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サッカー繁栄を続けるためのFIFAの戦略

World Now
photo:Yagi Takaharu

女子もゲームもビーチも

芝生の上には、アメフト用のラインの跡がくっきり残っていた。4月中旬、米国の女子プロサッカーリーグのシーズン開幕戦。米北西部の都市シアトルの曇りがちな空はこの日、青く広かった。

後半、ピッチに日本人選手が立った。日本代表MF、川澄奈穂美(28)だ。所属するINAC神戸から8月までのレンタル移籍でシアトル・レインFCに合流したばかり。ドリブル突破とパスで相手守備を崩し、攻撃にリズムを加えた。チームは3-0で快勝した。

「女子のサッカー人口を拡大する」。サッカーのさらなる普及のために、FIFAが挑む課題だ。あるFIFA関係者は「サッカーをしていた女性が母親になれば、その子どもにも勧めるようになり、自然な広がりが生まれる」と期待する。FIFAは1991年から男子と同じく女子W杯を開き、指導者の育成や各国大会の運営協力など11の支援策を生みだした。2013年に加盟209協会に配った経済支援5400万ドル(約54億円)の2割近くは女子に向けられた。

川澄は「プロとして印象に残るプレーをして、子どもたちが憧れる選手になりたい」と語る/photo:Nishihara Shiro

米国は、FIFAの努力が結実した国の一つだ。06年のFIFA調査では、米国サッカー協会に登録している女子選手は167万人で世界最多。米国女子代表チームは、12年ロンドン五輪で日本を破り、金メダルに輝いた。

新しい女子プロリーグができたのは昨年だ。実は過去に2回、経営難で解散に追い込まれたが、米国サッカー協会は長期的に選手を育てるには、やはりプロリーグが必要と判断した。FIFAの知恵を借り、リーグでプレーする代表選手の年俸を協会が負担する仕組みを導入して3度目の新リーグ発足にこぎつけた。

川澄が移籍したレインFCはリーグ発足とともに生まれた。米国代表ゴールキーパーのホープ・ソロら人気選手を擁するが、昨季の成績は8チーム中7位に沈んだ。平均観客数も2306人でリーグ6位だった。

photo:Yoshida Junya

リーグの選手たちの多くが年俸200万円未満とされる。ホストファミリー宅に下宿し、少年チームの指導などアルバイトもしてなんとか生活する日々だ。

それでもプロ意識を高く保ち、地域との結びつきも大事にする。開幕戦後、選手たちは30分にわたり、観客席からサインをせがむ子どもたちに応えた。ウェブ関連会社を経営するオーナーのビル・プレッドモアは「野球やアメフトに次ぎ、スポーツ観戦好きの市民に足を向けてもらえるよう努力したい」と話す。

FIFAがサッカーのさらなる普及のために、力を入れるのは女子サッカーだけではない。豊富な資金を元手に、1989年には室内向け5人制サッカーの「フットサル」で、2005年には砂浜で行う「ビーチサッカー」でFIFA主催のW杯を始めた。極めつきはテレビゲームだ。

バスケットボールやアメフトのゲーム制作に実績のある米ゲーム会社エレクトロニック・アーツは1993年、サッカーゲーム「FIFA」を発売した。FIFAが主催大会の参加選手をゲームに登場させることを認めているから、本番同様に再現できるのが強みだ。リアルな動きも特徴で、ネット上で仲間とチームを組んだり、他国に住む人と対戦できたりする。スポーツゲームの中でも屈指の人気を誇る。

この盛り上がりに目を付けたFIFAは、サッカーファンを増やす間口が広がる好機と踏んで、2004年からこのゲームを使って「インタラクティブW杯」と呼ぶ世界大会を主催している。今年はW杯期間中のブラジルで本戦がある予定だ。

千葉県柏市の嵯峨野昴(26)は予選に参加した一人。本格的なサッカー経験はないが、「選手がたくさんのパスをつなげ、相手の守備をかいくぐってようやく得点につながる。1点に重みがあるから、ゴールした時に熱くなれる」とサッカーの魅力を話す。ゲームをきっかけに知り合った仲間たちと最近、フットサルをするようになった。

