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サッカー界に君臨した権力者の歩み FIFA会長物語

World Now
1998年、会長選で初当選が決まった直後のブラッター会長。アフリカ勢の支持のおかげで勝利を手にした /photo:Reuters

W杯とサイフを握る40年目の男

FIFAワールドカップ(W杯)の開幕を6月に控えるブラジルは、スタジアム建設が間に合うか、不安が尽きない。国際サッカー連盟(FIFA)会長のゼップ・ブラッター(78)は4月、ブラジル大統領のジルマ・ルセフを電話で励ました。「史上最高のW杯になると確信している」


FIFAは非営利団体でありながら、蓄えの増え方がすごい。ブラッターが会長に就任した1998年に44億円だったのが、2013年には1432億円まで積み上がった。2010年南アフリカ大会決勝は10億人を超す人々がテレビで楽しみ、12年ロンドン五輪開会式の9億人を上回ったとされる。収入の9割近くを「世界最大のスポーツイベント」と評されるW杯関連で稼ぐ。

W杯が「カネのなる木」として急成長していく軌跡は、会長ブラッターが権力者としての地位を盤石にしていく過程と重なりあう。

12歳からホテルでバイト

故郷フィスプに帰省したときに過ごすアパートは、広場hの一角にあった/photo:Inagaki Kousuke

雪化粧したアルプスが目の前にそびえていた。スイス・チューリヒから特急列車で2時間。氷河観光の起点となる人口7000の町フィスプを3月末に訪れた。ここがブラッターの故郷だ。

ホテルのフロントが「彼は週末になると、時折帰省してくる。娘さんとお孫さんに会うのが楽しみみたい」と教えてくれた。住まいは、駅から歩いて5分足らず。広場の一角にある4階建てのアパートの最上階にあった。高級時計を集めるのが趣味で、南仏に豪華な別荘を所有しているという話を聞いたことがあった。豪邸をイメージしていたので、正直面食らう。

FIFA取材歴が長い南ドイツ新聞記者、トーマス・キストナーによると「父が地元の化学工場に勤める一家は裕福ではなかった。ブラッターは12歳からホテルでバイトし、電話番、給仕、靴磨き、経理などをした」。如才のなさ、立身出世の野心はこうした環境で養われた。町はドイツ語圏だが、大学で経済学を専攻したローザンヌはフランス語圏。英語、スペイン語、イタリア語も堪能だ。

人生の転機は1972年に訪れる。時計メーカー、ロンジンの広報担当としてミュンヘン五輪に携わっていたころ、当時のアディダスの社長ホルスト・ダスラーと出会う。アディダスを世界屈指のスポーツ用品メーカーに押し上げたダスラーは、FIFAに食い込めば、さらに販路を拡大できると踏んだ。74年に会長に就任したブラジル人のジョアン・アベランジェに取り入る。ダスラーの仲介でブラッターは翌75年、FIFAに送り込まれた。「競技普及部長」の肩書が与えられた。

ブラッターは新天地で着々と地歩を固めた。FIFA事務総長の娘と結婚したのもステップアップにつながった。この義父がアベランジェの金満主義に抵抗して81年に追い出されると、代わりにナンバー2に昇格した。

翌82年、アディダスが日本の電通と資本金を折半してスポーツマーケティング会社ISLを設立し、この会社がFIFAのマーケティング権を一手に担うようになる。ブラッターはダスラーと同じ1936年生まれだが、その関係は師匠と弟子のようなものだった。「スポーツ界の政治はダスラーから学んだ」とブラッターは述懐している。

上司であるアベランジェは欧州出身者以外で初めてFIFAの会長になった。権力の源泉は、アジア、アフリカなど「サッカー新興国」の支持だった。理事会は欧州勢が約3分の1を占める一方、会長選挙の投票権は「1国1票」で世界各国の協会にある。

「有権者」に便宜を図ることで会長の求心力は高まる。ブラッターは、W杯の出場枠を16から24チームへ、さらに32チームへと拡大することで支持基盤を固めるボスの手法を学んだ。

