「戦争ニュース」に疲れたら……イランの日常に息づく詩の文化をのぞいてみない?
1. 報道では「抑圧的な国」という印象が強いイランだが、現地では詩が日常に深く根付いている。会話や占いに使われるほど身近な存在で、表現の制限下で本音を伝える「比喩」の役割も果たしてきた
2. イランで詩が普及した背景には、文字情報よりも音声を重視する「声の文化」の伝統がある。リズミカルな古典詩を引用できることは、知性や教養を示す重要なバロメーターとして重んじられている
3. 緊迫する国際情勢のなか、文化は分断を生まない共通言語となり得る。研究者の村山木乃実さんは、政治対立に終始せず、文化を通じて対話の場を作ることの重要性を強調している
4. イラン文化を日本へ浸透させるには、より多くの日本語コンテンツが必要です。村山さんは、研究成果を一般の人にも届きやすい物語や作品の素材として提供し、新しいイラン像を創出することを目指している
2026年4月、東京・東中野。イラン文化の魅力を発信するクリエイター・杉森健一さんらによるイベント『香と馳(は)す、イラン。』を訪れた。
会場で配られていたのは、イランの詩人にまつわる5種類の「イランの香り」のカード。その香りを堪能しながら、岩崎和音さんの奏でる打弦楽器サントゥールの伝統的な音色に耳を傾け、古典詩の朗読を味わった。
そこにはアメリカ・イスラエルとイランをめぐるニュースからは見えてこない、イランが本来持つ豊かな精神性が見えた。
この日、詩の解説と朗読を担当したのは、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所のジュニア・フェローで、宗教学とペルシア文学を研究する村山木乃実さん。
かねてよりイランの「詩の文化」にひかれていた私は、イベントの後、村山さんに話を聞くチャンスをいただいた。詩がイランの人々にとってどのような役割を果たしているのか、そして私たちが異文化とどう向き合うか――。
――イランの人々にとって詩はどのような存在なのでしょうか。
イランでは、詩は驚くほど身近な存在です。友人同士で「詩のしりとり」のような遊びをしたり、学校で暗唱を求められたりするのは日常茶飯事。政治家が演説で詩を引用することも珍しくありません。
詩人の墓所は美しい観光地となり、詩集を使った占いも親しまれています。日本人が好きなアーティストの曲を聴くような感覚に近いのかもしれません。
イランでは表現に対する検閲が厳しく、映画や出版、音楽などあらゆる表現に制限がかかるという側面があります。表立った政治批判が難しい環境下で、詩という「比喩」の表現は、本音を伝えるための重要なツールとして発達してきました。詩を読み解くことは、現代のイラン社会の本質を理解する鍵でもあるのです。
――日本とは随分と感覚が違いますね。なぜ、そこまで深く詩が浸透しているのでしょうか?
日本が情報を文字で理解する「文字の文化」であるのに対し、イランは耳で聞いて伝達する「声の文化」が強いことが理由の一つです。聖典コーランも、元来は口承で伝わり、後に編纂(へんさん)されたものです。
口承文化では、情報を記憶にとどめるためにリズミカルな言葉が重要視されます。そのため、古くから伝わることわざや古典詩は「真理を突いたもの」として重んじられてきました。適切な場面で適切な詩を引用できることは、イランにおける教養のバロメーターにもなっています。
――今回のイベントでは、緊迫する国際情勢や戦争には直接触れず、徹底して文化にフォーカスしていました。どのような狙いがあったのでしょうか。
多民族国家であるイランにおいて、文化こそが人々を緩やかに結びつける共通言語であると考えているからです。また、現地のインターネット状況が不安定で情報が錯綜するなか、対立をあおりたくないという思いもありました。
SNSではイラン国内のショッキングな映像や画像が流れてきますが、それを誰が、何の目的で発信しているのかを見極めるのは専門家でも非常に困難です。
前提となる背景を十分に理解しないまま発言することは、時に危うさを伴います。特に体制へのスタンスは、世代間でも複雑に分かれています。そうした現状があるからこそ、あえて文化という切り口から、分断を生まない対話の場を作りたかった。今回、初めてイラン文化に触れる方が多く参加してくださったのは、大きな収穫でした。
