信頼される関係、安心できる場所であることが里親家庭にとって大切だという斎藤直巨さん(右)と竜さん夫婦
斎藤さん夫婦の場合
あきらめないで! 里親ネットワークで乗り切ろう

里親になって10年目を迎えますが、子どもと上手に関係性を築けず「もう無理だ」「この子を幸せにできない」と思った時もありました――。

東京都中野区に住む斎藤竜(りょう)さん(54)、直巨(なおみ)さん(45)夫妻は、2人の娘、竜さんの母親と一軒家で暮らしていた2008年に里親登録をしました。夫婦ともに働きながら里親として子どもを受け入れた斎藤さん夫婦。壁にぶつかりながらも一つ一つ乗り越えてきた体験を率直に話してくれました。

「みんなに育てられた」という原体験

東京都中野区の住宅街に、斎藤さんの家はあります。家に入ると、玄関のシューズボックスの上やリビングダイニングの飾り棚など、至る所に3人の子どもが作った工作や折り紙、手紙が飾られていました。一番上の娘は19歳でアーティスト活動をしています。二番目の娘は、中学3年生。そして一番下が、3歳の時に迎え入れた女の子で、今、中学2年生です。

直巨さんは、高校生の頃、ニュース番組を通じて里親制度のことを知りました。そして自分が実際に里親になろうと考え始めたのは、流産の経験がきっかけでした。

「妊娠すれば子どもは生まれてくるのが当然だと思っていました。でも流産で、子どもを抱きしめられないという経験をしました。この世に生きていてくれる子どもたちを大切にしたい、そう思ったのです」(直巨さん)

竜さんも、父親が福祉系の工業デザイナーをしていたことから、小学生の頃、障害者施設などに連れられて行っていたことがあり、「いいんじゃないの」と賛同。子どもの理解も得て、里親家庭を始めることになりました。

斎藤さん一家は、今一緒に住んでいる女の子の前に、児童相談所が「緊急を要するケース」として、一時保護した2歳の女の子を数カ月間、預かったことがありました。その子は親権者の引っ越しに伴い、自宅に近い児童養護施設に移っていきました。仕方のない別れとはいえ、家族全員が「さよならするのはつら過ぎる」と感じて、次は長く一緒に暮らせる長期里親にしようと決めました。

「今度は長期の養育里親を、と家族の意見がまとまりました」(直巨さん)

直巨さんはシングルマザーの家庭で、3人きょうだいとして育ちました。姉の父と、自分の父は違います。しかし、母親からすれば「全員私の子だから」。直巨さんは祖母から裁縫を教わったり、週末になるとおばやおじの家に泊まりに行って、いとこと遊んだり。「みんなに育てられた」という原体験がありました。竜さんも、母親は祖母の養女となり、父親も斎藤家の婿養子という環境で育ってきました。

「一緒に生きることで、家族になる」(直巨さん)

「夫婦だって、血がつながっていないですよね」(竜さん)

ただし、一つだけ考えたことがありました。迎え入れる子どもは、娘たちよりも年下と決めていました。これまでの子育ての延長線上でできるかもしれない、それにオモチャや衣類もあるから。

「自分たちの子育ての延長線上だから、里親ができるかなと考えました」(直巨さん)

「里親になるからといって、自分たちの生活スタイルは変えませんでした。意識しだしたら、家族が疲れてしまって、もたないと考えました」(竜さん)

里親の直巨さんや竜さんがもらった手紙
保育園やファミリーサポート活用した受け入れでいい

里親を始めた頃、直巨さんは自宅でWEBデザイナーの仕事を、竜さんは会社員をする共働き世帯でした。

「共働きだから不安だったということはありませんでした。当時、下の娘も保育園に通っていましたし、児童相談所の方が一緒の保育園に通えるように対応してくれました。それに頼りになる義母もいましたから」(直巨さん)

「里親家庭として夫婦でかかわることは大事ですが、迎え入れた子どもに妻と私が代わる代わる『何で?』と問いかけると、追い詰めてしまう。だから、1対1で話すのは妻の役割として、私は家事などその他のサポートをしていきました」(竜さん)

直巨さんは今、地元の児童相談所管内の里親会の支部長をしていますが、そこにはフルタイムで働く女性が数多くいます。共働き世帯だからこそ分かったことがあります。一般的な子育てでも利用する保育園やファミリーサポートといった地域にあるサービスを、里親も上手に利用した方がいいということです。

「親の元で暮らせない子どもの中には、家庭生活をほとんど経験していない子どももいるので、里親家庭でどう過ごしたらよいのか悩んでしまうこともあるようです。我が家が迎え入れた女の子も、初めの頃は乳児院と生活リズムの近い保育園の方が過ごしやすいようでした。また、家族としての関係ができるまでの摩擦の大きい期間を、毎日保育のプロが関わってくれることは里親にとっても安心ですし、親子共に支えられたと感謝しています」(直巨さん)

施設から家庭への環境の変化は、小さな子どもには戸惑うことも多いのでしょう。里親家庭の外で過ごす時間も採り入れながら少しずつ慣れていくのがいいのかもしれません。

また、迎え入れた子どもを別の里親家庭が一時的に預かるレスパイトも積極的に利用してきました。これ以外にも、夫婦が娘と過ごす時間を設け、娘たちがストレスを抱え込まないように工夫しています。