「私は独裁者ではない」

1998年、欧州サッカー連盟会長を破り、8代目会長の座を射止める。スイス人ながら、アベランジェ直系の後継者だけに、支持母体はアフリカやアメリカ大陸など欧州以外の協会が中心だった。

FIFAの財政構造はこのころから劇的に変わる。98年W杯までは、サッカーファンを増やすのを優先し、放映権は公共放送に割安で売っていた。それを2002年W杯から競争入札に切り替えた。すでに、衛星放送の普及で欧州の主要リーグの放映権料が急騰していた時代。入札額は13億スイスフラン(約1500億円)と98年大会の約10倍に跳ね上がった。

実入りが膨らめば、使える資金も増える。ブラッターは99年、世界各国の協会に資金を援助する「ゴールプログラム」を創設する。最初の4年間だけで117協会に計115億円を配った。

W杯のあり方も変えた。会長選で支持してくれたアフリカへの恩義から、10年大会をアフリカ大陸で開くために「大陸巡回方式」を導入した。14年大会はローテーションで南米開催を確約し、「無風」でブラジルが選ばれた。この方式なら、次は北中米・カリブ海の番だったが、あっさり廃止した。今度は2大会を一括で選ぶ方法を採用し、18年は旧共産圏初開催となるロシア、22年はイスラム圏初の中東カタールに決まった。

女子の競技人口増に力を入れ、室内の5人制サッカーのフットサル、裸足で競うビーチサッカー、さらにテレビゲームにまで「W杯」の称号を授けた。

これらの戦略は、サッカーの裾野を広げるという目的とともに、会長の座を安泰にする仕掛けでもあった。FIFAに潤沢なお金が流れ込む仕組みを整えたことで、ブラッターはFIFAのお金を気前よく配れる。

朝令暮改はいとわないし、冷酷な一面ものぞく。2001年に取引先のISLが破綻して巨額の損失をだしたピンチでは、銀行出身の財務部長の才覚で切り抜けた。功績に報い、事務総長に昇格させたのに、財政が軌道に乗ると、お払い箱にした。

FIFAに入って40年目。余生に興味はないようだ。今年2月、「健康だし、引退する理由がない」と続投に意欲をみせた。定年制、多選禁止の導入には「差別的だ」と異を唱える。

ブラッターはいう。

「私はサッカーの奉仕者であり、独裁者ではない」

来年5選を果たせば、任期を終えるころは83歳。史上最高齢の会長になる。
(稲垣康介)
(文中敬称略)

3年余りで3分の1が失脚

FIFA理事会の顔ぶれは、この3年間で相当変わった/photo:AP

FIFAの中枢機関は25人で構成する理事会だ。なかでも、理事の秘密投票で決めるW杯の開催国選びは、語り草になるドラマがいくつもある。

2002年W杯は会長派と反会長派の権力闘争の末、日韓共催となった。06年W杯の招致争いの決選投票では、ドイツが1票差で南アフリカを破った。この時、オセアニアサッカー連盟のデンプシー理事(ニュージーランド)は、両陣営から脅迫まがいの投票依頼を受けてノイローゼ気味になり、棄権したとされる。

スキャンダルの宝庫でもある。18年ロシア、22年カタールが決まった10年の理事会の前には、英メディアのおとり取材にひっかかって買収疑惑が明るみに出た。FIFA倫理委員会がアダム理事(ナイジェリア)を3年間、テマリー副会長(タヒチ)を1年間の活動停止にした。

最近も、22年カタールW杯の招致に絡み、ワーナー元副会長(トリニダード・トバゴ)と家族が、カタールの関係者から約200万ドルを受け取っていたと英紙が報じた。そもそも、W杯が開かれる夏に中東の酷暑のもとで大会を開くのは非現実的だという指摘は以前からあった。そのため、一部の理事が天然ガスで潤沢な資金を用意できるカタール側に買収されたのではないかと臆測を呼び、「カタールゲート」という言葉も登場した。

