【前編】海外経験ゼロから南米ペルーへ 公務員を辞めて協力隊に挑んだ理由
1. 児童相談所での葛藤をきっかけに海外経験ゼロからペルーの協力隊へ挑戦
2. 現地の児童養護施設では日本文化紹介やスポーツを通じて子どもたちを支援
3. 試行錯誤しながら一対一の関わりを重ねて子どもたちの信頼を得る
4. 目的意識を持つことで語学の壁を突破し、現地での学びを深めていった
ゆきさんにとって、JICA海外協力隊員としてのペルーへの派遣は、人生初の海外渡航だった。海外には行ってみたいと思っていたが、行動に移す機会がないまま時が過ぎ、英語も苦手でずっと避けてきたという。ただ、ペルーへ向かう時は、不安より好奇心が勝っていた。
「自分を動かしてくれたのは、日本にも海外にも児童福祉が存在し、自分の学ぶ分野があるのは変わらないことでした。言語は違っても、『人との関係性の築き方に特別な違いはないはず』と思うと安心できて、海外に行くことにあまり抵抗はありませんでした」
かつて「青年海外協力隊」と呼ばれていたJICA海外協力隊では、社会人経験を経て応募する人が多い。ゆきさんも日本で働き始めたあと、協力隊に応募した一人だった。
きっかけは、千葉県の児童相談所に勤めていた時に目の当たりにした日本の児童福祉の現状だった。
「子どもを助けたい」というモチベーションで働く職員たちが、児童虐待の対応や積み重なる業務に疲弊していた。精神的に追い込まれ、療養や退職に至るケースも後を絶たず、自身も職場にとどまるべきか悩むようになったという。
「そんなとき、児童虐待の問題は日本だけのものではなく、開発途上国も含めて国際的に存在することに思い至りました。先進国とは違う場所で同じ問題を見れば、視野が広がり、日本にも何か還元できるんじゃないかと考えるようになったんです」
児童相談所という多忙な職場で働きながら協力隊に応募したゆきさんに、応募から参加までのスケジュールを聞いた。
「私は2022年の春募集に応募しました。4月頃に応募して、半年ほどかけて選考が行われます。面接審査が8月頃に終わり、その時点で職場の上司に相談をしはじめました。その当時は帰国後に同じ職場に戻るつもりでした。応募した理由も、活動の成果を職場に還元するためでした」
JICA海外協力隊活動については近年、休職などの形で勤務先に所属したまま派遣先に赴任し、帰国後に復職できる「現職参加」を認める公的機関や民間企業・団体が増えつつある。公務員だったゆきさんは現職参加の制度を利用できる立場にあったが、最終的には退職を選択した。
「協力隊員として2年間を過ごした後に自分がどう変化しているかがわからなかったし、変化した自分が本当に児童相談所で働きたいと思えるのかも明確ではなかったからです。帰国後に相談所でまた働きたくなったら、再び受ければいいと思っていました」
退職して協力隊に参加することに周囲から心配の声はあったものの、同じ職場では数年前にも協力隊員に選ばれた職員がおり、家族の知人にも協力隊の経験者がいたことから、反対はされなかったという。
「もちろん帰国後にぶつかる壁はあると思っていましたが、職場に籍を残して『必ず戻らなきゃいけない』と縛られてしまうよりも、帰国後に新たな道に挑戦したいという思いが後押しになりました。派遣が決まってから上司に正直な気持ちを伝え、退職しました」
協力隊員には、往復の渡航費、現地での住宅費や生活費などがすべて支給される。必要経費以上の収入はないが、貯金が減ることはないため、活動中の2年間は不自由を感じることなく過ごせたという。
海外渡航経験がなく英語も苦手だったゆきさんにとって、応募から派遣まで、現地の土を踏む前の最大の挑戦は、語学だった。
児童相談所に勤務しながら協力隊への応募を進めることは「記憶があいまいなくらい大変」だったという。特に応募に必要な英語の資格を持っていなかったゆきさんは、その勉強に労力を割いた。
「職場の行き帰りの電車でひたすら単語を覚え、家ではワークを解いて……。仕事をしながらだと大変でした」
一方、活動場所となるペルーではスペイン語が広く使われる。ゆきさんは、2022年10月にペルーへの配属が決まった後、翌年8月の派遣に向けて独学でスペイン語の勉強を始めた。出発の3ヶ月前からはJICAの「派遣前訓練」が始まり、寮生活でネイティブ講師からスペイン語の授業を毎日受けた。
「出発前の最終試験に受からなかったら協力隊に行けないくらいシビアです。みっちり3ヶ月間、スペイン語を入れ込みました」
