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俗物だけど、きらめきがある ノーベル賞作家・莫言の新作に登場する魅力的な人々

Bestsellers 世界の書店から
相場郁郎撮影

『晩熟的人(遅咲きの人)』は、2012年にノーベル文学賞を受賞した莫言の、主に受賞後に書かれた12の中短編小説集である。長編小説で知られるが、短編の冴えも見事。人物が次々と登場し、読み応えがある。

受賞後の作風に変化はないようだ。ただ功成り名遂げ帰郷した著者自身が各作品に登場する。著者に平身低頭して余沢にあずかろうとする村人や、虚栄と名声に駆られた文壇作家たちが群がる。

舞台も変わらず著者の故郷、山東省高密県の農村だ。登場人物は家族・親類縁者、学校の生徒と教師、工場や鉱山の同僚といった親密な者同士ばかりだ。しかもその多くは貧困と失意にあえぎ、だましだまされ、振り振られ、恨みやねたみが渦巻いている。

言葉巧みにペテンを働く詩人と、自分の才華に溺れてその詩人にうつつを抜かし零落していく作家くずれの悲喜劇、武術家たちの迫真の格闘が仕組まれた演劇と判明する茶番劇、スッポンにかまれた少年が難を逃れるまでの間に欲にまみれた大人たちのこざかしい魂胆が暴かれるドタバタ劇、船中での作家サロンで財布をすられた作家がめぐらす疑心暗鬼とその後日談で構成された劇中劇。中国版「俗物図鑑」だ。

あざなえる縄のごとき禍福が露悪的ドラマに編まれていく時代背景に、文化大革命がある。貧農が地主を打倒し、生徒が教師をつるし上げ、村の権力関係が逆転した悪夢の時代、落魄(らくはく)した村民は狂喜の祝宴を満喫した。あの時代のあの記憶が、起伏と曲折に富んだ集団感情の物語として描かれる。

だが業深い人びとの中に、慈愛に満ちたきらめきが灯される。失踪した夫を帰宅するまで35年待ち続けた妻、苦しい時も悲しい時も自慢の口笛を絶やさなかった貧しい坑夫と、2人の我が子を狼に食べられ森に入り狼を退治し自死したその妻。そこには一幅の宗教画のような神々しさがたたえられている。

老境の枯淡や、大作家のてらいは微塵(みじん)も感じさせない。おそらく荒涼とした田園に漂う白雲を日々眺めながら、作家の脳裏にはとめどなく物語が去来している。作家の創作の泉は滾々(こんこん)と枯れることなく、有象無象の懲りない人びとが虚実のあわいに明滅する。彼らがうごめきいくつもの奇譚が紡がれていく。

■中国文学にとって究極の美とは

『人間詞話』、「じんかんしわ」と読む。「人間」とは人の世、世間のこと。「人間到処有青山(じんかん到る所青山あり)」の「人間」である。「詞」とは中国古文の詩体の一つ。中国の詩は、『詩経(しきょう)』の時代の四言詩から始まって、不定形の『楚辞(そじ)』、漢代の『楽府(がふ)』、六朝の『文選(もんぜん)』のような古体詩のあと、律詩・絶句の定型詩として確立した近体詩を経て、唐末に芽生え宋代に栄えた長短句の入り交じった「詞」へと変遷してきた。

「詞話」とはこの「詞」に関連する逸話や歴代の秀句に評語を加えた作品を言う。作品の典拠や考証についての雑文集という要素もある。『人間詞話』の場合、いずれも1本が100字程度の短文から構成された随筆集である。「詞話」というジャンル名と体裁は、北宋の詩人欧陽修(1007~72)が創始したという。「論」ではなく「話」であるから、簡にして要を得た警句を寄せ集めたもので、前後に脈絡はない。中国文学研究の泰斗(たいと)である吉川幸次郎に『人間詩話』(1957年、岩波新書)がある。タイトルの通り王国維にあやかったものである。「詞」ではなく「詩」となっているように、とりあげられた作品は「詞」ではなくて絶句・律詩の「詩」である。

著者の王国維(1877~1927)は、文学・戯曲・美学・史学・古文字学・哲学等の諸学に精通し、国学の基礎を築いた清朝末期の大学者。1898年の戊戌(ぼじゅつ)維新が失敗したあと、さらに1911年の辛亥(しんがい)革命により清朝が崩壊したあと、いずれも日本に亡命し、内藤湖南や狩野直喜などの東洋学者との交遊を深めた。日本における王国維は、滞在中の主な事績から、甲骨文を始めとする古文字・古文書研究のパイオニアとして知られているようだ。

