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INF条約の陰で進んだ中国ミサイル開発の全容

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
輸送起立発射装置(TEL)に搭載されたDF-26弾道ミサイル(写真:アメリカ海軍協会)

【前の記事】INF条約、米ロがくり返してきた「条約違反」の応酬

ヨーロッパと東アジアの大いなる違い

INF条約が締結されるきっかけとなったヨーロッパでは、アメリカとロシア、あるいはアメリカが盟主のNATOとロシアの双方が、INF条約で禁止されてきた長射程ミサイルを保有していないので、こうしたミサイルによる奇襲攻撃という脅威は現時点では存在しない。ヨーロッパ大陸では米ロの軍事バランスが、この分野に関して釣り合っている。

しかし東アジアでは、長射程ミサイル戦力の軍事バランスは著しく不均衡になっている。すなわち、これまで半世紀以上にわたって東アジアで軍事的覇権を手にしてきたアメリカと、そのアメリカと南シナ海や東シナ海の軍事的コントロールを巡る対決が表面化してきた中国では、中国側が極めて有利な状況に至っていると考えられる。

中国は、日本をはじめとするアメリカの同盟友好諸国や東アジアに展開するアメリカ軍などを、膨大な数の各種長射程ミサイル連射攻撃による奇襲で短時間に壊滅させる「短期激烈戦争」を敢行する能力があると米軍関係者の間では危惧されている。もちろん戦争を実施できる能力と、実施する意志は別物だが、能力の存在は大いなる脅威となるのだ。

■強力な中国軍ミサイル戦力

中国ロケット軍DF-21とDF-15の射程圏(筆者作成)

INF条約と無関係の中国は、アメリカが条約で禁止されていたミサイルを製造していなかった30年間に、それらの開発製造に力を入れてきた。中国人民解放軍ロケット軍(かつては第2砲兵隊と呼ばれていた)は、地上発射型の短距離弾道ミサイル、準中距離弾道ミサイル、中距離弾道ミサイル、そして長距離巡航ミサイルなどを次から次へと生み出してきた。

現在、中国ロケット軍が配備運用中の地上発射型ミサイルは下記の通りである。

  • <一部がINF条約で米ロの保有が禁止されていたもの>

東風11型弾道ミサイル(DF11)最大射程350825キロ(1200基以上保有)

  • INF条約で米ロの保有が禁止されていたもの>

東風15型弾道ミサイル(DF15)最大射程600900キロ(1000基以上保有)

東風16型弾道ミサイル(DF16)最大射程1000キロ(保有数は不明)

東風21型弾道ミサイル(DF21)最大射程2150キロ(500基程度保有)

東風21D型対艦弾道ミサイル(DF21D)最大射程1000キロ(50基以上保有)

東風26型弾道ミサイル(DF26)最大射程4000キロ(100基程度保有)

東風4型弾道ミサイル(DF4)最大射程5500キロ(35基程度保有)

紅鳥1型巡航ミサイル(HN1)最大射程650キロ(保有数は不明)

紅鳥2型巡航ミサイル(HN2)最大射程1800キロ(長剣10型と同一との見方も)

長剣10型巡航ミサイル(CJ10)最大射程2000キロ(東海10型とも言われていた、1000基以上保有)

紅鳥3型巡航ミサイル(HN3)最大射程3000キロ(謎のベールに包まれている) 

  • <INF条約の対象外>

東風31型大陸間弾道ミサイル(DF31)最大射程11700キロ(40基以上保有)

東風5型大陸間弾道ミサイル(DF5)最大射程13000キロ(35基以上保有)

東風41型大陸間弾道ミサイル(DF41)最大射程15000キロ(20基程度保有)

 

核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルをはじめとする地上発射型の弾道ミサイルや、長距離巡航ミサイルを運用するロケット軍以外にも、中国海軍艦艇、中国空軍と中国海軍のミサイル爆撃機から発射する長距離巡航ミサイル、長剣10型巡航ミサイルのバリエーション(それらは地上発射型でないため、米ロも保有)も多数運用中である。

■膨大な数のミサイル連射による短期激烈戦争 

上記の中国軍長射程ミサイルのうち、大陸間弾道ミサイル(DF31DF5DF41)以外の弾道ミサイルと巡航ミサイルは、要するに中国周辺諸国を威圧し、万一の場合には攻撃するための兵器である。DF15DF16DF21などの2000基近くもの弾道ミサイルとCJ10をはじめとする、おそらく2500基以上にのぼる長距離巡航ミサイルは、いずれも日本への攻撃用として最適だ。 

中国共産党首脳部が何らかの理由で対日軍事攻撃を決断した場合、それら大量の各種ミサイルのうちの何割かを、例えば弾道ミサイル150200基と巡航ミサイル700800基を、南西諸島から北海道に至る日本各地の原子力発電所や火力発電所、超高圧変電所、航空自衛隊レーダーサイト、石油備蓄基地、石油コンビナートといった戦略要地に奇襲的に連射するだろう。これが対日短期激烈戦争のイメージだ。 

たとえ自衛隊が保有している弾道ミサイル防衛システムや、長距離巡航ミサイルに対応した防空ミサイルシステムが、24時間365日厳戒態勢を固めていたとしても、1000基近い長射程ミサイル連射による奇襲攻撃には耐えられないだろう。 

中国が、いざという時には短期激烈戦争で日本を葬り去ってしまうだけの威力を持つミサイルを取り揃えているのは、実際に連射攻撃を加えようとしているからではない。対日短期激烈戦争の脅威を熟知する日本政府を戦わずして屈服させ、中国側の政治的要求を受諾させようともくろむからに他ならない。「戦わずして勝つ」は、孫子の軍略だ。

■「戦わずして勝つ」には「戦わずして勝つ」しかない

このような戦略を抑止するには、中国側が発射するミサイル全弾を撃墜できるような「夢のミサイル防衛システム」を手にするか、こちらも中国各地の戦略要地を短時間で灰燼(かいじん)に帰すことができるような対中短期激烈戦争を成功させる軍事力を手にするか、のいずれかである。 

現時点でそのような「夢のミサイル防衛システム」は、まさに「夢のまた夢」で、後者の方が現実的な解決策になる。 

しかし自衛隊は、中国大陸への攻撃能力を全く保有していない。さらに日本では、そのような軍事力には「敵基地攻撃力」と称して強い拒絶反応が起きる。このような状況では「対中短期激烈戦争を成功させるだけの軍事力を手にし、戦争を抑止する」という論理が、日本社会で受け入れられる余地はない。 

そのため日米同盟に頼り、アメリカの軍事力で中国を抑え込んでもらうしか日本に打つ手はないのが現状だ。ところがそのアメリカは、中国と短期激烈戦争をするのに鍵を握る長射程ミサイルをINF条約で開発製造をストップしてきたため、十分保持していない。 

そこでアメリカは、日本やフィリピンのような軍事的従属国を中国ミサイルの脅威から保護するため、新たなミサイル戦力を構築しなければならなくなったのだ。それこそがINF条約を破棄した原因の一つと考えられる。その詳細に関しては次回に述べさせていただきたい。