「不調」を経験した里親の後悔
2007年に里親登録をした東京都内で暮らす藤井康弘さん(60)は、これまで長期と短期合わせて13人の子どもを迎え入れてきた。10数年にわたる里親だが、今でも最初に迎え入れた子どものことを思い出すと涙が出てくる。
「『不調』として4カ月で施設にお返しすることになってしまいました。今思い返せば十分な対応ができませんでした」
藤井さんは登録当時、厚生労働省家庭福祉課長であり、親と暮らせない子どもの社会的養護に関する施策を立案・実施する担当者の立場でもあった。もともと藤井さんの家族は、東京都が独自に行っていたファミリーサポート制度による子どもを一時的に受け入れた経験があったうえ、妻が里親に関心を持ち、藤井さん自身も一家庭でも里親が増えること、そして政策の担当者として自分の足元に福祉の現場を持てることは良いことだと考えたからだった。
「妻もつらかったと思います。私も妻も3人の子どもを育ててきたので、子育てのノウハウもあるつもりでした。しかし、それはほとんど役に立ちませんでした。子どもの反応の予測ができない。当時の児童相談所の担当者からの助言はほとんどありませんでした」
里親家庭の支援システムを作ることは、その当時から今も藤井さんの命題だ。現状の制度では、児童相談所の職員がアセスメントをしたり、ソーシャルワークをしたりすることが重要になる。そのためには経験や熱意、知識が必要という。子どもの反応はものすごく多様だからだ。一方、現実としては毎年のように担当者が変わることも珍しくないという。
「里親家庭でトラブルが起きるのは、土日か夜が多いのです。しかし、東京の児童相談所の緊急通報の窓口は、委託先。つないで欲しいところにつないでもらえないこともありました」
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子どもを選ぶということ
統計上で里親制度を見てみると、研修を受けて登録した里親数と、実際に子どもが委託されている里親数には、大きな解離がある。厚労省の福祉行政報告例によると、2018年度末で里親家庭は1万2315世帯。リーマンショック後に落ち込んだが、その後、毎年増え続けてはいる。しかし、子どもを実際に受け入れている里親家庭は4379世帯で、子どもの数は5556人にとどまっている。複数の子どもを受け入れるファミリーホームを含めても7104人だ。
養護を受けている子どものうち、どれくらいが家庭養護を提供する里親やファミリーホームに受け入れられているかを示す委託率は、全国平均で18.3%(2016年度末)だ。2016年の児童福祉法改正で、「家庭養育優先」の理念が盛り込まれたことを受け、厚労省は2018年7月、都道府県や政令指定都市に対して国の目標に準じて、計画を策定するように通知した。国の目標は、愛着形成に最も重要な時期とされる3歳未満についてはおおむね5年以内に、それ以外の就学前の子どもについてはおおむね7年以内に里親委託率を75%以上に上げ、小学生以上はおおむね10年以内をめどとして里親委託率を50%以上となっている。
藤井さんは2019年、里親制度に関わったり、理解があったりする人たちとともに「全国家庭養護推進ネットワーク」を設立した。里親制度のすそ野の拡大を目指す。里親登録の拡大がなかなか進まない理由について藤井さんは「明確な答えはない」としつつも、現状を分析したうえでいくつか課題を挙げる。
一つは、これまでの里親は、子どもを望みながら恵まれなかったことなどで子どもがほしいという人が多いとされるが、現実には生みの親が持つ親権の関係で日本では特別養子縁組される子どもの数は少なく、児童相談所の勧めもあって養育里親に登録をする人たちが多いという点だ。里親登録する際、年齢や性別、障害の有無など希望条件を絞る人もいて、マッチングが成立しにくいという面があるという。
「確かに養育里親として迎え入れても、その子どもが成人すれば本人の意思で養子縁組することもでき、そういう里親家庭もあります。ただ、いきなり18歳まで養育をお願いするとハードルが高いと感じてしまいます。実際には、我が家も母子家庭で母親が病気になり、2週間だけ子どもを受託したことがあります。施設の子どもを週末だけ迎え入れる週末里親ということもできます。多様な里親をもっと社会に理解してもらい、登録してもらう人を増やしていくことが解決策の一つでしょう」(藤井さん)
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LINEでつながり気軽に相談