1927年6月2日、蔣介石率いる国民党の北伐(ほくばつ)前夜、北京の名所である頤和園にある昆明湖に入水した。下着のポケットから、「五十年、ただ一死を欠く。この世の変化を経て、義として再び辱められること無し」の遺書が見つかった。最後は清朝のラストエンペラー溥儀に仕え、清朝の遺老として自ら命を絶った。だが、真相はいまだにわかっていない。

『人間詞話』は1908~09年に書かれた作品で、魯迅、陳寅恪、朱光潜など数多くの作家や知識人からの高い評価を得た、中国文学の古典。2020年の4月に教育部が認定する高中(高等学校)クラスの推薦図書に指定されたことで、ベストセラーの一角に連なった。

日本では中国の詩というと唐詩ばかりがもてはやされるが、中国では音楽的要素が強く、定型の縛りから比較的自由で、喜怒哀楽がより直情的に表出される「詞」もまた、「詩」とならんで親しまれている。かの毛沢東は革命家・政治家としてだけではなく、中国古典に造詣の深い文人でもあった。みずからもこの詞体で何首もの個性的な作品を残している。その作品は、武田泰淳・竹内実『毛沢東――その詩と人生』(1965年、文芸春秋新社)で、ほぼその全容を鑑賞することができる。

『人間詞話』は定稿・未定稿・削除稿の3部からなり、いずれも雑然と警句が連ねられているのみであるが、そこにはポエジー(詩想)に対する王国維の一貫した審美眼を見て取ることができる。

ポエジーにとって究極の美とは何か。それは作品に写し出されている詩人の「境界」である。「境界」とは何か。それは詩の本質であり、「気質」と「神韻(気品)」を兼ね備えている(未完稿14)。「境界」は「景(景色)」と「情(情感)」から構成され、「景をもって情を寓(宿らせる)」(未定稿16)としているが、両者は混然一体となって「あらゆる景語は情語」(削除稿3)なのである。

例えば陶淵明の有名な「菊を采(と)る東籬(とうり)の下(もと)、悠然として南山を見る」。これは「物をもって物を見る」。忘我のまなざしで物に接しているため、何が物で何が我か見分けがつかない「無我の境」である。無我の境地にいたるには広い度量を備えなければいけない(定稿3)。

優れた詩人は「自然のまなざしで物を観、自然の言語で感情を表現する」(定稿52)。そのためにはどうすればよいのか。「客観世界の詩人は、多く世事を経験しなければならない。経験が深ければ深いほど、作品内容はより豊かに変化に富んだものになる。……主観世界の詩人は、経験を積む必要はない。経験が浅ければ浅いほど、情感は純真になる」(定稿17)

叙情を萎縮させぬよう少年の純真さを失ってはならない。「詩人はあらゆる外物をすべて遊びの素材として視る。しかしその遊びに心からの熱血を注ぐ。ふざけているようで大真面目、そのどちらも欠かせない」(未定稿50)

詩人の眼はそこにあるものをあるがままに見る。「詞人は単に人に対してだけではなく、一木一草に対しても忠実である。忠実さを失うと詞は真情のない上滑りなものになる」(未定稿45)

だから優れた詩人の作品は、「情感を写せば人の肺腑にしみ、景色を写せば視界を広げる」(定稿56)。ポエジーを極めた詩人は「宇宙と人生をその中に深く入れ、その外に出す。深く中に入れればあるがままに描き、外に出せばあるがままを観る、深く中に入れば生気が躍動し、外に出れば高雅にして精緻(せいち)である」(定稿60)。

どうだろう。この「境界」とは限りなく日本の詩歌文学における神髄とされてきた「まこと」あるいは「まごころ」の発想に近くないか。古典詩歌における自然観をめぐる美意識の比較を日中相互で討議してみると面白い。

■人生読本にして文章読本

いまこの拙文を隔離先の広州のホテルで書いている。新型コロナ禍で1年間、勤務先の北京に戻れず、2学期にわたる教学の責めをリモートのオンライン授業で塞がねばならなかった。いまこうして復帰の途に就くにあたって、無事北京での公務に復帰するためには、何人も渡航先で3週間、北京で1週間の隔離に従わなければならない。その間、ホテルや宿舎の部屋からは一歩たりとも外に出られない。不自由といえば不自由極まりない。だが、別に体に不調があるわけでなく、拘禁されるような罪科があるわけでもない。外出制限を除けば、何をしてもよい。ある意味、すこぶる自由である。

