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盤石に見えるトランプ氏、しかし静かに「中年女性たちの反乱」が起きている

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ロバート・パットナム氏=五十嵐大介撮影 Dr. Robert Putnam (photo by Igarashi Daisuke)

■英語版記事はこちら Under Surface, Middle-Aged Women Push Anti-Trump Movement in U.S.

ロバート・パットナム氏は1941年米国生まれ。政治学者、ハーバード大学教授。元アメリカ政治学会会長。著作に「われらの子ども 米国における機会格差の拡大」など。米国のコミュニティーの崩壊を描いた「孤独なボウリング 米国コミュニティの崩壊と再生」では、地域社会における人々の自発的なつながりを示す「社会関係資本(social capital)」を体系的に論じた。 

Photo by Tokitsu Takeshi

■トランプ氏の移民政策「自分の足を撃つようなもの」

――2016年の米大統領選期間中、あなたはトランプ氏の当選の可能性があると予想していました。トランプが当選してから2年たち、米国の今の状況をどうみていますか?

以前よりも懸念している。私が当時話していたことはおおむね正しかったが、トランプの政策に対して、共和党内からあまり反発が出なかったことに驚いている。私は、トランプが話していたことの多くがでたらめだと理解できる大人の共和党員から、反発が起きると思っていた。だが、彼らは押し返さなかった。

 ご存じの通り、共和党指導部の多くはトランプを恐れている。なぜから、彼の米国全体での支持率は3540%程度だが、共和党支持者の間では89割あるからだ。共和党議員が選挙に出る場合、候補者はこの有権者を満足させる必要がある。なので、共和党指導部が従来の原則を完全に放棄してしまっている理由がわかる。財政の均衡、自由貿易、移民政策などで、完全に屈してしまっている。政治の戦術の問題としては理解できるが、トランプによる共和党の乗っ取りは、米国にとっていいことではない。

トランプが追求する政策には危険が潜んでいる。特に移民政策の中身は、米国にとってとても悪いものだ。米国が世界において最も有利な面のひとつは、まさに移民を広く受け入れてきたことだ。移民に対して門戸を閉じることは、自分の足を銃で撃つのと一緒だ。

彼の外交政策にも問題がある。実際、特にこの北東アジアにおいて危険なものだ。トランプの政策は、米国の民主主義の根本的な規範も脅かしている。

――トランプの共和党員の支持率は9割近く、穏健派が相当少なくなっています。

多くの穏健派の共和党員が党を離れたうえ、全体の共和党員の数も減ったからだ。かつて穏健派の共和党員だった人が、自分たちはもはや共和党員ではないと考え、トランプ支持者の割合が上がった。

私は、トランプが人々の本当の不満を吸い上げていたのだと思う。私の故郷であるオハイオ州ポートクリントンは、典型的なラストベルト(さびついた工業地帯)の町だ。私が子どもの頃は、もう少し民主党寄りだったが、穏健だった。共和党員、民主党員とももっと穏健派だった。私の家族は穏健な共和党員だった。実際、当時は成功した町だったが、人々はその後、貿易や多くのものの打撃を受けた。人々はとても怒っている。

かつて鉄鉱石の輸入で栄えた町。若者の薬物汚染が深刻化していた=2018年3月9日、オハイオ州アシュタビュラ、五十嵐大介撮影  <br>This town once prospered as one of the busiest ports in the region. The town is facing serious drug problems among youth. Ashtabula, Ohio, March 9, 2018 (photo by Igarashi Daisuke)

私の著書「われらの子ども」に、私の故郷に住む若い女性が出てくる。私は彼女をメアリー・スー(Mary Sue)という仮名で呼んだ。彼女はトランプに投票した。彼女はとてもひどい状況にある。彼女の両親は実質的に彼女を放棄し、高校も卒業することはなかった。彼女はとても悪い男性たちとつきあい、今ではシングルマザーだ。裁判所は彼女が養う能力がないとして、彼女の子どもの一人を引き離してしまった。彼女は大変な状況にある。その彼女は、トランプに投票した。あなた方は、「なにが彼女をトランプに投票させたのか」と言うかもしれない。

