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グリーンランドの氷床が生んだ「サプリの粒」 微細な砂は食料危機の鍵になり得るか

World Now 更新日: 公開日:
カンゲルルススアーク近郊にある川の下流のデルタ。この島を真っ白く覆う氷床(奥)が解け砂が大量に現れている=2026年2月、グリーンランド西部カンゲルルススアーク、今村優莉撮影

鉄のスパイクと命綱を頼りに、零下20度の氷塊を踏む。北半球で唯一の氷床に徒歩で近づけるグリーンランド・カンゲルルススアークで、記者は真っ白のはずの割れ目に、くすんだ灰色の粉を見つけた——「砂だ」。世界が砂不足に向かういま、氷床が万年単位で削り出してきた微細な粒は、農地をよみがえらせる「新たな資源」になり得るのか。

割れ目にたまった、灰色の粉

道なき道を行く。

鉄製スパイクを装着し、命綱のロープを頼りに、一足ごとに「バキッ、バキッ」と響く氷塊の上を歩く。

北半球で唯一の氷床に、徒歩でアクセスできるグリーンランドのカンゲルルススアーク。

氷床に向かうため、ロープをつたって凍った川を渡る筆者。鉄製スパイクで、バキバキと音を立てる氷の塊を踏みしめながら進む=2026年2月11日、グリーンランド・カンゲルルススアーク近郊、Anders Berthelsen氏撮影

北緯67度、西経50度にある。手元の温度計が零下20度を指し、手足の感覚を失いかけたころ、視界が一気に開けた。

日本列島の約4.5倍の広さを誇る氷床が、青白い大地として眼前に広がっていた。

それはまるで、大海原を一瞬で凍らせたかのような光景だった。

現地を案内してくれたパトリック・アブラハムセンさん(46)が指をさして言う。「足元を見てごらん」。

視線を落とすと、氷の割れ目に沿って、くすんだ灰色の粉がたまっていた。手に取ると、ベビーパウダーのように細かい粒が、指紋の間に入り込む。]

カンゲルルススアーク近郊の氷床上で見つけた砂。氷が岩盤を削り出して生まれた微細な粒子が、青い氷の表面に広がっていた=2026年2月12日、グリーンランド・カンゲルルススアーク近郊、今村優莉撮影

「イッツ、サンド(砂だ)!」

思わず声が出た。私はこれを見るため、地図の上で「真っ白」に描かれる、氷の大地に来たのだった。

氷床が削った「削りたて」の粒

世界では今、砂を、自然のプロセスで生成されるより早く私たち人間が消費している。そのため国連は枯渇する恐れがある資源だと警鐘を鳴らしている。そんなときに、グリーンランドで砂が出てきたとは、どういうことなのか─。

時間を少し戻す。

グリーンランドに来る前にデンマークで、地質学者でコペンハーゲン大学のミニク・ロージング教授の研究室を訪れた。そこで見せてもらったのは、小瓶に入った薄い灰色の粒だった。

「グリーンランドの厚さ3000メートルの氷床が、万年単位の時間をかけて山を削り、砕いて生み出したものだ」とロージング教授は言った。

地球上には南極とグリーンランドの2カ所にしかないという巨大な氷床は、長い年月をかけ、冬に成長しては夏に解ける、というサイクルを繰り返しながら、少しずつこの砂を生み出してきた。ところが、温暖化によって成長を上回る勢いで氷床が解け出し、その下に封印されていた細かい砂が、人びとの目に触れる形で現れたのだという。

グリーンランド出身の地質学者ミニク・ロージング教授=2026年2月5日、コペンハーゲン大学の地質学博物館、今村優莉撮影

小瓶の中身を手に取ると、驚くほど細かかった。「これは、砂?」と問うと「砂と言う人もいるが、建設用に使うものよりはるかに小さい」とロージング教授。粒径(直径)は地質学的には「シルト(微砂)」や粘土に相当する。

その細かさゆえに、体積あたりの表面積が大きくなり、土壌にまくと水分と結びついて、含まれていたミネラルが溶け出しやすくなるという。

ロージング教授の説明は続く。

「世界の多くの砂や泥は、鉱物が栄養分を失った残りカスのようなものだ」。熱帯地域では、雨水や熱にさらされることで、カルシウムやマグネシウムといった植物に必要なミネラルが、長い時間をかけて洗い流されてしまう。

一方、グリーンランドの砂は、氷床の重圧によって岩石が物理的に粉砕された「削りたて」の状態だ。雨や熱に長時間さらされることなく、氷の下に封じ込められてきたため、ミネラルが失われていないのだという。 

小さなビンに入った微細な砂を手にとって見せるグリーンランド出身の地質学者ミニク・ロージング教授=2026年2月5日、コペンハーゲン大学の地質学博物館、今村優莉撮影

「削りたての鉱物の粒は、自然が何万年もかけて用意したサプリメントのようなものだ」と地質学者は説明した。このミネラル豊富な砂を使って農作物を実際に育てたという女性に会いに行った。