そのような境遇のなかで、梁実秋(1903~87)の『可能這就是人生吧(これぞ人生ならんか)』を読んでいると、一字一句が臓腑にしみ入るようである。その感興を一言でいえば、清福(=精神的な幸福)のなかで寂寞(せきばく=寂しさ)を友とするといった境地である。

著者、梁実秋は北京生まれ。学者・文芸批評家・翻訳家で、中国のシェークスピア研究の第一人者。23年に米ハーバード大学に留学、26年帰国後は、国立東南大学と国立青島大学で教授を歴任、49年、中華人民共和国成立時に台湾にわたり、台湾師範大学の英語学教授を務め、台北で死去した。とりわけ散文の名手として知られ、本書は刊行後80年を経て累計2000万部を超える、いわば随筆のお手本のような古典である。含蓄に富む生活の指南書であるとともに、これまで多くの学生や作家に読み継がれ讃嘆の声やまない文章読本でもある。

本書は言う。「寂寞は深山幽谷に分け入らずとも、心が清浄であれば、市場でも陋巷(ろうこう=狭苦しいちまた)でも、悠然とした境地を味わえる。『心遠ければ地おのずから偏なり』だ。この境地にいて想像の翼を羽ばたかせ、俗世の汚れを脱して古人と共にあそぶ。寂寞とは一種の清福のことだ」(111ページ、以下引用の後の数字は該当ページを示す)

この幸福感は貪欲(どんよく)にもがいて求めるものではない。苦痛のない状態だ。ではどうすれば幸福感に浸ることができるのか。「雨には雨の趣、晴れには晴れの妙処、小鳥が跳ねて餌をついばみ、猫や犬が腹を満たしてまどろむ。それを見て快楽を覚えずにいられようか。道路で商店で職場で、たまたま笑顔に接すれば、それだけでしばし快さに浸れるではないか」(110)

生活の達人であればこそのさりげない警句である。ここにはこの世に生をうけるのも、この世界と離別するのも、行雲流水のごとく、自らの意思でなく自然の受動によるもの(126)という諦観(ていかん)がある。この諦観を日本の近代文学の伝統に求めれば、まず指を屈するのは漱石の『草枕』における低徊(ていかい)趣味であろう。静かな境地のなかに人生の悲喜をながめ、つれづれなるままに世間のさまざまな姿の中から詩画のごとき一コマを切り出すのである。

その別趣は静寂な世界であるが、超俗や寂滅ではない。夜ごとネズミがはい回り蚊がうなるあばら屋を喜怒哀楽が賞味できる「雅舎」と呼んでみたり(5)、曽遊の地、上海の朝をこのように描写するような、生活者のまなざしによって体得される。

「夜明けに起き、路地のあちこちからシャカシャカと馬桶(=部屋に備え付けた便器)を洗う音が聞こえ、汚水があたりに満ち、露宿する人たちがひしめいている。このような苦悩は高枕で日が高くなるまで惰眠をむさぼる遊民にはあるまい」(29)

生活の達人は裕福ではない。だが貧しいからこそ赤裸々な心を持ち、貧しき人々と分け隔てなく接することができる。がつがつと欲求の炎にあおられてはいけない。人生の巧者は自由を好む。趣味愛好へのこだわりがある。だが入れ込みすぎてはいけない。梁の嫌うのは人々を見境なく耽溺(たんでき)させるもの、たとえば麻雀である。また成り金のふるまいにも、「その顔を上げて呵々大笑すると、襟首の盛り上がったぜい肉に三本のしわが刻み込まれている」(63)と虫ずが走る。

梁の趣味はといえば、たこ揚げである。「たこを放つときは一本の糸を引き、たこが高く舞い上がり、高天に留まるのを見ていると、あたかも自分もたこと一緒に舞い上がり、俗世を俯瞰(ふかん)しているように泰然自若としてくる。これは自ら飛んでしまっては得られない感覚ではないだろうか」(24)

そしてなにより酒は飲んでも飲まれてはならない。「花は半ば開くを見、酒は微醺(=ほろ酔い)を飲む」(11)の『菜根譚』にいうたしなみである(なかなかそうはいかないが)。そんな梁にも貪欲に走る例外がある。口腹の欲求となると、一切の妥協を許さない。どこそこの店のなんとかという美肴は、料理人の誰それが、なんの素材を、どんなレシピで調理するからうまいのだと、うんちくはとどまるところがない。