結局、カタールに決まったときの理事24人のうち、3分の1近くの7人が汚職を追及されて辞任、もしくは退任に追い込まれた。こうしたスキャンダルを受け、26年W杯の開催国選びは理事会で3カ国までに絞り、そこから全209協会が1票ずつ投じる形に変わる。

会長選で現金、でも「罪とは思わない」

本部は2006年に今の場所に移った/photo:Inagaki Kousuke

会長の座を巡る権力闘争も激しい。11年の会長選に立候補したハマム副会長(カタール)は、北中米・カリブ海連盟の会合に100万ドルの現金を持参し、4万ドルずつ包んで25人に渡したとして、追放になった。11年まで9年間FIFA理事だった小倉純二・日本サッカー協会名誉会長は「ハマムに、なんでカネを渡したのかと尋ねると、『欲しい人に渡すのは罪悪だとは思わない』という答えだった。もらう方も、相手が好意でしてくれるのに、なぜ断らないといけないの?という感覚だった。困ったことですけど」。

ブラッター最大のピンチは会長として迎える初めてのW杯を控えた2002年だった。「前会長への不可解な5万5000ドルの支払い」などをめぐり、側近である事務総長が、ブラッターの独断専行な組織運営を告発した。理事11人が会長を資金流用の疑いでスイス地検に告訴する事態に。副会長7人のうち5人から辞任を勧告されたが、会長選は圧勝し、支持基盤の強さを見せつけた。

理事会メンバー25人のうち、22人は欧州(定員7)、アジア(4)、アフリカ(4)、南米(3)、北中米・カリブ海(3)、オセアニア(1)の六つの大陸連盟の選挙で選ばれている。大陸枠とは別に、サッカー発祥の「母国」である英国4協会からも1枠ある。会長のほか、2013年からこれまで不在だった女性理事を全209協会が集う総会で1人選んだ。

フランス代表のスターだったミシェル・プラティニのような往年の名選手もいれば、ヨルダンの王子、元体育教師など、顔ぶれは多彩だ。25人のうち、パプアニューギニア、タイ、キプロス、ケイマン諸島、ブルンジなどW杯出場と縁がない国の出身者が8人いる。

英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語が公用語だ。
(稲垣康介)
(文中敬称略)

209協会が参加する「NPO」

FIFAはスイスの法律で認められた非営利団体(NPO)で、一番の使命はサッカーの普及だ。国際大会を開き、テレビの放映権料やスポンサー料で稼ぐ。選手を表彰したり、八百長や薬物使用に目を光らせたりもする。

加盟協会は、209にのぼる。国単位のほか、英国の一部であるスコットランドや、香港など地域単位でも認めているため、その数は国連の加盟国数193を上回る。

FIFA本部の職員数は現在401人。国籍別ではスイスが最多で、ドイツ、フランス、英国と続く。ただ1人の日本人、新井秀範は大手広告会社の電通から転職し、テレビ放映権の交渉などを手がけている。職員採用への応募は、ホームページで受け付けていて、専門性や語学力に加えて「チームワーク」なども求めている。

FIFAの最高議決機関は全加盟協会が集う総会だが、方向性は理事会が決める。理事会の決定を支える機関として財務や医療、女子サッカー、W杯組織など20を超える委員会がある。さらに、汚職や不正行為に対処するため、「懲罰」「倫理」「上訴」の3委員会も置かれている。

本部理事会の方針に沿って、プロリーグの運営や人材育成を担うのが、世界各地の加盟協会だ。日本では、日本サッカー協会が全日本選手権(天皇杯)を開いたり、傘下団体のJリーグを通じてプロ選手を支えたりしている。

協会は大陸ごとにまとまって連盟をつくり、地域の課題に取り組んでいる。日本サッカー協会は、マレーシア・クアラルンプールに事務局があるアジアサッカー連盟に所属し、アジアカップの開催や、サッカーのレベルアップに協力している。
(和気真也)
(文中敬称略)