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【後編】ペルーで見いだした児童福祉の理想 海外での挑戦が開いた自分の中の新しい扉

学生ライターが見た世界 更新日: 公開日:
旅行で訪れたペルー南部の観光都市クスコの街並み=ゆきさん提供
旅行で訪れたペルー南部の観光都市クスコの街並み=ゆきさん提供

南米ペルーの児童養護施設で国際協力機構(JICA)の海外協力隊員として活動したゆきさん(28)。後編では、ゆきさんが児童福祉を志した原点や、現地で気づいた「支援」をめぐる新たな視点に迫ります。活動中に取り組んだ通信制大学院での研究や、帰国後のいま見据える次の国際協力の舞台での挑戦――。試行錯誤を経たゆきさんが描く、理想の児童福祉の姿とは。

前編の記事は、こちらからお読みいただけます

ざっくり要点

1. アルバイトでの体験を機に、教員志望から児童福祉の道へ
2. ペルーで目の当たりにした「職員自身を大切にする明るい支援」に大きな衝撃
3. 協力隊と通信制大学院での研究を両立し、支援者を支える重要性を追究
4. 国連ボランティアへの挑戦や、日本で理想の福祉施設を作る夢を描く

体育教員志望から児童福祉司へ

ゆきさんは大学に入学後、体育教員を目指して教職課程を履修していた。しかし、教育実習の現場で、教員の仕事は自分には合わないと感じたという。

「体育の実習現場では、大人数にわかりやすく指示を出すために命令語を頻繁に使っていました。しかし、教員の立場であっても自分の意見が必ずしも正しいわけではありません。子どもたちの意見も聞きながら授業を一緒に作っていきたいと考えていた私は、命令語に違和感を覚えてしまいました」

そんなとき、児童福祉分野の関係者に「子どもが好きなら児童相談所でアルバイトをしてみたら?」と助言され、児童相談所に付属する一時保護所で働きはじめたことが進路を大きく変えた。

アルバイト初日、忘れられない出来事が起きた。一緒にご飯を食べようとした小学6年生の女の子が、感情を抑えきれない様子で食事を突然パーンとひっくり返して走り出していってしまったという。親からの虐待を受けた経験を持つ子どもだった。

その後、虐待を受けた子どもは感情のコントロールが苦手になることがあると学んだ。中学校での保健体育の教育実習を終えて間もない頃だったこともあり、「同じくらいの年代の子どもなのに、虐待がここまで人を変えてしまうのか」と衝撃を受けた。

同時に「児童虐待をもっと知りたい。虐待を受けた子どもたちをもっと理解したい」という思いも芽生えた。

児童福祉に携わろうと決めて、大学を卒業後は千葉県庁に就職した。大学在学中に精神保健福祉士の資格を取得していたことから、1年目から県内の児童相談所に配属された。研修を受けた2年目からは、児童福祉司としてのキャリアをスタートさせた。

「もともと、児童相談所の役割は子どもに関するあらゆる相談を受けることです。しかし、近年は児童虐待が最も重要視されていて、私が配属された時には約7〜8割の仕事が児童虐待への対応でした」

現場では同僚たちが激務による精神的ストレスで、次々と休職していた。「自分が辛くても子どものためにがんばる」という自己犠牲の価値観の中で、療養や退職に追い込まれる職員や自身の状態を見ているうちに、「支援者が自分自身を大切にできる環境でないと継続的な支援はできない」と考えるようになった。

日本の児童福祉をめぐる現状に限界を感じて進路を考え直したとき、JICAの海外協力隊に興味を持った。これまで興味がありながらも行動にまでは移せなかった海外での挑戦に心が動いたのは、異なる国の文化や価値観を通して新しい角度から児童福祉を見たいという思いだった。

「日本では自己犠牲の精神をはじめ、日本的な価値観や考えをベースとして児童福祉の取り組みが進められてきました。日本とは価値観が異なる海外に行けば、児童福祉の制度や問題を土台から考えることができると思いました。その中で、自分の経験を現場で生かすだけでなく深められると感じたのが、JICA海外協力隊でした」

母の日のイベントでは児童養護施設の女性職員を祝う時間があり、ダンスタイムには職員と子どもが一緒に踊りを楽しんだ=ぺルー南部タクナ、ゆきさん提供
母の日のイベントでは児童養護施設の女性職員を祝う時間があり、ダンスタイムには職員と子どもが一緒に踊りを楽しんだ=ぺルー南部タクナ、ゆきさん提供

表現を通じて「得意」を見つける子どもたち

派遣先になったペルー南部タクナの児童養護施設で活動を始めてまもなく、ゆきさんは虐待を受けた子どもたちの状況は日本とペルーで似ていると気づいたという。

日本でもペルーでも、親を信頼できる環境で育たなかったことで、人を信頼できず攻撃的になったり、幼いときに対人関係で愛着をうまく形成できなかったことが原因で他人と適切な距離感を取れなかったりする子どもたちがいた。

抱えている問題に共通点はあっても、日本とペルーの子どもたちが持つエネルギーには違いを感じたという。活動したペルーの児童施設では、子どもたちが表現活動に挑戦し、自分の「好き」や「得意」を柔軟に引き出す機会が用意されていた。そこで子どもたちが自分の得意な分野を見つける瞬間に何度も立ち会った。