――イランは建築や工芸、文学など独自の豊かな文化を持っています。日本でより深く浸透させるためには何が必要だと思われますか。
それは私も知りたいところです。ただ、個人的には日本語で触れられるコンテンツが圧倒的に少ないことが課題だと感じています。学術的な研究成果はあっても、それが一般の方に届く形でアウトプットされていない。特に古典詩の翻訳は難解な言葉が多く、ハードルが高いのが現状です。
研究者として、出版社やメディアが扱いやすい「素材」を提供していくことが私の役割だと思っています。日本語での小説、ドラマ、漫画、音楽……。創作の種となる素材が増えれば、そこから新しいイラン像が生まれていくはずです。
――イラン文学に興味を持った読者へ向けて、おすすめの作品を教えてください。
ペルシア語やイラン文学の入り口として、毛色の違う3冊を選びました。
まずは、小泉迦十さんの『火蛾』(講談社)。イランの神秘主義詩人アッタールをモデルにした小説ですが、サスペンス要素が強く、イスラムに詳しくない方でも純粋に物語として楽しめます。
次に、映画化もされた名作、カーレド・ホッセイニの『君のためなら千回でも』(早川書房)。1970年代のアフガニスタンを舞台にしていますが、ペルシア語文化圏の精神性が実に見事に描かれています。私も次の日に誰にも会えないくらい泣きました。
最後に、アミン・アマルーフの『サマルカンド年代記』(筑摩書房)。詩人オマル・ハイヤームを主人公に、中世から近現代へとドラマチックに展開する物語で、宝塚歌劇のような華やかさとロマンがあります。山川出版社の『イラン史』などを片手に読むと、より理解が深まります。
――村山さんご自身がイランに興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。
実は、最初は全くイランに興味がなかったんです。もともとは臨床心理士になりたかった。学部では心理学に限らずいろんなことを学びたいと思っていたのですが、入学した中央大総合政策学部の第2外国語にペルシア語があったのが始まりです。
オリエンテーションで先輩の女性が「この春、イランを1カ月バックパックしてきました」と語っていて、すごく感動したんです。「ペルシア語を取れば、私もこういう先輩になれるかも!」という憧れだけで選びました。
――そこから、どのような経緯で現在の研究の道へ進まれたのですか。
1年生で言語を学び、2年生で初めてイランに行きました。そこで目にした実際のイランは、それまで自分が見聞きしていたイメージと全く違っていて、いい意味で衝撃を受けました。
「今のイランはどうなっているんだろう?」と興味が湧き、本を読み漁るなかで、1978年のイラン革命の立役者であるアリー・シャリーアティーという人物に行き当たりました。
彼の思想にはイスラムだけでなく、ヨーロッパの知見も取り入れられているのが大きな発見でした。彼を知れば今のイランが分かるのではないか。そう思って調べていくうちに、今に至ります。
――現地で感じたギャップが、研究の原動力になったのですね。
そうですね。日本の報道は政治情勢が中心ですが、現地に暮らす人々が、報道の中枢にいる人たちと同じ強度で宗教を信仰しているわけではありません。体制を支持しない人や、私たちと同じような感覚で暮らしている人がほとんどです。そのギャップこそが、私が面白いと感じている部分です。
――最後に、好きなことを将来につなげたい学生に向けてメッセージをお願いします。
私も学生時代には、今のようなキャリアを歩むとは思っていませんでした。最初から完璧を目指さず、まずはやってみる、経験を重ねることが大事です。
周囲の声に惑わされすぎず、自分の意思で進んでみてください。状況も人の評価も、時の流れとともに変わっていくものです。いろいろな意見が耳に入ることもあるかもしれませんが、あまり重く受け止めすぎなくて大丈夫です。好きなことを形にする方法は無限にあります。新しい形を「自分で作れるかもしれない」という可能性を、忘れないでほしいですね。