だが、私はその答えがわかる。メアリー・スーはすべての人に怒っていた。彼女の視点で考えれば、彼女は正しい。両親、学校、教会、地域の人など、彼女はみんなに見放された。とても怒りを感じている。彼女が2016年に投票した際、政策については考えてもいなかった。彼女は激しい憤りの心境から、選挙を見ていた。唯一、激しい憤りを前面に出していた候補がいた。それがトランプだった。

■水面下で起きている重要な「反トランプ」運動

――11月6日に中間選挙があります。状況をどうみますか。

(米選挙予測サイト)ファイブ・サーティー・エイトは、民主党が下院で過半数を奪う確率を80%とみている。私はまだ過小評価された数字だと思う。いま米国では、水面下でとても重要な草の根運動が起きている。ニューヨーク・タイムズ紙が少し報じているが、米国のメディアでもほとんど報道されていない。

この反トランプの草の根運動は、民主党の「茶会運動」と言われることもあるが、全くの間違いだ。これはイデオロギーによるものではない。とても特別なグループだ。(米国のコミュニティーの崩壊を描いた)「孤独なボウリング」の著者として言わせてもらえば、この新しい草の根運動は、1960年代以来で最も重要な意味を持つ市民運動の波だと思う。

実は私自身の娘、ピッツバーグ大学の歴史学者ラーラ・パットナムと、著名な社会学者シーダ・スコッチポルが、この反トランプの草の根運動がどこから来ているのかという論考をいくつも書いている。これはとても興味深い集団だ。大卒で、中年の女性たちだ。彼女たちは、米国の母親であり、おばあちゃんたちだ。若い急進派、左翼主義者でもない。普通の中間層の、中年の女性たちだ。彼女たちはとてもトランプへの反発が強いが、極端な左翼でもない。極右でもない。穏健派だ。彼女たちの多くは実は共和党支持者だ。

この新しい運動は、ドアをノックして、フェーストゥーフェースで直接対話するやり方で進められている。フェイスブックも一部使うが、「仮想」のコミュニティーだけではない。この活動は、フェイスブックを使って組織された(171月に首都ワシントンで開かれた)ウィメンズマーチから始まった。

その後、マーチに参加した女性たちが、地元のスターバックスで会合を開き始めた。彼女たちはある意味で実際の問題によって動機づけられている。おそらく医療問題が最も重要な問題だろう。だが、貿易問題ではない。大きな政策問題でもない。赤ん坊を親から取り上げるような移民政策を進める政権に対する母親が抱く反感や、反対派に対してかなり汚い言葉を使う大統領への反発が動機となっている。

――格差を減らすうえで、技術革新やSNSなどへの懸念はどのぐらいありますか?

フェイスブックが問題の一部だろうが、解決策の一部だろうが、いずれにしてもデジタル革命も格差を増幅させている。私は著書「われらの子ども」の中で訴えたのは、メアリー・スーもiPhoneを持っており、物理的なデジタルディバイドはもはやないということだ。今日では、みんなスマートフォンを持っている。しかし、メアリー・スーは、私の孫とは全く違うiPhoneの使い方をする。

上流層や中間層の子供たちは、生産性のあることをするためにインターネットの利用を促す大人たちに囲まれている。だが、彼女は誰にも囲まれていない。もし囲まれていたとしても、ネットで仕事を探すような使い方を促す人々ではない。彼らはゲームをしたり、そのほかの思慮のない娯楽をしたりするためにスマホを使っている。これが今のデジタルディバイドだ。

■グローバル化の恩恵、どう広めるかがカギ

――貿易はなぜここまで不人気なのでしょうか。

貿易、国際金融、移民も含むグローバリゼーションは、半分の米国人にとってはすばらしく有益なものとなった。高い教育を受け、モノを作らず、文章を書いたり、話したり、経営をしたりすることで生計を得ている米国人にとっては、とてつもない強みとなった。簡単に言えば、私のような米国人に恩恵をもたらした。

