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もう一つのワールドカップ

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2016年の決勝戦でアブハジアを応援する地元ファン=2016年6月5日、Dmitry Kostyukov/©2018 The New York Times
2016年の決勝戦でアブハジアを応援する地元ファン=2016年6月5日、Dmitry Kostyukov/©2018 The New York Times

サッカーのワールドカップ(W)ロシア大会に先立って、ロンドンで「もう一つのワールドカップ」が開かれた。外交的にもスポーツの世界でも国際的にほとんど認められていない国や地域、民族などの集団から16のサッカーチームが出場、国境を超えた熱戦を繰り広げた。
チベット、タミル・イーラム、カスカディア、マタベレランド……。いずれも国際サッカー連盟(FIFA)W杯への参加が認められていないチーム。だが、このもう一つのワールドカップに参加することで、「私たちの存在と大義が国際的に認められることにつながる」とファーハット・メヘンニ(訳注=名前は英語読み、以下一部を除き同じ)は言った。肩書はアルジェリアアトラスの山岳地域にあるカビリア臨時政府の大統領である。
メヘンニはフランスに亡命中だ。電話で話を聞くと、カビリアのチーム「カビルス」のメンバーや家族は、出場に当たってアルジェリア当局からさまざまな脅しを受けた、と言った。

もう一つのワールドカップを運営するのはConfederation of Independent Football Associations(独立サッカー連盟、CONIFA)。大会はトーナメントで行われ、今回で3回目となった。
同連盟の会長ペール・アンデルス・ブランドは、政治ではなく試合に注目してほしい、と言った。しかし、その一方でブランドは、多くの選手やファンの出身地は厳しい国家支配下に置かれており、彼らは大会を通じて国際的な承認を訴えている、とも述べ、政治的な側面を否定しなかった。それどころか、ブランドは「もちろん、我々は議論を巻き起こそうとしている」と言明、「我々は狂った負け犬だ」とも言った。

今回2018年のCONIFAワールドカップ第3回大会は、ロンドン南東部の小規模なサッカー場など数カ所で行われた。スポンサーは英国の老舗ブックメーカーのパディーパワー。前回16年大会のスポンサーだったアブハジアの漁業関連実業者連合に比べ、よりふさわしいスポンサーといえるだろう。
CONIFAの加盟メンバーは現在47。イラク・クルディスタンのように自治政府が機能している地域からロマ人や在日コリアンなど差別と闘っている団体までさまざまだ。グリーンランドも加盟している。デルビデック(セルビアのハンガリー系住民)、バラワ(ソマリア南部)、ウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」といった地域、民族集団もいる。メンバーの一つ、カスカディアは米国北西部の太平洋岸とカナダの一部を含んだ地域で提唱されてきた仮想国家。タミル・イーラムはスリランカでタミル人が多くを占める地域。マタベレランドはジンバブエにある地域だ。

1回大会は14年、スウェーデン北部の町エステルスンドで開かれた。CONIFA会長のブランドが先住民族のサーミ人で、トナカイを遊牧している彼の一家もエステルランドの近くに住んでいる。
当時は組織も貧弱で、ブランド自らボールに空気を入れ、試合の審判をつとめ、選手が負傷すると付き添って病院に運んだ。

しかし、16年の大会は一変した。ジョージア(グルジア)の分離独立派地域のアブハジア共和国が会場となり、アブハジア側がぜいたくなおもてなしで大会を盛り上げたのだ。同共和国はロシアのほか、数カ国が独立を承認しているに過ぎない。そのため、アブハジアとしては大会を通して独立国家であることを世界に訴える重要なイベントだった。
大会のために、共和国首都のスフミに新しいスタジアムが建設された。約7千人を収容できるスタジアムは、地元チームが試合をするたびに満員のファンで盛り上がった。
試合では、その声援に応えるように、アブハジアが決勝に進み、パンジャブ(訳注=インド北西部からパキスタン北東部にまたがる地域)のチームと対戦。PK戦の末、優勝を勝ち取った。
アブハジア共和国大統領のラウル・ハジンバは、優勝祝賀会の席上、「我々のサッカーチームの輝かしい優勝は、アブハジアの歴史に黄金のページを記すものとなった」とたたえ、選手たちに名誉の称号を授与した。

今回18年の大会は531日、ロンドンのブロムリーFCのホームスタジアムで開幕した。会場は、祖国や先住の地を追われた人びとに加え、国際政治に関心のある人たち、それに地元のサッカーファンも集まって、応援合戦を繰り広げた。
大会のホストチームは、ソマリア南部の港町の名前にちなんだバラワFC。バラワはソマリア内戦でイスラム武装集団シャバブに占領されていたが、最近、政府軍が奪い返した。チームの大半は英国に逃れたソマリ人で編成された。
大会では、前回チャンピオンのアブハジアが早々と敗退した。それでも大統領ハジンバは、チームが参加したことに意義があると強調して、「選手たちにとって貴重な体験であり、国際的な試合に参加できたのは良い機会だった」と言った。
アブハジアのミッドフィールダー(MF)、アレクサンドル・コゴニア(22)は大会が行われるようになってからファンが増えており、ロンドンでプレーすればもっと関心が広がる、と語った。

「ここにいることは、自分だけでなく我々全体にとって非常に重要なのだ。なぜなら英国は非常に大きな国で、テレビも雑誌も、人びともいっぱいいるからだ」。コゴニアはそう言った。
アブハジア出身のボリス・アドレイバ(25)はモスクワで勉強中の学生だが、チームを応援するためにロンドンに飛んできたという。「こうした大会は、ひどい国際環境の中で孤立させられている私たちの国や文化を世界に注目してもらう上で絶好の機会だ」とアドレイバ。
決勝戦は69日夕方に行われ、ウクライナ西部に住むハンガリー語族のカルパチアと、トルコだけが国家承認している北キプロスのチームが対戦。00で引き分け、PK戦の末、カルパチアが優勝した。
この日は、決勝戦の前にアブハジア対カビリアの9位決定戦も行われ、アブハジアが20で勝った。それでも、モスクワから駆けつけたアドレイバの脳裏には、やはり16年大会での優勝が今も焼き付いている。「アブハジアの人びとにとって、16年のワールドカップは1992年以来、最高に幸せな出来事だった」とアドレイバは言った。92年はアブハジアが独立を宣言し、ジョージア政府との戦闘が始まった年である。(抄訳)

(Richard Martyn Hemphill) © 2018 The New York Times

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