自宅を利用した「ファミリーホーム」で語る坂本洋子さん
坂本洋子さんの場合
子どもたちとの出会いは宝、勇気を持って踏み出して

「里親」のもとや5~6人の子どもが生活する「ファミリーホーム」に委託される子どもは年々、増加傾向です。東京都八王子市の住宅街にある一軒家で「坂本ホーム」を運営し、現在6人の子どもを迎え入れて育てる坂本洋子さん(63)を訪ね、なぜ子どもたちに家庭養護が必要なのか、聞いてみました。

家庭での生活は一つひとつが驚き

坂本洋子さんが、里親になったのは1985年です。以来、35年に渡り18人を育ててきています。途中から坂本さんは、分け隔てなく複数の子どもを育てるファミリーホームの形をとり、多くの子どもの未来を築いてきました。厚生労働省も推進するファミリーホームは、里親などを経験した人たちに認められた制度で、全国に372カ所あり、1548人の子どもが委託されています。厚生労働省は、里親やファミリーホームでの家庭養護の委託を増やす方針ですが、数はまだまだ足りません。

坂本さん夫婦が里親を始めたのは結婚3年目。それはなかなか妊娠しないため、夫婦で相談に訪れた医療機関の医師に「子どもを授かる可能性がない」と告げられたことからでした。夫婦はそれぞれ福祉に携わってきており、「それなら親がいない子どもを引き取って育てましょう」と決めていました。

「最初に男の子を受け入れた時はすごく不安でしたね。妊娠期間があるわけでもなく、突然3歳の子どもの親になるとはどういうことなのか、イメージがつきませんでした。もちろん児童相談所の方のフォローはありましたが、相談できるような先輩は周りにいなかったので、本当にこの子を育てていけるかと思いました」

「彼も家庭というものをまったく知りませんでした。生まれてからずっと大きな施設の中で、たくさんの子どもたちと一緒に育ってきました。そこからマンションの2DKの部屋にやってきたのだから、生活の一つひとつが彼にとっては驚きであるようです。玄関で靴を脱ぐことを知らない。ピンポンが鳴ったら人が来たということもわからない。でも一緒に長い時間を過ごすことで、だんだんと慣れていき、親子になっていきました」

子どもたちへの思いを語る坂本洋子さん
同じ仲間がいると孤立感に悩まない

「妹がいたらなあ」。最初に受け入れた男の子がこうつぶやいたことをきっかけに、坂本さんご夫婦は新たに2歳の女の子を迎えました。きょうだいのいる家族、子育てです。その後も子どもたちを迎え入れ、1999年に「ファミリーホーム」に認定されました。今、6人の子どもを育てていますが、「大変さ」より「楽しさ」が勝るという。

「子どもたちはきょうだいとして育っていきます。同じ仲間がいると孤立感に悩むことがありません。かつて、ある女の子はすぐにお母さんと一緒に暮らせる予定で、お母さんも一緒に暮らすアパートまで用意していました。『さあこれから住もう』という時、急にお母さんの行方が分からなくなってしまいました。女の子はずっと楽しみにしていたからものすごく傷ついていました。その時、年上の男の子が『大丈夫だよ。この家で僕たちと一緒に暮らそうね』と声を掛けていました。女の子は『うん』と言って安心した表情に変わりました。ファミリーホームでの家庭養護の中には、そういうキラキラと光る『宝』がゴロゴロと転がっています」

「施設は、職員の交代勤務があります。ファミリーホームは常に家に同じ親がいることが非常に大きいと思います。朝起きて、学校に行って帰ってきて、眠る時まで、同じ人が近くにいます。何かを買ってほしい時も、何か問題を起こしてしまった時も、自分のことはこの人に相談すればいいんだと思える親がいます。それはとても大きいことで、子どもの安定度はまるで違うと思います」