「自分の内側に抱えているモヤモヤを閉じ込めずに何かしらの表現に昇華できたとき、そのモヤモヤが力になって外に向かう光になると知りました」

日本とペルーの子どもの間に感じたエネルギーの違いは、子どもの資質ではなく環境の違いなのではと感じている。

「日本では絵を描くときに画用紙を一枚渡されることが多いと思いますが、ペルーの児童養護施設では、真っ白い画用紙が貼られた寮の壁一面にいろんな画材で自由に描く。スケールの違いから心の広がりようが変わってくるのかもしれません」

ペルー南部タクナの位置=Googleマップより

ペルーで驚いた、支援者の明るさ

もう一つの大切な違いに気づかせてくれたのは、共に現場で働くペルー人の同僚たちだった。

「この人たちはどうしてこんなにも生き生きと働けるのだろうとすごく驚きました。支える側の職員が健康でエネルギーに満ちあふれていないと、子どもに何も与えられないし、子どもを包み込むこともできない」

精神的に追い込まれた職員の療養や退職が後を絶たない日本の児童養護施設と、職員が明るくエネルギッシュに働くペルーの児童養護施設。現地で活動を続けるうちに、その背景には「支援に対するマインド」の違いがあると考えるようになった。

日本では「自己犠牲の精神」から子ども第一で働くことが多かったが、ペルーでは職員が誕生日に休暇を取ることを認められていた。職員だけで食卓を囲んで朝食をとる時間もあり、クリスマスには子どもたちだけでなく、職員にもプレゼントが手渡された。

「職員がどれだけ大切にされているか身をもって感じられる時間がたくさんありました」

感情のケアだけでなく、「価値観を伝える」ことを重視するペルーの支援のあり方も日本の児童福祉を見つめ直すヒントになった。ペルーの施設では、月ごとに伝える価値観を定めた年間プログラムを職員が共有していた。たとえば「リスペクト(相手への敬意)」を伝える月には、「あなたがリスペクトを持つとみんなもリスペクトを持つ。あなたがリスペクトを持たなければ何が起こる?」などの問いかけを通じて、職員が子どもとの生活の中で意識的に声をかけ、社会に出ていくために必要な価値観を伝えていく。

「子どもの揺れ動く感情を受け止めてケアする日本の支援と比べて、価値観を伝えていくのであれば、職員個人の精神や健康の状態に支援の質があまり左右されないかもしれません」

ボランティアとして働いていた児童養護施設でクリスマスプレゼントを受け取るゆきさん=ペルー南部タクナ、ゆきさん提供
ボランティアとして働いていた児童養護施設でクリスマスプレゼントを受け取るゆきさん=ペルー南部タクナ、ゆきさん提供

ペルーの現場で働いた経験は、日本の児童福祉の良さを再認識する機会にもなった。日本では2024年に施行された改正児童福祉法で、児童養護施設や里親のもとで暮らす子どもへの支援について、22歳までとしてきた対象年齢の制限が撤廃された。今も18歳で施設を退所するケースが多いという指摘はあるが、個々の子どもの状況に合わせた支援への転換が進んでいる。

「近年は制度面の整備が進み、施設の設備の面でも、日本では基本的に子どもたち一人ひとりに個室が用意され、プライベートな空間が保障されています」

毎月ある児童養護施設のイベントで飾るポスターは毎回手作り=ペルー南部タクナ、ゆきさん提供
毎月ある児童養護施設のイベントで飾るポスターは毎回手作り=ペルー南部タクナ、ゆきさん提供

これからのキャリアを見据えて

ペルーでは、JICA海外協力隊の活動と並行して日本の通信制大学院でも学んだ。現地の児童養護施設でともに働いていた職員らを研究対象とし、子どもを支援する側に焦点を当てた「支援者支援」の研究に取り組んだ。

ボランティアとして働く協力隊には残業がなく、毎日18時頃には帰宅。その後の時間を課題やレポートにあてた。日本で働いていた頃と比べれば、スケジュールをうまく調整することで時間に余裕を持って過ごせたという。

協力隊の活動を終え、大学院も修了したゆきさんは、近い将来、再び海外でキャリアを積みたいと考えている。協力隊活動を通じて日本以外の視点を得られたことに、大きな意義を感じたからだという。次に目指すのは、国連ボランティアだ。

「ペルーで興味を持つようになった『支援者支援』や、それを実現するための組織づくりにUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などで携わりたいと考えています。秋からは語学スキルを上げるために短期的に海外に行こうと考えていて、今は学童で仕事をしながら渡航の準備をしています」

将来的に自身の経験を日本に還元したいというゆきさんには、一つの夢がある。

「いつか日本で児童福祉施設を運営したいです。子どもの問題に関心を持つ人はいても、児童福祉ってちょっとマイナーで、『憧れの職業』にはならないところがあります。でも、若い人たちも含め、職員自身が生き生きと長く働き続けられる職場を児童福祉の現場に絶対に作れると思っています」

日本の良さは残しつつ、海外の知見を取り入れて変えていく。ゆきさんと日本の児童福祉が今後、どのような道をたどるのか。その歩みに期待を込めて注目し続けたい。