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グリーンランドはお買い得な物件なのか?

国際ニュースの補助線
コペンハーゲン中央駅の売店には、トランプ米大統領のデンマーク訪問中止を伝える新聞が並んでいた=8月22日、コペンハーゲン、ロイター

8月16日に何の前触れもなく、ウォールストリートジャーナル(WSJ)が「トランプ大統領が新たな不動産買収を検討:グリーンランド」と題する記事を発表し(日本語訳)、その後トランプ大統領が最優先事項ではないと留保をつけながらも検討している事実を認めた。デンマークは財政赤字を出しており、アメリカはデンマークを防衛しているのだから不動産の取引出来る環境はある、と説明し、世界が騒然となった。アメリカは古くはフランスから仏領ルイジアナを買収し、またアラスカをロシア帝国から買収したという過去があり、それ以外にもヴァージン諸島なども金銭による取引で領土として組み込んだ過去がある。また、周知の通り、トランプ大統領は不動産業で名をなした人物であり、ニューヨークのトランプタワーをはじめ、世界中に「Trump」ブランドのリゾートやビルを開発・所有している。普通の政治家がこうした取引に言及すれば、突拍子もない冗談のように聞こえるが、アメリカの領土拡張の歴史と不動産業者としての大統領の過去から、この話はシリアスな外交問題になると思われた。

しかし、デンマークのフレデリクセン首相は即座に「グリーンランドは売り物ではない」とコメントし、またグリーンランド自治政府もトランプ大統領の提案をあっさり拒否した。その反応を受けて、トランプ大統領は二週間後に予定していたデンマーク訪問を取りやめにすると表明し、マルガレーテ女王への謁見を含む国賓待遇の準備をしていたデンマークはちゃぶ台をひっくり返されることとなった。また、トランプ大統領のデンマーク訪問を待ち望んでいた駐コペンハーゲンの米国大使はトランプ大統領歓迎のための屋上広告まで準備していたのに梯子を外される結果となった。

この突然のデンマーク訪問中止は、トランプ大統領がグリーンランド買収に本気だったということを示すものとして大きく取り上げられ、俄にグリーンランドへの関心が高まった。しかし、トランプ大統領は訪問中止の理由を「デンマーク首相が買収案を『馬鹿げている(absurd)』と表現したからであり、それはアメリカに対する侮辱である」として説明した。それが本心かどうかはわからないが、これをもってグリーンランドの買収話は収まったと言えよう。

とはいえ、アメリカが突如グリーンランドに関心を持ち、このような買収案が浮上したことは国際政治を見る上で様々な示唆を得ることができよう。ここでは少し補助線を引いて、グリーンランド買収案が意味するところを検討してみよう。

温暖化がグリーンランドの価値を上げた

グリーンランドは北極圏にある世界最大の島であり、そのほとんどは氷に覆われている。5万人規模の人口があるが、その5分の1は首都であるヌークに住み、主たる産業は漁業である。本国であるデンマークからの補助金に依存した経済で、普通に考えれば経済的な利益を見込めるものではない。もしアメリカがグリーンランドを買収すれば、デンマークが提供している補助金に相当するコストをアメリカが負担することとなり、不動産業者としてのトランプ大統領から見ても魅力的な「物件」とは言えないだろう。

しかし、その状況が温暖化によって変わりつつある。グリーンランドの地下には石油をはじめ、様々な地下資源が眠っていると見られており、温暖化が進んで地表を覆っている氷が解けていけば、地下資源を採掘するコストが格段に下がり、極めて有望な「物件」となる。その地下資源にはレアアースが含まれると見られている。現在、レアアースの市場は中国が圧倒的なシェアを占めており、中国との貿易戦争を繰り広げるアメリカにとって、中国からレアアースが調達出来なくなれば、ハイテク産業の活動などに影響が及ぶ恐れがある。しかも、その中国はグリーンランドの資源を狙って空港などのインフラに投資し、レアアースの採掘権にも色気を見せている。

また、アメリカとデンマークないしEUとの間には米中貿易戦争ほどの摩擦はないが、トランプ大統領は繰り返しEUとの貿易が不公正であると非難しており、フランスが提案しているデジタル課税(アマゾンなどのアメリカ企業が行う電子取引への課税)に対抗して、フランスのワインなどに報復関税を課すといった脅しもしていることから、アメリカが求めるレアアースへの報復関税などを課せられる可能性もある。

このように有望な「物件」であり、そこから得られる資源が中国の影響下におかれたり、EUの関税が課せられるようなことがあるならば、その「物件」を買収してしまった方が良い、と考えるのは不動産業者としてのトランプ大統領の発想にあったのかもしれない。実際、地球温暖化を防止するための規制に反対し、温暖化よりもエネルギー産業を保護することを優先するトランプ大統領にとっては、温暖化がもたらす恩恵のように見えている可能性もある。

戦略的に重要なグリーンランド

グリーンランドの価値は地下資源だけではない。軍事的にもグリーンランドは重要な位置にある。北極点を中心とした地図を見ればわかるように、グリーンランドは北米大陸とユーラシア大陸の間にあり、冷戦時代からロシア(ソ連)から飛来する戦略爆撃機や大陸間弾道ミサイルを探知する上では重要な位置にあり、グリーンランドのチューレには米軍基地が存在する。1968年には水爆4発を搭載したB-52戦略爆撃機が墜落する事故があり、それによって米軍がグリーンランドに核兵器を配備していることが明らかになったが、この事実は長い間グリーンランドの住民には知らされず、この事実が発覚した際にはアメリカの核配備に対する強い反発が起きた。その結果もあり、また戦略爆撃機の配備の重要性も低下したこともあり、現在のチューレ空軍基地はミサイル防衛の監視を主たる任務にしていると言われている。