ファミリーホームの玄関は、地域社会と子どもたちを結びつけてくれる大切な扉
子どもの親への支援、足りているのかな

里親や子育てというと大変さをイメージしたり、強調されたりすることが多いですが、家で暮らす子どもたちを見守り続ける坂本さんにとっての喜びとは何なのでしょうか。

「子どもが子どもらしくなって、わがままをいうようになった時が一番うれしいですね。それは我が家の家庭が、子どもたちにとっての『家』になったんだなと実感できるからです」

「常に同じ人(親)がいて、『この人が自分を守ってくれるんだ』と思えるようになること。そうすると、自立した後も、この家庭を『実家』だと思ってくれるし、社会に出ても親が必要だと思った時に、戻ってこられる場所にもなります。でも、本当は心の中で、本来の親のいる家庭に帰ることができたらいいと思っているんですよ。だからこそ、子どもたちの本来の親の支援が重要ですし、足りているのかなとも感じています」

家の中はそれぞれの子どもたちに合わせた時間が流れている
子どもに応じて自分の物差しを変えていく

坂本さんがこれまで育ててきた子どもたちの中には、障害のある子どももいます。社会を見回せば、私たちは誰でも障害児や障害者が家族の一員として暮らす家庭になる可能性があるからです。

「障害があってもなくても、大事なことは子どもに応じて自分の物差しを変えていくことです。私は親にもらった価値観で育ってきましたが、この子たちと暮らすようになって、子どもに応じて価値観を変えることができるようになりました。柔軟に対応することで、何でもできるようになりました。手話が必要だったら習いに行くし、分からないことがあれば勉強もしました。子どもたちが私たちを育ててくれたとも言えます。特別支援学校などの社会資源を活用し、その子に合った対応をしています。一般的にイメージするようなことを年齢に応じて要求することはしません。一緒に生活を楽しんでいます」

ファミリーホームだけでなく、里親や子どものためのサロンやコミュニティー食堂を運営するのは、地域の人たちにもっと里親制度を知って欲しいから
近所の里親を知ることから始めましょう

里親制度は、かつてのように里親と迎え入れた子どもの親子関係の中で課題を解決していくような仕組みから、里親も様々な社会のサポートを借りて育てていく時代に入ってきています。日本の里親は、比較的長い期間、子どもを育てる傾向がありますが、それだけではありません。坂本さんの家庭でも、一時保護の子どもを受け入れることがあります。

里親制度のことは何となく知っていても、踏み出せない人がいます。里親になることに不安を感じてしまう人もいます。そんな人たちへのメッセージをもらいました。

「社会のために何かしたいという人はいます。ただ、里親制度を広げていくための支援の仕組みが十分ではないのかもしれません。里親で大事なのは、その子どもごとに臨機応変に対応できるかという点です。迎え入れる子どもを選ぶような社会では、里親制度は広がらないと思います」

「躊躇(ちゅうちょ)しているのであれば、まずは一歩踏み出してみて下さい。子どもを迎え入れた直後は、いろんなトラブルがあって、苦しいことがあるかもしれません。でもたくさんの喜びもあります。学校に通い出すと、子どもに対する偏見を持っている同級生と出くわすことがあります。そんなことを懸念して、里親になることを躊躇させるような地域社会があるなら、『家族』という言葉に抱くイメージを大人が変えていかなければいけません。まずは、里親の見学ツアーでもいいでしょう、近所の里親を知ることから始めることです」

さかもと・ようこ/1957年生まれ。ファミリーホーム運営。里親や子どもを支援したり、地域に開かれたコミュニティー食堂を運営したりする「里親ひろば ほいっぷ」グループ代表。1985年に里親登録し、35年間で18人の子どもを育てる。2003年に里親としての日常を綴った著書「ぶどうの木」がTVドラマ化。後に「丘の上の家」等を著作。現在、「坂本ファミリー」にて計7人の子どもらと暮らす。

本事業は里親制度広報啓発事業として実施しています(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)
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