インドには「砂マフィア」が出現 背後に強力な政治家? 職不足や建設ブームの裏で
インドは建設ブームに沸いている。首都ニューデリーから車で40分ほどのウッタルプラデシュ州ノイダでは、あちこちでビルが建てられている。建設に欠かせない砂をめぐり、13年前、この町で殺人事件が起きた。
2013年7月、3人の男が農家のパル・ラム・チョウハンさん(当時52)の自宅に押し入り、銃撃した。次男や1歳の孫の目の前で頭と顔、胸を撃たれ、チョウハンさんは搬送先の病院で死亡した。
「地域の農家は砂の違法採掘に悩まされてきた。父は不正を黙って見ていられる人ではなかった」と長男のアカッシュさん(39)は話す。インドでは砂を得るため殺しもいとわない集団を「砂マフィア」と呼んできた。
一家はヒマラヤ山脈から流れるヤムナ川沿岸の農地で野菜をつくってきた。だが2012年ごろから、所有地や村の共有地が採掘業者に不法に占拠されるようになった。ねらいはコンクリートを作るのに最適とされる川砂だ。インドの建設需要は拡大し続けており、調査会社モルドールインテリジェンスはインドの建設市場は2031年に約1 兆1000億ドル(175兆7000億円)に達すると予想する。
都会的なマンションや政府が計画する高速道路の建設には大量の砂が必要だ。ヤムナ川の砂はダンプカーに積んで運ばれた。川は汚れ、侵食で土地は崩れ、洪水も起きやすくなったとアカッシュさんは振り返る。警察や役所に訴えてもらちがあかず、チョウハンさんは2012年12月、不法占拠者の立ち退きと罰金を求める訴訟を起こした。
違法な採掘はインド各地で起きてきたが、その年の8月、別の裁判で最高裁は、国の認可を得ることなく砂などの採掘をしてはならない、との画期的な判決を出した。規制をすり抜けていた小規模な採掘にも認可が必要になった。
ウッタルプラデシュには当時、違法業者を厳しく取り締まる官僚もおり、業者は追い詰められていた。
チョウハンさんが撃たれたのは、その官僚が不自然な形で失職した4日後のことだった。失職の真相は明らかになっていないが、州政府は「マフィアと政治の癒着だ」との批判にさらされた。
現地紙は、犯人が殺害の1 週間前に「(チョウハンさんの)訴訟のせいで大きな損失だ」と周囲に不満を漏らしていたと報じた。八方ふさがりになった業者が極端な暴力に訴えた可能性がある。
一家の悲劇は続いた。2014年6月、次男ラビンダーさん(当時26)がデリーの線路近くで遺体で見つかったのだ。明確な証拠はないが、アカッシュさんは弟の死も砂マフィアの仕業だと信じている。父を殺害した容疑者は近所の住人だった。アカッシュさんは4人を殺人罪などの疑いで告訴した。自身も脅迫を受けながら毎日裁判所へ通っていると、当時事件の担当だった国選弁護人に言われた。「いっそのこと弁護士になったら?」
アカッシュさんは一念発起して州内の大学で学び直し、2020年に卒業。司法試験に合格して弁護士になった。父の訴訟の公判があるたびに書類や証拠を用意し、20人の証人の証言も記録。2023年11月、4人のうち2人に終身刑判決を勝ち取った。砂問題について「政府の許可さえあれば何でもありになることを危惧している」と話す。
砂マフィアの元締は誰なのか。環境活動家のビクラント・トンガッドさん(35)は「非常に強力な政治家であることも多い」と話す。邪魔者とみなされて地元メディアの記者が標的になることもあり、「正確な数字は分からないが、少なくとも数百人は犠牲になっているのではないか」。
南部カルナタカ州では2026年1月、州幹部が議会で「あらゆる政党の大物が違法な砂の採掘に関与している」と発言。別の議員は違法採掘を止めようとして、砂マフィアに脅迫されたと訴えた。
砂マフィアの構成員の多くは地元住民だ。「企業が採掘許可を持つ地区の砂の質が良くなかったり、掘るのが難しかったりすると、住民が勝手に別の地区で採掘をしてしまうこともある」。トンガッドさんは砂マフィアと話すうちに打ち解け「経営学修士(MBA)を持っているのに仕事がない」と身の上話を聞かされたこともある。砂問題は現地の雇用や経済問題とも密接につながっているのだ。
過剰な砂の採掘は環境にも影響を及ぼしている。インドメディアによると、北部ウッタラカンド州コトドワールでは、2023年7月の豪雨で川が氾濫(はんらん)し、橋が崩落。川沿いで数十軒の家が壊れ、川砂の過剰な採掘が一因だと指摘された。
一方で、「昔ほど簡単には人を殺せなくなっている」とトンガッドさんは言う。警察や行政が動かなくても不正はすぐSNSで拡散されるためだ。
「世界人口の2割が暮らすこの国で、採掘を完全に止めることは不可能。環境を壊さずに建設を続ける方法を見つけ、バランスを取ることがカギになる。実用的な砂の代替品が登場することを期待している」とトンガッドさんは話す。