「特に最初の半年間は、お互い分からないことも多いため、家にいても休めない状態ですね。娘たちも不安定になりがちだったので、レスパイトで里親家庭が休める期間を十分確保できるようにした方がいいと思います」(竜さん)

忘れがちな10年間のそれぞれの気持ちを整理してみた際のホワイトボード。全員で「どんなサポートがほしかったか?」を振り返ってみた
子どもに「こうすべきだ」は禁句

斎藤さんの家庭に迎え入れられた子どもは、当初は緊張状態だったといいます。大好きなイチゴを大皿で出してあげたら、1粒も食べずに「ごちそうさま」と言われてしまったこともありました。

上手な関係を築けない、養育する子どもを受け止めきれない――。こういった感情を抱いてしまう駆け出しの里親は多いそうです。

「良かれと思ってしたことがうまくいかないと、里親をしていることがつらくなってきてしまうんですよね」(直巨さん)

そこで直巨さんは考え方を変えました。すると、本当に大切なことが見えてきました。

「『この子を引き受けたのだから、しっかり育てなければ』『ちゃんと生きていけるようにしなければ』。私は力み過ぎてしまうことがありました。理由は様々ですが、実の親から離れて暮らすことは、子どもにとっては怖い経験だと思います。そんな大きな不安を抱えた子どもたちが安心できる、のんびりした生活の中で心のケアをしながら子育てするのが里親じゃないかと思います」(直巨さん)

「こうすべきだ」という考え方は、やめにしました。

「どんなサポートがほしかったか?」を振り返った際のホワイトボードには、直巨さんは自分の性格を「極度にほっておけない母」と表現していた
すぐ質問できる里親ネットワークが大切

この10年、直巨さんが山あり谷ありの子育てを上手に進めてこられたのには、ほかにも理由があります。里親家庭を始める前の準備です。「自分がしてきた子育てで対応できるだろうか」。抱えていた漠然とした不安を小さくできたのは、地域の先輩里親たちとのコミュニケーションのおかげでした。地元の里親が集まる月1回の「里親サロン」に通い、どんどん質問していったそうです。里親を始めてからも壁にぶつかった時、直接相談できる先輩とのネットワークは貴重でした。

「先輩里親から聞いた経験談の蓄積は、その後のヒントになります」(直巨さん)

直巨さんは今、一般社団法人「グローハッピー」の代表理事を務めています。目標としているのは、「1小学校区に1里親」「中野のショートステイ協力家庭を増やす」。児童相談所での一時保護に至らなくても、親の病気や何らかの事情で、短期間だけ誰かに子どもを預かってほしいというニーズが散見されるといいます。そういうときに住民同士で支え合えるような関係を地域でつくり、そこから自然と里親家庭になることを考える人が増えていけば、という思いもあります。

「ファミリーサポート→ショートステイ→一時保護→短期里親。こんな感じで、子どもを預かること、親の元で暮らせない子どもを家庭に招き入れることを学び、少しずつ経験を積んでいく先に、里親となる人が育っていくのではないでしょうか」(直巨さん)

この10年で、里親から里親支援や普及のための当事者活動へと歩みを進めた
パパやママじゃないという子どもの気持ちを受け入れる

斎藤さん宅で暮らす女の子は、里親の直巨さんのことを「なおさん」、夫の竜さんのことを「りょうさん」と呼んでいます。乳児院の時の担当職員を「心のママ」と呼んでいます。女の子が「お母さん」と呼ぶのは生んでくれた母親です。

「私は、確かにお母さんともママとも呼ばれていませんが、(女の子は)『世界一愛して育ててくれる親と思っているよ』と教えてくれました」(直巨さん)

里親には、養育を引き受けた子どもに対する真実告知が求められています。生んでくれた親がいること、その親は事情があって育てることができなかったこと、そして里親の自分はあなたを心から望んで家族に迎えたということを伝えていくことです。状況については、年齢に合わせた言葉を選び伝え続けています。直巨さんの場合も、成長に合わせて言葉を選んで説明してきました。「生んでくれたお母さんに会いたい」という要望も10年間、児童相談所に伝え続け、今年ようやく交流ができることとなりました。

「物心つくまでと考えて真実告知を遅らせた結果、思春期と重なり子どもが荒れてしまったという話も聞きます。苦しんで、自分探しの旅に一人出てしまう子もいます。里親の方も『真実を告げたら、もう親と思ってもらえないんじゃないか』と不安に思う里親もいます。でも、大丈夫。毎日子育てし続けた時間は、子どもにとって大きな意味があるみたいですよ」(直巨さん)

「『かわいそうだから』ということで里親を始めたわけではありません。そういう思いが強いと、何かしてあげようと過剰に考えてしまいがちになり、空回りしてしまいます」(竜さん)

「子どもは自分を応援してくれる人を信頼します。子どもと信頼関係を築くことが大切だと思います」(直巨さん)

さいとう・りょう/1966年、東京都生まれ。会社員。
さいとう・なおみ/1975年、東京都生まれ。一般社団法人「グローハッピー」の代表理事。
夫婦には19歳と14歳の娘がいる。長期里親のほかに、短期里親、一時保護の子どもをこれまで5人受け入れている。

本事業は里親制度広報啓発事業として実施しています(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)
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