(和気真也)
(文中敬称略)

デモが続くサッカー王国

「政府がW杯にお金をこんなにつぎ込むのはおかしい」。そんな声が聞こえてくる/photo:Iwata Seiji

ブラジル最大都市のサンパウロ。3月27日夜、数千人のデモ隊がビジネス街を貫くパウリスタ大通りを練り歩いた。W杯開幕まで約2カ月に迫っても「開催反対」を訴える声はやまない。「W杯のためにつくられたスタジアムに行けるのは一握りの人だけだ」。全国に次々と建設された巨大な新スタジアムを目の当たりにした国民には、FIFAは巨額の負担を強要し、金もうけを図る利己的な組織に映る。

盛り上がったのは昨年6月、ブラジルに各大陸王者が集うコンフェデレーションズ杯の最中だった。首都のスタジアム近くで「大会はだれのために?」などと書いたプラカードを掲げ、数百人が行進した。デモは1週間のうちに約80都市に広がり、19万人以上が参加した。

FIFA事務総長のバルクは「デモの影響はなかった」とコンフェデ杯後に総括し、会長のブラッターも、「W杯が始まれば、だれもサッカーを傷つけたいとは思わないだろう」と楽観的に述べた。ところが、今年に入ってもデモは続発し、たびたび暴徒化している。

ブラジルW杯に対する批判の先頭にいる一人が、ほかならぬブラジルサッカー出身のロマリオ(48)だ。代表チームでFWだった彼は、1994年W杯で最優秀選手に輝き、ブラジルの優勝に貢献したスーパースターだ。引退後、政治家に転身し、2010年に下院議員になった。リオデジャネイロのスラム街で生まれ育った生い立ちもあり、政府やサッカー界の腐敗をたたいてきた。

禍根残したアベランジェ

彼の毒舌は容赦ない。3月にブラジルのテレビ番組に電話出演して機関銃のように言葉を浴びせた。「今後も予想外の経費を使うだろう。工事が遅れ、緊急処置として入札無しで工事を進める。20でできるものを60かかると言って」

一方、ロマリオと対極の立場にいるのが、同じくスター選手だったロナウドだ。「怪物」と呼ばれ、02年W杯優勝の立役者だった彼はいま、W杯組織委員会のメンバーに名を連ねる。3月27日にあった記者会見で、ロマリオへの見解を問われたロナウドは、表情を変えずにただ淡々と答えた。「彼に対して言うことは何もない。いま彼は政治家で、彼には彼の見方があるだけだ」

ブラジルはサッカー王国と言われる。すべてのW杯に出場した唯一の国で、優勝回数は最多の5回。芸術的なサッカーで尊敬を集め、ペレやジーコ、ロナウジーニョら世界的なスター選手が数多く輩出してきた。

しかし、アマゾンの奥地にスタジアムをつくりながら、今後の利用計画をはっきりさせられないでいる政府にも不満はつのる。中間層が増え、人々の関心は教育や医療に移った。「ブラジルはもはやサッカーとカーニバルの国ではないという意識が広がっている」と元リオデジャネイロ連邦大学教授で社会学者のベルナルド・ソルジは語る。

ここに来て、サッカーファンの不満が爆発しているのは、FIFAで24年間会長の座にいたアベランジェがブラジル人だからだ。そして、少し前までブラジル大会の組織委員会を仕切っていたトップとともに、巨額の資金で私腹を肥やすスキャンダルの事実関係を明らかにしないまま表舞台から去ったからでもある。

1950年以来の自国開催。サッカー王国の悩みは尽きない。
(柴田真宏)
(文中敬称略)

ピッチの外でもフェアプレーを/稲垣康介(編集委員)