私の姉妹は大学に行っていないが、勤勉で、慎み深く、洗濯機や電話などを作る複数の工場で働いていた。これら全ての工場は、今は東南アジアにある。学者である私は、東南アジアの田舎の人に仕事を奪われる心配はしていないが、彼女は東南アジアの田舎の人に仕事を奪われた。経済学者は、これは簡単な論理だという。国として我々は豊かになっているのだから、私は高い税金を払い、私の姉妹を助けるようなことを政府にさせるべきだと。だが、米国の東西両海岸にいる上流層の人々は、その義務を果たしてこなかった。私の著書「われらの子ども」は、そうした人々に対して、「みろ、我々は自分たちの市民をだめにしているぞ」と言うために書いた。

道路の奥に、操業が止まった工場の建物が見える=2016年3月16日、オハイオ州ヤングスタウン、五十嵐大介撮影<br> A closed plant by the roadside. Youngstown, Ohio, March 16, 2016 (photo by Igarashi Daisuke)

5日前、私はソウルで夕食を食べた際、とても聡明で、いい教育を受け、韓国の大きな多国籍企業で働く若い女性と会った。我々は幅広い話をしたが、彼女は自分が仕事で聞いたあるプレゼンテーションについて話してくれた。プレゼンは、未来を先取りして考える責任のある自動車メーカー、アウディによるものだった。

アウディが考える2030年はこうだ。すべての国に、とても裕福で、いい教育を受けた人々のための、門で囲まれたコミュニティーが作られる。壁と田舎の人に囲まれた、21世紀の「お城」があると考えてみてほしい。お堀で囲まれた、とても高い「お城」が、東京や私が住むマサチューセッツ州ケンブリッジ、ソウル、上海、ヨハネスブルクにできるようになる。

そして、これら全ての「お城」同士が、洗練されたコミュニケーションシステムで意思疎通できるようになるが、誰も自国の田舎の人々とは意思疎通をしなくなる。アウディはそうしたことが起きると考えており、こうした塀で囲まれた人たちに車をどう売り込むことができるかを考えている。だが、これは社会的、政治的にみてとても危険なシナリオだ。

我々は国際化をいかに止めるかを考えるのではなく、グローバル化による恩恵を自分たちのコミュニティーの他の人に広められるよう、何ができるかを考える必要がある。だからこそ、私はトランプの税制改革はクレージーだと考えており、自分の税金をもっと払いたいと考えている。お金持ちの人は、貧困層の教育に投資できるよう、より高い税金を払うべきだ。

――人工知能(AI)時代に対応したり、格差を縮めたりするために、教育面でもっとソフトスキルを教えることに力を入れるべきだという意見があります。どうお考えですか?

米国人がソフトスキルに十分に投資できていないという点には賛成できる。私の提案の一つは、課外活動の減少についてだ。これはノスタルジアから言っているのではない。我々は、フットボールやブラスバンドやオーケストラをやることが、ソフトスキルを教えることにつながるという強い証拠を知っている。これらは、チームワークや根性(grit)を教えてくれる。

私が若い頃は、課外活動はすべての子どもに無料で提供されており、大半の子どもが参加していた。スポーツなどこうした活動に参加することは、ソフトスキルや生涯所得の引き上げにつながるという証拠が明らかになっている。今日の雇用主は、トロンボーンやフットボールで学んだソフトスキルに対して、より多くの給料を払うだろう。課外活動は楽しいという点も特に良く、特効薬といえる。

だが現在のポートクリントンでは、課外活動をやりたければ、親は年間およそ800ドル(約9万円)を払う必要がある。もしあなたの年収が50万ドル(5600万円)あれば、800ドルははした金だろう。だが年収が15000ドル(約170万円)の人にとっては、大きな金額だ。だからこそ、私は本の中で読者に、地元の教育委員会を訪ね、「課外活動のお金を取るのをやめてくれ」と言ってほしいと呼びかけた。

