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日本とヨルダンの子どもたちの世界を広げたい JICA海外協力隊員・三池桃那さん

Sponsored by 独立行政法人国際協力機構(JICA) 公開日:
三池桃那さん

中東生活 知った人々の近さと温かさ

――JICA海外協力隊に応募したのはなぜですか。

学生時代の留学や世界各地を一人旅する経験を通じて、自分の中にない価値観や宗教観を知る楽しさを味わいました。そこで卒業後は、子どもたちに外国の人と英語で交流する楽しさを伝えたくて、英語教師になりました。

ただ次第に、私自身が実際に海外で働いた経験がないままでは、生徒たちに教えられることは限られるのではないかと思い始めたんです。また海外の人々が直面している社会課題を肌身で感じたい、という思いも強まり、JICA海外協力隊に応募しました。

――派遣前に、中東やヨルダンという国に、どのようなイメージを持っていましたか。

日本では、中東といえば紛争などについて報じられることが多いので、率直に言って「怖い」というイメージがありました。一方、学生時代のオーストラリア留学中に知り合ったアラブ系の友人は皆友好的で、ニュースとのギャップも感じていました。

中東で生きる「普通の人たち」の暮らしぶりは、日本にいるととても見えづらいもの。だからこそ自分の目で見てみたいと考え、派遣国として希望しました。ヨルダンに決まった時は驚きや不安と同時に、嬉しさが入り交じっていましたね。

教室で子どもたちに囲まれて笑顔を見せる三池さん=2022年6月20日、ヨルダンにて

――実際に住んでみて、「怖い」というイメージはどう変化しましたか。

ヨルダンに暮らして、まだ9カ月ですが「文化が多様で、幸せな国だな」と思うようになりました。何よりすてきだなと思うのは、人と人との距離の近さです。

市場で買い物をしていると、見知らぬ人から「お茶を飲んでいかない?」と誘われたり、バスの運転手のおじさんがジュースをふるまってくれたり。子どもたちも「どこから来たの?うちにおいでよ」と、家に招いてくれるんです。最初は「突然押しかけたら迷惑では」とためらったのですが、ご家族も「自分の家だと思ってくつろいでね」と迎えてくれて、食事をごちそうになることもしばしばです。同僚たちも、日本で地震があったと報じられれば、「家族は大丈夫だった?」と声を掛けて心配してくれるなど、日本では経験したことがなかった温かさを感じます。

難民キャンプ内の知人家庭で談笑する三池さん=2022年6月22日、ヨルダンにて

「楽しむ授業」で子どもたちの表情が変わった

――日々の活動の様子を教えてください。

ヨルダンにあるパレスチナ難民キャンプ内の幼稚園で、英語の先生をしています。受け持っているのは4~5歳の園児80人ほど。子どもたちからは「マハ」と呼ばれています。瞳が美しいとされるオリックス(ウシ科の動物)を意味し、女性名として一般的な名前です。

現地の先生の授業は、アルファベットや英単語を子どもたちに繰り返し言わせて、書かせる座学が中心。園児はもちろん、先生たち自身も険しい表情が多く、楽しんでいる様子はあまり見られませんでした。

私は、幼い園児たちには「学ぶことは楽しい」と伝えたくて、歌や踊りを採り入れて体を動かしながら英語を覚えてもらおうとしています。子どもたちと一緒に、色とりどりの針金やちぎり絵などで、アルファベットの形を作ることもあります。

――「楽しむ授業」を採り入れてから、子どもたちや先生に変化はありましたか。

「今日は体で『C』の字を作ってみよう」といった私の声掛けに合わせて、子どもたちが楽しそうに、生き生きと体を動かすようになりました。

普段落ち着きのない子が、ちぎり絵の時はとても熱中した表情で、黙々と作業しているのを見た時は、こんな表情もするんだと驚かされることもありました。

同僚から「授業のアイデアを教えて」と頼まれたり、私のやり方を採り入れたりする人が出てきました。複数のクラスで同じ時間帯に授業があった時、私がいつも最初にやるアルファベットの歌が別のクラスから聞こえてきて、「私がいない時にも私のやり方でやってくれているんだ」とうれしくなったことも。最近は、園児のお母さんたちから「子どもが家で踊りたがっているから、振り付けが見られる動画のURLを教えて」と言われることもあります。

歌や踊りを採り入れ、子どもたちが楽しく英語を学べるよう工夫している=2022年6月20日、ヨルダンにて

――異なる言葉や文化、物資が限られた難民キャンプ内での活動にはどんな苦労がありましたか。

難民キャンプは都市部に比べて、宗教的に保守的です。首都ではヒジャブ*をかぶらない女性も多いですが、キャンプ内ではほぼすべての女性が身につけています。私が幼稚園でストレッチをしていたら、同僚に「外から見える場所ではやらないで」と注意されたこともあります。女性は異性から見える場所で体を動かしたり、歌ったりすべきではないとされているからです。