里親を巡る状況を知りたくて、最近、子どもを迎え入れた神奈川県、山梨県、千葉県の3組の里親家庭にインタビューすると、里親をすることで得られることや課題、地域差が浮かび上がってきた。
神奈川県の早川麻耶さん(34)と加藤靖教さん(40)夫婦は2019年、1歳前の女の子を迎え入れた。早川さんは非常勤で複数の医療機関に勤務する看護師で、加藤さんは地元で会社を経営する。受け入れた女の子と、5歳と4歳の実子をともに、加藤さんが毎日車で保育園に送り迎えをしている。
早川さんは、かつて「夜の研修に参加したい」「残業は何時でもできます」と言ってバリバリ働いていないと自分が輝いていないと思っていた。目の前には出産から2カ月後に職場復帰してくる女性医師たちが、時短勤務をしながら楽しそうに働いていたからだ。そんな早川さんが里親をしようと考えたのは、子育てが刺激的だったことに加え、仕事として関わる児童精神科で見てきた光景が背中を押したからだった。児童相談所で一時保護された子ども、乳児院や児童養護施設で暮らす子どもの受診を何人も見てきた。「この子たちは家庭環境が違えば、病院に来なくてもよかったのでは……」と考え、里親への関心が強まった。
児童相談所に里親になりたいと電話したが、最初は「(実子が)3歳ぐらいになってから」と断られた。2人目の子どもが2歳になったときに再び電話し、研修を受けて登録された。
厚労省の統計によると、共働きの里親世帯は、2017年3月1日現在で38.9%。里親になるための研修制度が、共働き世帯にも受けやすい環境かというと、早川さんや加藤さんは課題を感じたという。
例えば、乳児院に夫婦がそれぞれ通って、食事の与え方、おむつの替え方などについて実践し、「合格」をしないと、前のカリキュラムに進めなかった。実子の託児もなかった。早川さんは「週2~3回の研修を、実子を連れて行かないで乳児院に通うのは大変でした」と振り返る。
また、社会の理解という課題もある。早川さんのように非常勤で複数の職場を掛け持つスタイルは、今、珍しくない。ただ非正規雇用には、そもそも育休制度がなかった。里親になって乳児を迎え入れるため6カ月間休ませて欲しいと申し出て勤務シフトを入れなかったところ、年度末の契約更新時に更新を一時拒まれたことがあったという。
一方、児童相談所の職員や同年代の里親仲間とは、LINEでつながっていて大変助かっているという。夜落ち着いたときに、困ったことを尋ねることができるからだ。また仕事柄、周囲に気軽に相談できる専門家が多いこともプラスに働いた。
加藤さん、早川さんは、こんな改善策を提案する。
「フルタイムで夫婦ともに働いているのが当たり前、という時代です。それを前提とした研修の日時の設定になっていません。里親の認定や登録まで時間がかかりすぎでモチベーションが落ちてしまう人もいると思います」(加藤さん)
「もっと産婦人科や保育園で、里親になることを呼びかけてみてもいいのではないでしょうか」(早川さん)
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待機時間が長くなると言われた特別養子縁組
当初、特別養子縁組を考えていたものの、待機時間が長くなるため、里親登録して子どもを迎え入れている家庭もある。
山梨県に住む石川祥子さん(43)と石川智弥さん(47)は2019年冬、乳児の男の子の里親になった。夫婦ともにアーティストで、祥子さんは大学で教えてもいる。4年前に結婚したときから、不妊治療と同時に社会的養護として子どもを育てることも考えていた。治療を始めて1年後、祥子さんは児童相談所に相談の電話をした。
「どちらかというと、自分の子として育てたいと思っていたので、特別養子縁組を考えていました。ただ、児相の職員からは『乳児ではなかなか巡り合えないかもしれない』などと言われました。それで里親を考えるようになりました」
里親登録から2週間後、児童相談所から連絡があり、生後まもない男の子と面談し、迎え入れた。子育てが始まることから、職場に半年間の育休の申請をしたが、当初は事務局から「可能かどうか初めてのケースだから分からない」と言われ、なかなか許可が出なかった。社会はまだまだ里親になって育休を取ることが周知されていないと実感した。
祥子さんの悩みは、県内に同世代の里親が少ないことだ。また、社会貢献で里親になる人と、不妊治療を経て里親になる人では抱える悩みも少し違うのではないかという。初めての育児だが、祥子さんはこう話す。