裕福な子どもと貧しい子どもの格差の大半は、学校に入学する前に形作られる。学校はテストがあるので、問題が顕在化される。だが、学校で見えるものは、問題の根源ではない。私が望む解決策は、全国共通の、質の高い幼児学習で、より深い問題の根を取り除くことだ。

米国がいま直面する最も重要な問題は、政策というよりも、この問題に対処する政治的意志をどう作り上げるかということだ。なぜなら、現時点では誰もこの問題に対応していない。私は、解決策は脱中央集権的な手法で見つける必要があると考えている。首都ワシントンではなく、州などローカルレベルで見つけるべきだ。なぜなら、ワシントンは分断がひどすぎる。地域のコミュニティーの普通の市民が集まって、解決策を見つける必要があるだろう。米国で100年前に公立高校制度が作られた時もそうだった。ボトムアップから生まれた。ハーバードの教授たちでなく、普通の人々から出てきたアイデアだ。

■日本への助言

――日本に暮らす外国人が増えている一方で、長期をみすえた明確な移民政策が日本にはありません。日本の状況をどうみますか?

私は日本人ではない。日本の状況はあまり精通しておらず、他国についてコメントするのはいつも気が進まないが、答えてみよう。私は米国で過去15年間、運転手が移民でないタクシーに乗ったことがない。ニューヨーク、ワシントン、ボストン、クリーブランドでも、100%運転手は移民だ。だが、日本では今回20回ほどタクシーに乗ったが、外国人の運転手は一人もいなかった。運転手はほとんどすべて中年の日本人の男性だった。日本もより多様になっていることは確かだろうが、まだタクシーには届いていない。そうした単純な見方でいえば、日本が他の先進国の水準の多様性や移民環境に達するには長い道のりがある。

日本は素晴らしい国だと思う。だが、あなた方のアキレス腱は、移民社会ではないという事実だ。この国は他の国と比べると、とても同質性が高い社会だ。ここにジレンマがある。移民社会になろうとすると問題は生じる。短期的には、急速な移民の受け入れは(人々のつながりや絆の度合いを示す)「社会関係資本(social capital)」に打撃を与える。これこそが、日本の人々が移民政策に反発する理由だ。

だが、長期的には、移民社会には大きな利点がある。米国の最も大事な資産は、我々が多様性に富む移民社会であることだ。もちろん我々も完全ではなく、だからこそ私たちはいま移民問題で闘っているのだが、我々は同質性の高い社会よりも移民問題にうまく対処してきた。

私たちの歴史では、移民社会になる過程をどう乗り越え、恩恵を受けることができるかを学んできた。日本が移民社会になるとすれば、様々な問題が生じるだろう。だが、私の意見を言えば、移民社会でないということが、日本にとって年を追うごとに危険になってくる。

日本の人口の年齢構成をみればそれは明らかだ。現代国家はおしなべて、出生率の低下と高齢化に直面しているが、日本は相当悪い状況にある。だれが、あなたの将来の年金を支払うのか?日本には十分な数の子どもがいない。これは大きな問題だ。もし私が日本に暮らしていたら、真剣に心配するだろう。正直、私なら北朝鮮の核問題よりも、この問題を心配していると思う。

一時的に外国人を受け入れる制度を、日本も試すことはできるだろう。だが、その手法はドイツで試され、大失敗に終わった。そうした人々は、日本経済にとっての重要性が増しているが、日本に出たり入ったりして、社会に受け入れられない。そういう形の外国人の階層を確保できると考えるのなら、最悪の状況になるだろう。移民社会が成功するには、(「私(I)」でなく)「私たち(We)」という感覚を養い、元々住んでいた人にとどまらない国民全体としてのアイデンティティーを創造することを学ばなければならない。これは簡単な作業ではないが、長期的に考えれば他の手法よりいいはずだ。もう一度言うが、私は日本人ではない。これらのリスクをどうバランスさせていくかを決めるのは、日本人自身だ。

■英語版記事はこちら Under Surface, Middle-Aged Women Push Anti-Trump Movement in U.S.