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ニッポンの大転換 子どもを施設から家庭へ 産まなくても「親になる」という選択

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ロジャー・シングルトン卿
ロジャー・シングルトン卿

親と暮らせず、保護を必要とする子どもは日本に4万人以上。その8割以上が施設で暮らしています。2016年6月に改正された児童福祉法(*1)では、日本の児童養護の歴史で初めて、「施設から家庭へ」につながる政策の転換を打ち出しました。半世紀前、同様の歩みをたどったのが英国です。変革を担った英国最大規模のNPO「バーナードス」(*2)のロジャー・シングルトン元代表(*3)と、GLOBEで特別養子縁組の取材を続け、このほど『産まなくても、育てられます』(講談社)を出版したGLOBE副編集長の後藤絵里が対談しました。



後藤:日本では2016年、児童虐待を防ぐ目的で児童福祉法が改正され、生みの親のもとで暮らせず、保護を必要とする子どもの養育について、養子縁組や里親などの家庭養育を優先するよう明記されました。英国では半世紀前に、こうした「施設から家庭へ」の動きがあったそうですね。いつ、どんな背景でこうした動きが起きたのですか?

シングルトン卿: 1960年代、「バーナードス」は心理学者と共同で、生後数カ月で施設に入った子どものうち、のちに養子縁組されたり、生みの親のもとに戻ったりして家庭で育った子どもと、そのまま施設に残った子どもの発達度合いをさまざまな指標を使って調べました。その結果、家庭で育った子どもたちのほうが、養育者との間にしっかりした愛着を形成し、他人との関係を築けていることがわかりました。施設でも十分なケアがなされていましたが、家庭のように、特定の養育者と1対1の関係が築ける環境にはありませんでした。

研究結果を受けて、バーナードスは居住型施設の閉鎖を決めました。70年代に入り、25ほどあった乳児院を閉じることから始め、より年齢の高い子どもが暮らす施設へと移行していきました。100以上ある施設をなくすまで20年近くかかりました。

後藤:調査研究だけが変化の要因だったのですか?

シングルトン卿:施設での集団養育が幼い子どもの発達にどんな影響をもたらすか、エビデンスで示されたのは大きかったですが、背景には社会の変化もありました。

女性の社会進出が進み、家族の形態や生き方が多様化して、シングルマザーへの差別や偏見が解消してきたこと、福祉制度の充実で、独り親でも子どもを育てられる環境が整ってきたことで、みずから育てることを選ぶ女性が増えていました。

また、避妊ピルの普及で、乳児院に預けられる赤ちゃんの数も減っていました。一方で職員の人件費は上昇を続け、24時間体制の施設運営が厳しくなるという経済的側面もありました。

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ロジャー・シングルトン卿

後藤:とはいえ、すでにある施設を閉鎖することには、痛みもともないます。180度の方針転換には、内部での反対もあったのではないですか。

シングルトン卿:当然ありました。居住型施設を閉鎖する決定の3年前、バーナードスは100周年を迎え、多額の寄付金を募って老朽化した施設を建て替えたり、保育の職員を養成する学校をつくったりしていたのです。

対外的な説明責任に加え、内部の抵抗もそれは強いものでした。親の育児放棄や虐待を理由に入所する子も多いため、「もとの家庭に戻して安全なのか」という議論もありました。当然の議論です。安易に家庭に戻すことはせず、子どもの行く先を決める審査は慎重に行いました。親の元に戻すリスクが高い子どもは、施設に戻すのではなく、里親や養子縁組の道を探るようにしました。そもそも職員たちは児童養護のプロですから、彼らが良き里親や養親になることもできるわけです。

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60年代の施設は住み込み型が多く、職員にとっては、施設の閉鎖は住む場所を失うことにもつながる。自分の家族を持つことを犠牲にして、人生を施設児童の養育に捧げてきた女性職員も多く、「絆」さえ失うことになります。

私たちはできる限り、職員の転職支援を助けました。いくつかの乳児院は母子のためのデイケア施設に衣替えし、職員の多くはそこで新たな職を得ました。ソーシャルワーカーの資格を得るために高等教育に進む支援もしました。ただ、方針転換を受け入れられず、去っていった職員も一定数います。施設の閉鎖は十数年間で数百人の雇用に影響しました。

後藤:「脱施設化」は息の長い取り組みだったのですね。

シングルトン卿:慎重に進める必要があるので、時間はかかります。経験から言えるのは、まず最初に、赤ちゃんを施設で育てることをやめることから始めよ、ということです。乳幼児期は愛着形成や脳の発達に最も影響を与える時期ですし、年齢が小さいほうが、新しい家族を見つけやすいからです。

何よりも大切なのは、社会が、子どもが家庭で育つことの意義を認め、家庭養育を信頼することです。そのために、家庭を得た子どもたちが健やかに育つ事例が増えることが必要です。新たな家庭を得た赤ちゃんが健やかに育っていく姿を見て、人々は「子どもが幸せになる、こんな方法があるのか」と気付くのです。

ただ、重い障害を抱える子ども、年齢を重ねて思春期を迎え、家庭養育になじまない子もいます。私自身、施設でそうした子を世話してきました。施設を全廃すべきだとは言いません。

後藤:日本では児童虐待の事件が後を絶ちません。いま、都市部にある乳児院の多くは定員オーバーで、待機児童問題を抱える保育園のような状況だとも聞きます。子どもを家庭に戻すといっても、それができる環境を整えることが先でしょう。施設から家庭養育に政策の重点をシフトさせていくうえで、成功のカギはなんでしょうか。

シングルトン卿:いちばん大事なのは、壊れかけた実家庭を支援し、再生を助けること。並行して、地域で里親になる人材を見つけ、養成すること。施設の職員はこれらのソーシャルワークを担う良き人材資源です。

子どもが里親の間をたらい回しにされたり、里親と施設を行ったり来たりすることだけは避けなければならない。子どもの状況を見きわめながら、少しずつ、施設から家庭に戻していくのです。

日本では児童相談所の役割が非常に重要です。子どもがどこにいくかを決めて、適正な予算を配分するのは彼らの役目だからです。児相の所長が家庭養育の意義を確信していれば、大きな変革をもたらすでしょう。

何よりも優先されるべきは子どもの最善の利益です。それを実現する家庭養育は結果的に、施設中心の政策よりコストが低く済むことが多く、政策者側へのインセンティブにもなりえます。

後藤:日本には血縁を重視する伝統的な家族観があり、養子縁組や里親が進まない理由にもなってきました。イギリスのように、社会全体が変わることができるでしょうか。

シングルトン卿:英国でも、19世紀には施設養育が最善の解決策であると信じられていました。貧しい人を収容する救貧院(ワークハウス)もありました。しかし大戦後の大規模な調査研究で、施設での集団養育が子どもの発達に与える影響が示され、社会の態度は変わったのです。文化や伝統は変わります。私は楽観的です。