また、ペルーの児童養護施設での活動を見据えた準備も始めた。現地の子どもたちに日本文化を紹介する用意をしたり、現地で着物を借りる計画を立てたりした。
応募のための英語と、活動で使用するスペイン語。語学学習のモチベーションを保つコツは、「未来」を想像することだという。
「語学からは何度も逃げ出したくなりました。でも、現状の自分で判断するのではなく、語学を使って何をしたいのか、自分が何に心を動かされるのか、語学を身につけた『その先』を軸にして決断してみてください。そこに向かうエネルギーに後押しされて、『だから今、語学が必要だ』と思えるはずです」
ゆきさんの派遣先はペルー南部のタクナという田舎の町だった。
現地の児童養護施設で、自由に外出ができない子どもたちに施設内でアクティビティを提供する役割を担当した。ゆきさんが計画から実施までを担ったのは「日本文化紹介」と「スポーツ活動」の二つ。日本文化の紹介では日本語や日本の音楽、季節行事などを紹介し、折り紙や料理を一緒に作ることもあった。
「子どもたちの反応が一番良かったのは日本語の講座でした。現地で日本語を教えている日系の方も施設に招いて、週一回くらいの頻度で子どもたちに日本語の成り立ちや面白さについて現地語で話していただきました」
ペルー南部タクナの位置=Googleマップより
スポーツ活動では、子どもたちの体重管理を施設側から要望された。成長期で体が大きくなる時期を迎えた子どもたちは、施設に入所して食生活が変わることで、カロリーの摂取量が増え、さまざまな事情で学校に通えず施設内で教育を受ける場合には体を動かす機会も限られる。そのため適切な体重を保つためには、運動する機会を作る取り組みが欠かせない。ここでは大学で体育の教職課程を履修していた経験がいきた。
「スポーツが好きではない子も多く、『なんで運動しなきゃいけないの』という声もありました。現地で人気のあるバレーボールとサッカーを中心に活動を組み、月に一回の試合で勝ったチームは日本のお菓子を作って食べられる、というようにモチベーション管理に気を配りました」
昨年8月には日本の終戦記念日に合わせ、スペイン語版の映画『火垂るの墓』を子どもたちと一緒に見た。視聴後の平和学習での子どもたちの様子が強く印象に残ったそうだ。
「『自分にとって何が平和だと思うか』といった問いかけをしたら、みんな自分の意見をものすごくたくさん書くんですよね。自分の考えを人前で話し、主張することへの躊躇のなさが印象的で、すごくいいことだなと。一人ひとりの意見が違って当たり前で、それをお互いに聞き入れながら自分の意見を大切にできる。私としても学ばされたし、子どもの教育においても大事な視点だなと、ハッとした経験でした」
一方で、子どもたちに向けた活動は「9割が失敗、1割が成功」の日々。活動を楽しんでほしい、という思いの裏で、反省と試行錯誤の繰り返しが続いた。
「子どもは素直なので『つまんない』と言って活動開始から5分で帰っちゃう子もいて。子ども同士のもめごとや予期しないトラブルも起きました。そのたびに、子どもたちにいかにこの空間を楽しんでもらうか、いかに安全に過ごしてもらうかを考えさせられました」
言語の苦労も多かった。はじめはスペイン語での会話や聞き取りに苦心し、上司や施設長に活動許可を申請する時は、事前に日本語で原稿を書き、スペイン語に訳したものを読み上げた。とっさのやり取りができず、事前準備に時間をかけた。
さらに、子どもたちのトラブルを職員の間で共有する時に、子どもがどれくらい怒っていたか泣いていたかといった細かいニュアンスをスペイン語で伝えるのは至難の業で、ジェスチャーや絵で状況を説明していた。
では、「1割の成功」とはどのようなものだったのか。
「活動のベースになるのは、子どもとの信頼関係です。私がどういう人か知らないと子どもたちは緊張してしまいます。グループでの活動以外に、ボールを二人でパスするなど、一対一で子どもと関わるようにしていました。そういう機会を積み重ねる中で、子どもたちの活動への参加率が上がり、試合でも思い切ったプレーが見られるようになりました」
「子どもたちは施設生活の中でストレスを抱えているので、スポーツでは相手を打ち負かしてイライラを発散するようなプレーがすごく多くて。チームで協力したり、相手のいいところを見たり、うまくいかなくてもチャレンジしたことをポジティブに捉えたり……。そうした考え方の大切さを繰り返し伝えていました。仲間と協力できたり褒めあったりできた子たちに表彰もして、少しずつステップを踏むうちに暴力的なプレーが減り、仲間や相手への態度も変わっていき、嬉しかったですね」