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子どもが家庭で育つ社会へ、 本気で動き出すときだ

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日本には生みの親と暮らせず、保護を必要とする子どもが約4万人いて、その8割以上が施設で暮らしています。国は昨年、児童福祉法を改正し、里親や養子縁組など「家庭養育」の推進を打ち出しましたが、日本の里親委託率は16%程度。諸外国と比べても低く、良質な里親家庭の開拓と育成が課題です。保護を必要とする子の7割にあたる約6万人が里親家庭で暮らす英国で最大の民間里親機関、「コアアセット・グループ」のジム・コックバーン会長に、里親や養子縁組の取材を続けるGLOBE副編集長の後藤絵里が聞きました。

後藤:昨年の児童福祉法の改正で、日本でもより一層の推進がうたわれた里親制度ですが、世界的にも一般的な児童養護の施策なのですか。

コックバーン氏:里親制度は世界の潮流だといえます。東南アジアの10の国々では段階こそ違いますが、いずれも、施設養育から、家庭養育へと舵を切っています。私どもグループは、英国のほか、北欧、東欧、豪州やニュージーランドなどで里親制度の普及に取り組んできましたが、その動きはアジアにも及んでいます。施設よりも里親家庭で育つほうが、情緒面でも、教育の視点からも、子どもの発達に好影響だとわかってきたからです。ただ、どこも里親の数は足りません。これまで施設中心だった国では制度を一から立ち上げなければならず、制度がある国々も里親不足に悩んでいます。本拠地のイギリスも例外ではありません。

後藤:なぜ、里親が足りないのですか?

コックバーン氏:里親制度をとりまく社会環境が変化してきたからです。1950年代はまだ女性のほとんどは家庭にいて、お小遣いほどの謝礼で引き受けてくれました。やがて、養育困難な子どもを中心に、施設ではなく、専門的な養育技術を持つ里親のもとに預ける流れが主流になっていきますが、その頃には女性の社会進出が進み、里親のなり手が減っていきました。里親を確保するには、養育の仕事に見合った手当を支払わなければなりません。

後藤:里親を増やすにはどうすればよいでしょうか。

コックバーン氏:里親向けのトレーニングを充実させる、里親手当を増額する、里親たちの声を聴き、彼らを意思決定の場に参画させることです。彼らにもっとも必要なのは、話を聞いてもらうことなのです。私自身、6歳の女の子の里親になって気づいたのです。彼女は本当に難しい子どもで、時に気が変になりそうになることもありました。そんなとき、ソーシャルワーカーでも、里親仲間でも、とにかく誰かに話を聞いてほしかった。里親はみな、話し好きです。愚痴を言ったからと言って、里親委託を解除してほしいわけではないのです。ただ、ため込んでいるものをはき出したいのです。

難しい里子に対して、教え聞かせる上でのこつがあります。それは「言葉で絵を描く」ということです。「触っちゃダメ!」やっちゃダメ!」ではなく、「それに触ると、壊れてしまうかもしれないよ」「火がついて燃えてしまうかもしれないよ」「あなたがそれを盗んだら、○○さんは怒るだろう。○○さんが怒って困るのはあなただよ」というように、それをしたらどうなるかの全体像を子どもが描けるよう、言葉をつないでいくのです。

後藤:そうした経験をどう里親たちに伝えているのですか。

コックバーン氏:里親同士の自助グループで毎月集まって話をしています。それとは別に月1~2回、ソーシャルワーカーの家庭訪問があります。ソーシャルワーカーとは、常時、電話でも相談できます。里親の中に先輩格のメンターをおいて、彼らに思いを打ち明けられるようにしています。ちょっとでも壁にぶつかったら、「これって普通のこと?」と気軽に尋ねることができます。

また、1年を通して学びの機会を設けています。フォローアップ研修では、性的虐待、愛着の問題、健康と安全、医療問題などさまざまな課題を取り上げます。プログラムの内容は随時変えています。里親になる前に、ひととおりの研修を受けますが、その後も定期的にフォローアップ研修を受けるのです。

後藤:どうやって里親を選ぶのですか?

コックバーン氏:里親選びのプロセスは非常に厳正です。警察での犯罪歴の証明、医師への照会、また、里親候補がこれまでに住んできたすべての地域で、候補を知る人に会って人物照会をします。結婚歴があれば、元配偶者をたどります。その後、本人に面接をします。このプロセスに4~6カ月かかります。

後藤:たいへんなプロセスですね。

コックバーン氏:とても厳しいです。でも、一方で、独身者でも、LGBTでも、どんな人でも里親になれます。夫婦でなくてもいいのです。

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後藤:そんな厳しいプロセスをクリアできる人はそう多くはないのでは。

コックバーン氏:応募者は十分いますが、全体の3%~5%ほどしか最終選考まで残らないのです。昨年はわれわれの機関だけで9000人の応募者がいましたが、里親として採用したのは250人です。

後藤:それだけの応募者を確保するのに、どんな手段を?