少年時代、W杯には夢中になっても、FIFAなんて意識しなかった。無邪気にアルゼンチン代表のマラドーナらの創造性あふれる技巧に心を奪われていた。

スポーツ記者になり、取材対象として初めてFIFAを意識するようになった1996年5月は、ほろ苦い記憶とともにある。

2002年W杯招致で、日本はアベランジェ会長を後ろ盾に支持を訴えたが、会長と敵対する欧州の理事を味方につけた韓国との共催に持ち込まれた。「一国開催」の前提が覆され、負けに等しい引き分けに感じた。新米記者の私に「理不尽なFIFA」というイメージができあがった。

のちに、日本のサッカージャーナリストの草分け、賀川浩(89)に、こう諭された。「FIFAはサッカーを世界で盛んにするのが目的の組織だから、東アジアの2カ国がいがみあうくらいなら共催にすればいい、となるのは自然な流れ」

たしかに、FIFAは前例や常識にとらわれない。1994年米国W杯ではニューヨークでの試合を実現するために、規定より幅の狭いアメリカンフットボール仕様のスタジアムを容認した。五輪に先駆け、アフリカでW杯を開く英断もした。

FIFA本部を訪ね、職員と雑談していると、仕事で携わる競技への純粋な情熱やプライドが伝わってくる。それだけに過去3年余りで理事の3分の1近くが失脚していった上層部の腐敗は、嘆かわしくなる。W杯の商業価値に目覚めたFIFAは、テレビ局から巨額の放映権料を吸い上げ、グローバル企業から協賛金をかき集めるようになった。急に羽振りが良くなったことで、甘い汁に群がる不届き者の理事が相次いだ。

おきゅうを据えるチェック機能は働きにくい。アディダス、コカ・コーラ、VISAカードなどが協賛を打ち切れば、ライバル企業が喜んで名乗りを上げるだろう。理事の腐敗に怒る世界中のサッカーファンが一致団結してスポンサー企業の不買運動を起こすとも考えにくい。

繁栄に陰りの兆しは見えない。FIFAで放映権交渉を手がける新井秀範は「サッカー熱が高まっている北米、オセアニアや新興市場の中東、アフリカは、今後も放映権料アップが期待できる」と読む。

さらなる収入アップが見込めるから、未開拓の国々や分野に裾野を広げる「布教活動」の軍資金も増えつづける。東日本大震災の復興支援で被災地に5億円を超す支援金を贈る余裕がある国際スポーツ団体は、ほかにはない。「信者」はさらに増えていく。

「世界で最も人気があるスポーツ」というサッカーの地位も不動だろう。その魅力はシンプルさにある。高額な道具や施設はいらない。ボール一つあれば、たとえ裸足でも楽しめる。ルールは明快だ。

国家の経済力が代表チームの強さのバロメーターにならないから、地球規模のファンをつかみやすい。

五輪の場合、12年ロンドン五輪のメダル獲得上位8傑のうち7カ国は国内総生産(GDP)のトップ10の国が占めた。4月のFIFAの世界ランキング上位10傑のうちGDPのトップ10はドイツ、ブラジル、イタリアの3カ国だけ。米国、中国、日本というトップ3の姿はない。

32カ国の国民が「我らの代表チーム」に夢と希望を託す祭典が、ブラジルでもうすぐ幕を開ける。

ピッチで尊ばれるのはフェアプレー。理事のスキャンダルでイエローカード、レッドカードが乱れ飛ぶ光景は、ルールの下でしのぎを削る選手たちに失礼だ。

(文中敬称略)

取材にあたった記者たち

稲垣康介(いながき・こうすけ)
1968年生まれ。欧州総局などをへて、編集委員。W杯の一番古い記憶は
アルゼンチンが開催国優勝した1978年大会。芝を埋めた歓喜の紙吹雪は忘れられない。

柴田真宏(しばた・まさひろ)
1970年生まれ。大分支局、スポーツ部などをへて、昨年9月からブラジル・リオデジャネイロ支局長。6月から始まるW杯は、ドイツの4回目の優勝を予想。

和気真也(わけ・しんや)
1979年生まれ。経済部、デジタル編集部などをへて、GLOBE記者。学生時代から楽しむフットサルを今もたまにする。最近、イメージに体がついていけない。