「やってみると、(里親としての)子育ては特別なことではないと感じました。普通の共働き家庭のようにやっています。里親制度が浸透しないのは、まだまだ偏見があるのかもしれません。また、どういう子が来るのか、不安が先走っているのかもしれません。でも、それって実子を産んでも同じですよね」
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「子どもの人生にプラスになること」を提供する
こうした早川さんや石川さんのような里親家庭に加えて、近年は虐待などを受けた子どもを児童相談所が早めに一時保護する流れがあり、一時保護所や乳児院、児童養護施設だけでなく、里親登録をしている家庭にも子どもを迎え入れてくれないかという打診がある。
千葉県で里親登録をしている田井秀明さん(58)は今年に入り、2度、一時保護の乳児を預かった。昼間は妻が世話をしているが、夜は夫が隣に寝て世話をすることにしている。田井さんは、里親家庭に必要なのは、忍耐や覚悟、学ぶ姿勢だという。それに加えてこう話す。
「少しでも子どもの人生にプラスになることが提供できればいいと考え、それ以上のことは求めないことです」
家庭養護を求めている子どもの数に比べて、里親家庭が追いつかない理由の一つに、住宅事情を挙げる。「普通、家族の人数を想定して家を建てたり、マンションを購入したりしていますよね。そこに里親として子どもを迎え入れることを現実的に考えていくと『こんな狭いところに……』と引いてしまう面があると思います」。こうしたことに加え、長期里親を想定すると、経済的な不安があったり、里親になることの価値を見いだせなかったりして、深く考え過ぎて躊躇(ちゅうちょ)してしまっているとみている。
「『地域で育てる』というスローガンをよく聞きますが、国はそのような社会を本当に目指してきているのでしょうか。地域の力が弱くなってきているのではないかと感じています」
そして心構えとしてこうアドバイスする。
「子どもは親を選べない、とよく言いますが、親も子どもを選べない、という気持ちが大切です」
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地域で気軽に子どもを預けられる仕組みが必要
インタビューをしていくと、神奈川県の早川さんも、千葉県の田井さんも、東京都の藤井さんも、児童相談所を通じた委託以外で、地域の子どもを短期的に預かった経験があった。このようなニーズは社会で少なくない。
東京・多摩ニュータウンのカフェを定期的に貸し切り、子育て中で闘病するがん患者の母親を支えるサロン「がんママカフェ」を開くソーシャルワーカーの井上文子さんは、何度も、幼い子どもと暮らすがん患者の母親の相談にのってきた。
「自分のために食事を作ることはできず、子どもにやっと白ごはんにふりかけや納豆、そうめんを毎日出している家庭もありました。父親も高額な治療費を考えると働かなければならないという事情もあります。ただ、母親にとって、児童相談所に相談して子どもを一時的に預けることには高いハードルがあります。地域で気軽に支援を受けられるようなサポートがもっとあっていいと思います」
全国家庭養護推進ネットワークの代表幹事として活動をする藤井さんは、さらなる里親登録を増やすためには「(里親を)地域全体で支える仕組みにしていかないといけない」と指摘する。
「子どもを支援する人たちが圧倒的に少ないのが現実です。子どもに対するソーシャルワークの量や質が足りません。児童相談所だけにお願いすることには限界があります。介護や障害の世界と同じように、民間の力をもっと活用して子どものアセスメントやケアマネジメントを継続的、かつ包括的に行っていく仕組みづくりが必要な時に来ていると思います」
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映画『朝が来る』を見て考えよう!
映画『朝が来る』が10月23日、全国ロードショーとして公開された。特別養子縁組で乳児を迎え入れた家族と、生みの母親を軸にした物語だ。この映画が、社会的養護についてより多くの人が考えるきっかけになればいい。
監督・脚本・撮影:河瀨直美
永作博美 井浦新 蒔田彩珠 浅田美代子
原作:辻村深月『朝が来る』(文春文庫)
共同脚本:髙橋泉 音楽:小瀬村晶 An Ton That 主題歌:C&K「アサトヒカリ」(EMI Records)
制作プロダクション:キノフィルムズ 組画 共同制作プロダクション:KAZUMO
配給:キノフィルムズ/木下グループ
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