コックバーン氏:あらゆる広告手法を使います。走っているバスの車体、ラジオやテレビ、チラシ、地元イベントへの参加、教会やホテルでセミナーを開くこともします。コミュニティーグループや教会関係者にも働きかけます。イギリス全土をまわり、人々が集まる場に出かけていってブースを出して宣伝したり、キャラバンをしたりね。私たちはコールセンターを持っていて、あちこちで私たちの宣伝を見て、関心を持った人が電話をかけてきます。応対するスタッフはプロですから、電話でのやりとりで最初のスクリーニングができます。電話面接をパスしたら、今度は訪問の約束をして、スタッフが家庭を訪ねます。どの地域にも2~3人のスタッフが配置され、常時30人ほどのスタッフがリクルート活動を展開しています。こうした広報費用に190万ポンドかけています。

後藤:日本の里親制度は自治体(児童相談所)が運営していますが、イギリスではコアアセット・グループのような民間機関が事業の主体となっているのでしょうか。
コックバーン氏:1994年に私たちが事業を始めるまで、英国でも里親事業は自治体が一手に担っていました。行政側は当初、民間がこの分野に進出することに懐疑的でした。このため、私たちは発達に障害があるなど、養育に困難をともない、専門的なスキルが必要な子どもたちを主に引き受け、実績を積んできたのです。

後藤:民間機関が担うことのメリットは?

コックバーン氏:包括的な支援を提供できることです。里親たちは、子どもの心理療法や教育への支援、子どもたちが気軽に参加できるレクリエーションの機会、そして、より多くの報酬を必要としていました。私たちが事業を始めた当時、里親たちは登録のための研修は受けていましたが、継続して質の高いケアを続けるための支援はまったく足りていませんでした。

また、里親たちには休息も必要でした。ときおりひと息つける場所、仕組みがあれば、彼らのストレスも軽減でき、安定した態度で子どもたちにあたれます。実際、里親たちは、子どもと同様かそれ以上に、話を聞いてくれる相手を必要としていました。

里親担当のソーシャルワーカーと会うのは、子どもを委託される時が最初で最後というケースもありました。里親は養育に困難を感じたときに相談する相手もいません。結局委託は「不調」となり、子どもは里親と施設を行ったりきたりしたり、複数の家庭をたらい回しになったりしてしまうのです。

後藤:行政による里親事業には何が足りなかったのですか。

コックバーン氏:予算不足もあるでしょうが、第一に、種類の違う仕事を担いすぎているのです。英国の場合、行政は子どもを保護し、養育方針を決める審判に立ち会い、実家庭や地域と連携し、里親家庭とも向き合う。里親の育成や支援は、それだけでも専門的な技能を必要とするのに、十分な予算も人もありません。いま、英国では約200の自治体と、約300の事業者が競合して里親事業を受託していますが、個人的には、行政はどの事業者に委託するかを決める業者の選定(措置決定)に専念すべきだと思います。いっぽうで、民間事業者の数が増えすぎて、委託の方針が場当たり的になっています。

後藤:里親ではなく、里親機関が多すぎる?

コックバーン氏:事業者が数多くいることは里親事業の質の向上には役立ちます。子どもにとっての選択の幅も広がりますから。デメリットは、競争が激しくなると、事業者が里親手当の金額の多寡を競うようになり、一部の里親がお金で動くようになっていることです。入札が「価格」に左右され、委託の基準に市場原理が入り込んできてしまいます。こうした状況でもっとも被害をこうむるのは子どもたちです。だからこそ、行政は業者選定を1人ひとりの子どもベースで行わず、入り口の事業者の選定を厳正にして、入札に参加できる業者の数を絞り込んでおくべきです。選定の対象となる事業者には、どんなサービスが求められるかを明確に伝えておく必要があります。

後藤:行政と民間事業者との協力はありますか?

コックバーン氏:まれですね。彼らは私たちを競合相手とみていますから。ただ、諸外国では行政と連携するケースもあります。オーストラリアやニュージーランドでは、傘下のグループが政府と連携しています。日本でもNPO法人「キーアセット」が、大阪府の委託を受け、里親の募集や里子とのマッチング、委託後の支援など一連の事業を行うことになりました。日本財団が出資し、官民連携で里親制度を推進するモデル事業です。

後藤:今後、里親制度の推進をめざす日本に必要なことはなんでしょうか。

コックバーン氏:外国の制度の視察に貴重な時間を費やすのは、そろそろやめにしたほうがいい。英国政府も、児童養護の施策を学ぶためにアメリカによく視察にいきますが、外の制度を採り入れてうまくいったためしがありません。日本はすでに、世界中の制度に関する知見があります。それらをもとに、日本にあった里親制度を構築すればよいのです。
ただ、日本では里親がさほどやりがいがある仕事だと見なされておらず、里親の社会的地位は決して高くはありません。里親たちの仕事に光を当て、輝ける事例を積極的に紹介するなど、何よりもまず、人々の意識を変えなければならないでしょう。

いまも3000人の赤ちゃんが施設で育っているということ自体、日本にとって不名誉なことなのです。幼い子どもが、育ての親もなく、家庭を知らずに大人になっている現状を、日本の人たちはおかしいと感じるべきなのです。