美食へのこだわりの背景には、梁が生まれ育った北京の銀座ともいわれる王府井(ワンフーチン)にある東安市場界隈で食べ歩いた経験があるからだ。そこは商店・屋台・レストランがひしめく食の殿堂だ。長年、賞味してきた舌先の記憶はなかなか消えるものではない。しかし梁は大陸を離れて台湾に転居し、そこが終焉の地となった。だからこそ北京への恋々とした思いは募るばかりだ。

「いまの北平(中華民国時代の北京の呼称)は変わってしまった。最近訪れた人によると、東安市場の名前はなくなり、もとの姿もとどめず、たくさんのおいしいもの楽しいものは記憶のなかに留まるだけで、あの土地を残すのみ。幼少期の懐かしい、のんびりと満ち足りた場所は、いまや影も形もすっかりなくなってしまった」(200)

本書の中には北京の風物や年中行事を微に入り細に入り活写して余すところがない。ただ梁が気に入った土地は、清潔で風景が美しく、料理がおいしい青島(チンタオ)だという。

北京に関するエッセーでとりわけ興味深いのは、胡適、聞一多、潘光旦、徐志摩、羅隆基ら同時代の有名文化人との公私にわたる交遊に混じって、「老北京(=北京っ子)」の作家老舎(1899~1966)の追想に1編が割かれていることだ。ある文芸の夕べの催しで、老舎の呼びかけで、2人で伝統芸能の「相声(=中国式漫才)」を披露したというのである。日本との抗戦間もないころの北京で、老舎は痩せ衰えていたが、穏やかな口調で、和気あいあいと慈愛に満ちた物腰だったという。台湾でこの小品を書いた1967年の前年の文化大革命のさなかに、老舎は北京の太平湖に入水していたのだが、梁は「去年彼は九泉(=あの世)の客となったそうだが、まだ生きているという人もいる。いったいどちらが正しいのだろうか」と記している。老舎の自殺については、生前親しくした井上靖、水上勉、開高健なども、その最期を描いた短編小説がある。なかでも梁の回想は余情が纏綿(てんめん)として哀切である。

本書のうち、哀切を極めているのは、「母を恋うるの記」ともいうべき母親についての回想である。11人の子どもを産み育てた母であったが、注いだ愛情は深く、分け隔てがなかった。「北の春は寒い。家の中にはストーブがあるが、眠るときの布団は鉄のように冷たい。子どもたちは一つの大きなオンドルに寝て、頭を外に出し、1つの列に4人が寝る。母は毎晩私たちの布団に入ってきて、くすくすと笑いを絶やさず、出ていくときにランプの灯を吹き消し、私たち一人一人の首のところの布団を引き上げる。すると布団の中はたちどころに暖かくなり知らず知らずのうちに眠りに落ちたものだ」(191)

この暖かさがいまも残るだけに、扶養も看取りもできなかったことが悲痛でならない。

中国のベストセラー(文学部門)

京東商城1月1日付ベストセラーリストより

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 你当像鳥飛往你的山

タラ・ウェストーバー

『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(早川書房)

独学で大学受験に合格し博士号を取得した成功物語。全米ベストセラー。

2 晩熟的人

莫言

ノーベル文学賞受賞後の新作中短編集。中国版「俗物図鑑」。

3 吉檀迦利

タゴール

『ギタンジャリ』(第三文明社、風媒社など)

インドの大詩人のノーベル文学賞受賞詩集。訳は女性現代作家の謝冰心。

4 人間詞話

王国維

中国国学大家による「詞」にまつわる逸話・秀句を集めたエッセー。

5 小王子

サンテグジュペリ

『星の王子さま』(岩波書店、講談社など)

砂漠に不時着した主人公と、とある惑星から来た王子との物語。

6 林徽因文集

林徽因

女性建築家にして詩人・作家の文芸作品集。3冊セット。

7 飛鳥集・新月集

タゴール

インドの大詩人の2つの詩集。訳は鄭振鐸。

8 可能這就是人生吧

梁実秋

散文家・翻訳家・文学研究者の滋味に富んだ小品集。

9 活着

余華

『活きる』(角川書店、中公文庫)

激動の中国現代史を生き抜いた家族の物語。1000万部超えの人気作。

10 皮嚢

蔡崇達

故郷福建の人と風情を描いた自伝的散文集。400万部突破。