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「戦略」から見る西野ジャパンと国際政治

国際ニュースの補助線 更新日: 公開日:
サッカーW杯ロシア大会の対ポーランド戦で試合を見守る西野朗監督=ロイター

ロシアで行われているサッカーのワールドカップ(W杯)で日本は残念ながら決勝トーナメント一回戦でベルギーに敗れ、姿を消したが、その決勝トーナメント進出を賭けた一次リーグ最終戦のポーランド戦、特に残り10分の日本のプレーに関して、日本国内はもとより世界的な議論が巻き起こった。

日本は勝ち点4を持ち、ポーランドに0-1でリードを許している状態で、同時刻に開催されているコロンビア対セネガルの試合において、コロンビアが1-0でリードしている状態であった。このまま行けば、コロンビアが勝ち点6で一位、日本とセネガルが勝ち点4で二位を争うという状態であった。日本とセネガルは得失点差、総得点、同一チームの直接対決が引き分けでありフェアプレーポイント(FPP)の差で日本は上位に立つため、残り10分で得点も失点もせず、警告も受けずにこのままの状態を維持することを選択した。それは、一部で「無気力試合」と揶揄されるほどの戦意のない戦い方を意味しており、多くの批判を呼ぶこととなった。

本記事は『国際ニュースの補助線』という枠に収められているので、この西野ジャパンの選択を国際関係を理解するための「補助線」として見立てつつ、ポーランド戦の判断をどう見たら良いかを考えてみたい。

 西野ジャパンの「戦略」

国際政治でもサッカーでもよく使われる言葉として「戦略」がある。「戦略」とは、様々な定義があり得るが、大きく括れば「目的を実現するために手段を選択し、長期的な視野で資源や能力を合理的に運用すること」と言える。

西野監督が行ったことは、一次リーグを突破し、決勝トーナメントで勝ち、ベスト8以上(望むらくは優勝)を獲得することという目的に対し、それを実現するための「戦略」として、失点をすることなくFPPの優位を維持し、セネガルを上回ってH2位で決勝トーナメントに進出する、という戦略であった。そのための「戦術」として長谷部を送り込み、警告を得ないことを伝え、失点しないようパス回しをすることであった。

西野監督の戦略が成功するためには、同時に(1)ポーランドが1-0での勝利で満足し、追加点を求めてこないこと、(2)セネガルが得点しないこと、という条件がついていた。この2点において西野監督は確信があったかどうかわからないが、それらが実現すると読んで賭けに出た。戦略は結果的に成功し、それを成功させるための戦術も適切だったと言える。

 米朝交渉に見る「戦略」

では、国際政治において「戦略」はどのように表現されるのだろうか。一つの事例として米朝首脳会談を挟む北朝鮮の核問題を巡る両者の交渉を見てみよう。

アメリカの戦略的目標は公式には北朝鮮の「完全な検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」とされていた。その目標を実現するために、中国との協調を通じて制裁を強化し、米韓合同軍事演習などの軍事的な圧力も高めて北朝鮮を交渉の場に引き出し、CVIDを実現するというのが「戦略」として提示されていた。

しかし、その結果得られたものは、査察や検証を伴わない「完全な非核化(complete denuclearization)」だけで、米国の戦略的目標は達成されなかった。しかし、トランプ大統領は「核・ミサイル実験を8ヶ月も行っていない」ことをもって「非核化はもう始まっている」とし、米朝関係は良好であると評価している。

これはアメリカの戦略的目標が実はCVIDに基づく非核化ではなく、アメリカ本土への脅威となる北朝鮮のミサイル発射を行わないこと、中国との摩擦を避けることに設定されていることを示唆する。「戦略」としては北朝鮮の事実上の核保有を認め、中国の事実上の制裁解除を容認しつつ、CVIDを目標として降ろしたわけではないと言明することで日本と世界に向けて安心を供与するというものなのではないかと疑わせる。内容は乏しくとも「非核化」の文字が入った共同声明を採択することで日本と世界に向けては、非核化を目指す姿勢は続けているというポーズを示したと言える。

 ポーズに騙されず「戦略」を見よ

西野ジャパンのプレーを評価するにせよ、米朝交渉を見るにせよ、重要なのは「何を選択したか」を見て、その戦略的意図を見ることである。西野ジャパンはポーランド戦の最後の10分は戦略的な成功を収めたが、日本サッカー協会全体で見ればW杯直前の監督交代、23人の選手選抜、ポーランド戦で6人の初先発起用など、戦略的に疑問が残るところは多々ある。また、ベルギー戦でも最後のアディッショナルタイムで3点目を狙いに行くという選択が戦略的に正しかったのかにも疑問は残るだろう。

同様に、アメリカの戦略的目標をCVIDに基づく非核化とみると戦略的意図を見誤る。アメリカが選択してきたことは、事実上の核保有国となった北朝鮮との平和共存を目指す戦略そのものである。スポーツの世界と異なり、勝ち負けの基準が戦略的目標設定で変動しうる国際政治においては、「何を選択したのか」を見て、戦略的目標設定を読み解き、そこで勝ち負けを見極める必要がある。アメリカが核を持つ北朝鮮と平和共存を選択した時、日本はどのような戦略的目標を設定し、どのような戦略を持ちうるのか考える必要がある。