試しにまいた、灰色の砂

カラフルな家が立ち並ぶ、グリーンランド西部の海岸沿いにあるシシミウト。街の中心部を貫くアスファルトの道が途切れると、移動手段はエンジンから犬に変わる。

「今年は雪が足りず、犬もソリがうまく引けていない。気候変動は私たちの日常に確実に影響を与えている」

一緒に犬ぞりに乗っていたトゥパンナ・コッマン・クライストさん(40)が言う。11 頭の犬とソリは氷と雪、露出した土が混じるデコボコの道を、上下左右に揺れながら進む。シートベルトはなく、犬が土をよけるように跳ねるたび、ソリも尻も宙に浮いた。

犬ぞりに乗るトゥパンナ・コッマン・クライストさん(右)。座面には防寒用にジャコウウシの皮が敷かれ、アザラシの皮を加工したロープで縛り上げられた伝統的な乗り物だ=2026年2月、グリーンランド西部、シシミウトで今村優莉撮影

シシミウトで生まれ育ったクライストさんは10年前、農家の男性との結婚を機にグリーンランド南部で農業を始めた。

「一番の問題は天候が不安定になったことだ。雪や雨、強い風が本来とは違う時期に突然やってきて、草が育たなくなった」

そんな彼女のもとに5年前、ある実験プロジェクトの話が舞い込んできた。氷の下で発見された微細な砂を農地にまいてほしいというもので、半信半疑で試した。すると、「牧草は2倍くらいの速さで育ち、かつ状態も良かった」。3種類の牧草は、どれもより濃い緑色になり、養分が強くなったことが確認できたという。

こうした効果は、アフリカでも確認された。2020年からロージング教授らはガーナのトウモロコシ畑でフィールド実験をした。

熱帯特有の豪雨にさらされ、栄養分が洗い流されたやせた土壌では、作物の生育が難しいとされてきた。そこにグリーンランドの砂をまき、五つの栽培期にわたって検証を続けた。天候に左右されながらも、一部の試験区域では、複数の栽培期でトウモロコシの収穫量が最大50%増加。化学肥料は一切使っていないという。

グリーンランド取材でアレンジ兼ガイドをしてくれた、パトリック・アブラハムセンさん。普段はカンゲルルススアークを拠点に活動する現職のレスキュー隊員でもあり、氷床の変化を間近で見て来た=2026年2月、グリーンランド西部カンゲルルススアーク、今村優莉

ロージング教授は「今までグリーンランドは温暖化による『被害の象徴』とされてきた。しかし別の課題については、一つの解決策を提供し得る」。微細な砂の使い方次第では、違う見方もできると強調した。

念頭に置くのは、世界的に高まる食糧需要だった。「地球の人口は90億人に近づいている。これだけの人々を養うことを考えたとき、農業の生産性を高めなければならない」

年間10億トンの可能性

ロージング教授によると、氷床の下で削り出される微細な砂は、氷の規模から推計すると、年間で約10億トンに上る。「温暖化の影響で、結果的にその量は増えていく可能性がある」とも話す。

23~25年にかけ、デンマークとアフリカでの実証データとともに論文を複数回発表。24年にはビジネスの可能性を感じて「Rock Flour Company」を創業した。まずはグリーンランドの中心都市ヌークのフィヨルドの堆積現場から抽出した砂のサンプリングと品質テストを経て、5年以内の製品化を目指す。

この微細な砂に注目するのは、科学者だけではない。

グリーンランド自治政府庁舎の執務室でインタビューに応じる、ナーヤ・ナタニエルセン鉱物資源相。ビジネス・鉱物資源・エネルギー・司法・男女平等を担当する=2026年2月13日、グリーンランド・ヌーク、今村優莉撮影

グリーンランド自治政府で経済・鉱物資源などを担うナーヤ・ナタニエルセン大臣(50)は気候変動について「地元の人々の暮らしと家計に深刻な影響を与えている」と話す。一方、「デンマークからの補助金に依存しすぎないという目標がある。そのためには、自分たちの経済を確立しなければならない」と言う。

こうした難しい状況下で、解け出した氷の下から出てきた砂については、「通常の鉱山のように採掘する必要がなく、環境に負の足跡を残さない、大きなポテンシャルを秘めている」と評価する。

被害の象徴から、解決策へ

もっとも、「欲しいだけ取れる」資源ではない。グリーンランドでは土地を私有することはできず、土地に関する権利はすべて政府が管理し、鉱業を含むあらゆる活動に条件付きで許可が与えられる仕組みになっている。政府は法のもと、安全や環境、社会的な持続可能性を確保するよう事業者に義務づけている。

ナタニエルセン大臣は言う。「世界はまだこの資源を知らない。政府も世界に知らせる扉を開いていかなければならない」。将来的に輸出産業に育つよう政府としてもサポートしていきたいという。