それだけでなく、グリーンランドは北極海に展開するロシアの潜水艦部隊を監視する役割も担っており、グリーンランド(G)、アイスランド(I)、イギリス(UK)を結ぶG-I-UKラインから外にロシアの潜水艦を出さないことで大西洋への展開を阻止するという戦略上の拠点として考えられている。トランプ大統領がグリーンランド買収について語った際に、「戦略的に重要」という点にも触れていたが、こうした意味でグリーンランドは戦略的に重要な位置にある。

INF条約失効とグリーンランド

しかし、なぜ突然今になってグリーンランド買収という話が出てきたのであろうか。トランプ大統領もトランプ政権の関係者も具体的なことは何も言っていないが、INF(中距離核戦力全廃)条約の失効と関係しているのかもしれない。INF条約は射程が500〜5500kmの射程を持つミサイルを地上に配備しないという条約であり、冷戦期における軍縮条約として極めて大きな意味を持っていた。しかし、ロシアがINF条約で規定された射程を超える中距離弾道弾を開発しているという疑いがあり、アメリカはロシアが一方的にINF条約違反のミサイルを開発しているのであれば、条約を継続する意味はないとしてINF条約からの脱退を表明した。その後、アメリカはINF条約が失効したことで、中距離ミサイルの実験などを行い、ロシアはアメリカが以前からINF条約違反をするミサイル開発をしていたと非難している。

アメリカの意図としては、ロシアの違反だけでなく、INF条約の締約国ではない中国が中距離ミサイルを開発し、グアムなどを射程に入れるミサイルである「東風(DF)26」を開発していると見ており、中国の脅威にさらされる中、アメリカが条約の義務で中距離ミサイルを開発出来ないのは問題だとしてINF条約の脱退を決断したとも言われている。

その真相がどうであれ、INF条約が失効し、ロシアを標的とする中距離ミサイルを配備するとなると、その一つの候補としてグリーンランドが挙げられる。あくまでも可能性でしかないが、もし中距離核ミサイルをグリーンランドに配備するならば、1968年のチューレ空軍基地の水爆を搭載したB-52戦略爆撃機の事故のトラウマが残り、反対運動が起こる可能性がある。それを回避するためにも、グリーンランドを買収してしまい、アメリカの領土として位置づけることで配備が容易になるとの判断が働いた可能性はある。

お買い得とは言えないグリーンランド

地下資源へのアクセス、戦略的な重要性、そして中距離核ミサイルの配備という要件を備えたグリーンランドはアメリカにとって魅力的な「物件」であることは確かである。しかし、そのグリーンランドを買収しようとすれば、当然ながらデンマークの同意が必要であるし、しかも高度な自治権を備えたグリーンランドの承認も必要となる。グリーンランドの「値段」がいくらになるかはわからないが、少なくともデンマーク政府、グリーンランド自治政府を説得し、買収に至までのコストは生半可なものではないであろう。

過去の買収案件を見てみると、1803年のルイジアナ買収は、ナポレオン執政下のフランスがイギリスと敵対し、仏領ルイジアナにカナダのイギリス植民地から軍隊が派遣され、ルイジアナ防衛をしなければならなくなると、フランスにとって大きな負担になることもあり、またナポレオンが繰り広げる戦争の戦費を賄うためにもルイジアナを売却して、その代金を戦費に充てるというニーズがあった。1867年のアラスカ買収は、帝政ロシアがクリミア戦争に敗れ、経済的に疲弊していた時期であり、またアラスカの地下に眠る石油や金鉱などの資源が知られていなかったため、アラスカ経営の負担を軽減するため、ロシアがアメリカに売却したという経緯がある。このように金銭的な取引で国土を売り渡すのは戦争による疲弊などの条件が必要であり、また19世紀的な「領土を獲得することを目的にした戦争」が当たり前だった時代の話である。

しかし、現代においては戦争による他国の領土の取得は認められず、国家の領土的一体性の保持は国連憲章に明記されている。デンマークが重大な経済危機に陥るようなことがあれば買収するという可能性も出てくるであろうが、現状ではデンマークの経済は安定しており、グリーンランドを売却する可能性は低い。ユーロ危機によって経済的な困窮に直面したギリシャは観光地としての価値のある島を売却するといったことを行ったが、国土を売却するにはそのくらいの危機的な状況でなければ国民も納得しないだろう。とりわけ高度な自治権を持つグリーンランドは資源の取引などに関してもデンマーク政府と共に交渉に関与することができ、事実上の拒否権を持つ。その意味でもグリーンランドがデンマークよりもアメリカを選ぶとは考えにくい。

トランプ大統領は、不動産業者として何度も倒産した経験があり、いくつも不動産取引で失敗してきた過去を持つ。今回は実際に買収に至らなかったが、不動産屋としても必ずしも優秀なビジネスマンだとはいえないトランプ大統領は、領土の買収に関してもあまり優秀ではなかったということなのかもしれない。