彼もOXONの卒業生ですが、学生時代に難病を発病し、一時は死を覚悟したこともあったのです。それでも彼は決して挫けず研究を重ね現代の宇宙論に多大な影響を与えている人物です。

病気によって身体の自由を奪われたホーキング博士は、実験が必要とされる分野から離れ、「理論物理学」を専門に研究を進めました。そして、人類が決して到達することができない宇宙の果ての世界を、頭の中で緻密な計算によって分析・解明する天才となっていったのです。ここに、ホーキング博士が著書の中で話している言葉を引いてみましょう。不確実な未来に直面した時の心得として示唆に富むものです。

一つ目は、「足元を見るのではなく星を見上げよう」(今や過去に囚われずに未来を見つめる)。

二つ目は、「絶対に仕事をあきらめてはいけません。なぜなら、仕事は生きる目的と意義を与えてくれるからです。それが無くなると人生は空虚なものです」(自分が打ち込める生涯の仕事を持つ)。

三つ目は、「もし幸運にも愛を見つけることができたのなら、それが稀な出来事であることを忘れず、捨ててはいけません」(「人」の字はお互いに支え合っていることを意味する)。

不確定な未来に希望を持って生きていくためには、不安定な過去や現在を嘆くのでなく、仕事であれ、趣味であれ、自分が情熱を燃やし続けることができる何かを見つけだし、取り組むこと。そして支えてくれる人を大切にすることでしょう。

将来計画を緻密に組み立てると同時に、自分の「直感」も一つの知性として捉えることです。「十人十色」然り、あなたの持つ直感はあなたにしかできない創造性に繫がるのです。そして、目に映る現実をそのまま受容し、もし不安などが生じる場合、それは自分の心理状態が反映されていると割り切ることです。

本節で紹介した「アリス」やホーキング博士は、先がどうなるか分からない世界や予測できなかった状態に迷い込んでも、決して怯むことなく、むしろ果敢に突き進んでいこうとします。人生を讃歌する楽しいエピソードもあれば、つらいこともたくさんあります。そんなときでも人は知恵と希望をもって乗り越えていくのです。

機会があれば是非、クライスト・チャーチのダイニング・ホールのステンドグラスに描かれた「不思議の国のアリス」を鑑賞してください。予測できない未来であるからこそ、私たちも自由に、そして積極的に個々の生き方自体を創造していく力が必要なことが理解できます。




本書は『人生100年時代の教養が身に付く オックスフォードの学び方』(岡田 昭人〔著〕、朝日新聞出版)のchapter3「非連続の発想を実現する『創造力』」の転載である。