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INF条約、米ロがくり返してきた「条約違反」の応酬

ミリタリーリポート@アメリカ
INF条約に調印する(当時の)ゴルバチョフ書記長とレーガン大統領(写真:ロナルド・レーガン記念図書館)

■正式名称に「核」はない

INF条約の正式名称は

Treaty Between the United States of America and the Union of Soviet Socialist Republics on the Elimination of Their Intermediate-Range and Shorter-Range Missiles

である。1987年にアメリカのレーガン大統領とソビエト連邦のゴルバチョフ書記長の間で締結された条約が基になっている。その後、ソ連が崩壊してロシアに引き継がれ、現在は米ロ間の条約になっている。

正式名称には、略称のようにNuclear(核)という語が含まれていないことに注意してほしい。すなわち、この条約は実は、中距離核ミサイル(Intermediate-range Nuclear Missiles)だけを制限する条約ではないのだ。

INF条約による制限の対象は、短距離ミサイル(最大射程距離5001000キロのミサイル)と中距離ミサイル(最大射程距離10005500キロのミサイル)なのだ。それには核弾頭が搭載されているミサイルや、核ではない弾頭が搭載されているものも含まれる。弾道ミサイルのみならず、巡航ミサイルも含まれる。ただし、地上から発射されるタイプのミサイルに限定され、航空機や艦艇(水上艦、潜水艦)から発射されるミサイルは制限の対象外になる。

INT条約に基づいてアメリカの監視団の前で廃棄されるロシアの短距離弾道ミサイル。1990年カザフスタンにて。(写真:米国務省)

 

■INF条約が制限するミサイルは

INF条約の概念がいっそう込みいっているのは、ミサイルの射程距離による分類との関係である。

弾道ミサイルは以下のように分類される。最大射程距離が

300キロ以下は戦術弾道ミサイル

3001000キロは短距離弾道ミサイル

10003500キロは準中距離(Mediumrange)弾道ミサイル

35005500キロは中距離(Intermediaterange)弾道ミサイル

5500キロ以上は大陸間弾道ミサイル

となっている。

したがって、INF条約で制限する短距離と中距離ミサイル(射程距離5005500キロのミサイル)に該当する弾道ミサイルは、短距離弾道ミサイルの一部と、準中距離弾道ミサイル、それに中距離弾道ミサイルになる。

一方、弾道ミサイルと異なり自らの動力で目標まで飛翔する巡航ミサイルは、射程距離によって分類する習慣はない。ただし、500キロ、1000キロ、2000キロといった長距離を飛翔する巡航ミサイルは、一般的には長距離巡航ミサイルと呼ばれている。そのため、INF条約の制限に該当する巡航ミサイルは、長距離巡航ミサイルということになる。

要するに、INF条約でアメリカとロシアが制限を受けてきたのは①最大射程距離が5005500キロで②地上から発射され③核弾頭搭載、非核弾頭搭載を問わず④弾道ミサイルならびに巡航ミサイル――ということになる。

■なぜINF条約と呼ばれたのか

INF条約は、米ソ冷戦の末期に締結された。アメリカを盟主とするNATO陣営にとって、ソ連を盟主とするワルシャワ条約機構側との軍事衝突が起こった場合、主たる想定戦域はヨーロッパだった。

そのため、奇襲攻撃に用いられて、防御手段が非常に限定される地上発射型のミサイルは、深刻な脅威とみなされていた。特に、ソ連の奥地から西欧諸国を攻撃できる中距離弾道ミサイルに、核弾頭が装着される場合こそが、最大の脅威だった。このような事情は、ソ連側にとっても同じだった。米国もソ連もこのような強力な奇襲手段を、互いに放棄することに異論はなかったのである。

しかし、ミサイルの廃棄状況を互いに検証する際、廃棄されたミサイルは果たして核弾頭搭載なのか、非核弾頭搭載なのか、という不信が相互に生じてしまう。そこで、全ての短距離と中距離ミサイルを廃棄することにしたのだった。

このようにINF条約が締結された当時、双方にとって最大の脅威は、核弾頭搭載中距離弾道ミサイルだったことから、一般的にINF条約と呼ばれるようになったのである。

INF条約によって廃棄された米軍のトマホーク巡航ミサイル地上発射装置(写真:米国防総省)

■条約違反の申し立て、今回が初めてではない

これまでもINF条約違反に関する申し立ては、双方からしばしばなされている。たとえば、ロシア側からはアメリカがヨーロッパに設置する地上発射型弾道ミサイル防衛システムをめぐり、迎撃用ミサイルの射程距離が500キロをはるかに越えているため、条約違反だとクレームをつけている。逆に、アメリカはロシアのSSC8巡航ミサイルは条約違反だと繰り返し警告している。このSSC8巡航ミサイルは80年代から今日まで改良を加えながら配備され、最新型は最大射程距離が5500キロになると言われている。

トランプ政権は2018年秋から再び、SSC8巡航ミサイルを条約違反と問題視している。対するロシア側は、アメリカがルーマニアとポーランドに設置しているイージス・アショア弾道ミサイル防衛システムが条約違反だと応酬している。

もう少し説明を加えると、ロシア側は、イージス艦の構成要素を陸上に移したイージス・アショアから、ソフトウェアを変更すると射程距離2000キロ以上の対地攻撃用巡航ミサイルを発射できるため、条約違反に当たると主張している。これと同じ理由で、日本がイージス・アショアを秋田市に設置すると、ウラジオストクやハバロフスクはもとより樺太全域も攻撃圏内に入るため、ロシアは日本へのイージス・アショア配備に懸念を表明しているのである。

トランプ政権はINF条約破棄へと踏み切ったが、その根拠にこれまで繰り返されてきた疑義を挙げた。しかしながら、なぜこの時期なのかと言えば、中国への対抗策という新要因が加わったからである。その事情については、次回に述べさせていただきたい。