また、子どもたちも同僚の先生も英語をあまり話せないので、会話は基本的にアラビア語です。今ではさほど苦労しなくなりましたが、同僚の言葉が理解できないときは翻訳アプリに助けられています。教材も、現地の先生にも手に入りやすい安いものを使うよう心がけています。

*ヒジャブ*=イスラム教徒の女性が髪の毛を覆い隠すのに使う布

――難民キャンプの子どもたちに、ご自身はどんな貢献をしたいと思いますか。

難民キャンプで生まれ育った子どもたちは、閉鎖的なコミュニティーで暮らしています。周囲の人はほぼ全員イスラム教徒で、幼稚園も毎朝、コーランの暗唱から始まります。だから子どもたちは、世界にはイスラム教以外の宗教があり、自分たちとは異なる価値観を持つ人がいることを、なかなか実感できないようです。私も突然、子どもたちに「アッラーは好き?」「どうしてヒジャブをつけないの?」などと聞かれてびっくりしたことがあります。

そんな時は、「日本にはイスラム教徒の人は少なくて、仏教や他の宗教を信じる人もいるんだよ」などと説明します。話を聞いて、子どもたちが外国に興味を持ってくれ、外の世界を知るきっかけが提供できればいいなと思いますし、私の英語の授業を通じて、生きる上での可能性を広げてほしいと願いながら活動しています。

コロナ禍で一時帰国を経て再赴任 自分にできることがきっとある

――日本とは異なる環境に飛び込み、赴任直後のコロナ禍もありました。落ち込んだときは、どのように対処しましたか。

新型コロナの感染が拡大した当初、路上で「コロナ!」と叫ばれたり、繰り返し罵声を浴びたりして、しんどい思いをしました。

でもアパートの大家さんにそれを話すと「あまり気にするなよ」と慰めてくれて、気が楽になり、つらさを人に伝えるのも大事だなと思いました。

コロナ禍のため、赴任からわずか3カ月半で一時帰国しなくてはならなくなった時は、「絶対に戻ってくるんだ」と心に誓いました。たった3カ月半でも現地の人たちの温かさにたくさん触れ、もっと彼らのことを深く知りたい、私のヨルダン生活はまだ何も始まっていないと感じたからです。帰国中は、以前勤務していた学校で働きながら、オンラインでアラビア語を学び続け、モチベーションを保ちました。

現地に戻ってからも、感染が再拡大して1カ月半ほど活動できず、気持ちが落ち込みました。その時、私の場合は何もせず一人でいることがストレスになるのだと気付いたんです。意識的に外に出て、人と会話する機会を増やして乗り切りました。

地元の市場で食材を買う三池さん=2022年6月22日、ヨルダンにて

――JICA海外協力隊の活動を通じて、ご自身の内面で起きた変化を教えてください。

よくも悪くも楽観的になりました。人にどう思われるかを必要以上に気にしても仕方ない、たとえミスをしても次に生かせばいい、と。

もちろん、自信をもって授業に臨むためには、事前の準備は大切です。授業前にアラビア語の原稿を作り、同僚に文法や発音をチェックしてもらっています。でも実際の授業には、想定通りに進むとは限りません。うまくいかないことがあってもあまり落ち込まず、最初から完璧を求めずに「トライ・アンド・エラー」を積み重ねることが大事だと、ポジティブにとらえるようにしています。

――任期を終えて日本に帰国したら、ヨルダンでの派遣経験をどのように生かしていきたいと思いますか。

ヨルダンの暮らしで経験しているように、様々な価値観を知ることが好きなので、海外に関わることはこれからも続けていきたいです。JICA海外協力隊での派遣を機に中東地域や難民に対する関心も深まったので、帰国後も難民の人々を支援する国際協力分野の仕事に就けたらいいなと考えています。帰国まであと1年3カ月ありますが、その日が来たら、ヨルダンの人々の温かさが恋しくなるだろうなあ、と今からちょっと切ない気持ちになりますね。

子どもたちと笑顔で接する三池さん=2022年6月21日、ヨルダンにて

――JICA海外協力隊を志す若者に、アドバイスをお願いします。

少しでも気になって、やってみたいと思ったら、絶対に挑戦してほしいと思います。

何事も、やった後悔より、やらない後悔の方が大きい。一歩を踏み出す勇気さえ持てれば、その先に広がる未来の可能性は大きく広がると思うんです。

私もJICA海外協力隊に応募する前は、「英語教員しか経験したことのない自分が、海外で役に立てるだろうか」「2年間も現地で暮らすことが自分にできるだろうか」と悩みました。

でも、現地で英語を教えている子どもたちにとって、私は彼らが初めて接する日本人であり、外国人かもしれない。私という存在そのものが、子どもたちに外の世界をうかがわせ、彼らの興味を呼び起こす「入り口」になっていると感じます。ですから、たとえ自分に自信が持てなくても、あまり思い悩まず、挑戦したい気持ちを大切にしてほしいと思います。